2010年8月7日土曜日

磐城平城下絵図


いわき駅の北から西方に連なる小高い丘は、江戸時代には磐城平城の中枢部だった。丘の下のいわき駅前も城の一部だった。ラトブの南側には外堀があった。入り組んだ丘の一角、平一小への坂の途中にカミサンの幼友達の家がある。江戸時代にはむろん、城内に位置していた。

いわき市暮らしの伝承郷で企画展「磐城平城下の町」が開かれている=写真(チラシ)。8月22日まで。カミサンの友達の家の周辺には何があったのか、確かめたくて出かけた。展示されているのは寛政元(1789)年の「磐城平城下絵図」(有賀家所有)。友達の家の前の坂は「長坂」で、今も絵図そのままにある。家の付近と思われるところには「稽古バ」の書き込みがあった。

城内は軍事的な理由からかスケッチ程度にしか描かれていない。その意味ではいい加減だ。が、「稽古バ」では何を稽古したのだろう。家臣の知性・感性を磨く文化的な施設だったか。

友達の家の土留めの石垣は江戸時代のものかいなか――。地質や考古、歴史に詳しい人間に会うと聞いてみる。先日も、尋ねるには都合のいい会合があった。

平一小の改築時に遺跡発掘調査を担当した人間は「どうだか分からない」、毎日、長坂を利用する歴史研究家は「そんな目で見たことはなかった」。結論は出なかったが、石垣談議をしばらく楽しんだ。

「磐城平城下絵図」にはいろんな情報が書き込まれている。坂の名と場所、二つの処刑場、町並み、木戸、その他。伝承郷での城下絵図展に違和感がないわけではないが、町民の暮らしに引き寄せてつぶさに展観できたのはよかった。

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