2009年10月3日土曜日

スペインの土となる


きょう(10月3日)、スペインはラ・マンチャ地方、トメジョソで一人の日本人女性の葬式が執り行われる。いわき市出身の画家阿部幸洋の妻、すみえちゃん。享年53。

9月25日に友達と近くのバルで茶飲み話をしていたところ、めまいに襲われ、救急車で病院に運ばれた。バルはカフェ・居酒屋・バー、そんなオールラウンドな社交場らしい。意識不明のままトレドの大きな病院へ転送されたが、5日後の30日昼ごろ(現地時間)、息を引き取った。

おとといの朝、知人からの電話で彼女の死を知った。その晩、カミサンがスペインに電話をかけた。阿部本人が出た。カミサンが話すのを聞いているうちに、こちらの鼻がぐずぐずしてきた。カミサンが催促するが、とても電話口に出られるような状態ではない。極東のいわきと大陸の西、スペインの中央部に近いトメジョソの、なんとも遠い距離感がもどかしい。

すみえちゃんは阿部の妻であるだけでなく、マネジャーであり、通訳であり、運転手でもあった。毎年、個展を開くために帰国すると、夫婦でわが家にやって来た。夫を支えながら、現地の人たちと交流し、慕われている様子が言葉のはしばしから感じられた。聡明さに磨きがかかっていくのがよく分かった。

絵しか頭にない夫だけに、スペインで一生を終えたい、という思い・覚悟をいつのまにか固めたのだろう。その延長として、トメジョソの墓地に眠ることになった。阿部もこのままトメジョソで暮らすという。すみえちゃんの魂とともに生きるんだぞ――と念じるしかなかった。

すみえちゃんを母のように慕ってきたラサロという青年がいる。コンピューター会社に勤めている。彼がパソコンを手配し、私の「磐城蘭土紀行」をのぞけるようにしてくれた。それで、こちらの様子も手に取るように分かるようになった、という。

すみえちゃんが倒れてからは大家の奥さん、そしてラサロ君が会社を休んで病院に泊まり込んで看病した。ラサロ君と阿部夫婦のきずなの深さがうかがえる。

すみえちゃんはそれだけではない。臓器提供についても深い理解があった。心臓と肝臓がそれぞれスペインの市民に提供された。彼らの体の中ですみえちゃんの体の一部が生き続ける――なんとすごい女性だったかと、あらためて彼女の志の高さを知った。

すみえちゃんが生まれ育ったところは平・鎌田山=写真。せめてその景観をすみえちゃんに見せてやりたい――きのう撮って来た写真を霊前にささげる。併せて願う。ラサロ君、頼むよ阿部を、と。

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