2011年1月13日木曜日

大正100年


今年は「大正100年」だという。100年前、7月30日を期して、「明治45(1912)年」が「大正元年」に変わった。同じように、台湾は今年、「民国紀元100年」だ。

昨秋、仲間と台湾を旅行して2010年が「民国紀元99年」であることを知った。台湾では「9」の数字が尊ばれる。台風が台湾を直撃した民国紀元99年9月19日。私たちは台湾新幹線の旅を断念して、朝から台北近郊の新北斗温泉へ出かけた。温泉にでもつかるしかないのだった。

すると三々五々、同じ温泉ホテルに結婚式の招待客がやって来た。そのたびにスタッフが土嚢で押さえていたドア=写真=を開ける。ラッキーナンバーの「9」の数字が三つ並んだ上々吉の日である。台風にめげず、あちこちで結婚式が行われたというので、テレビや新聞がニュースに取り上げていた。

さて、日本は磐城平だ。「大正100年」の最初の四半世紀、磐城平では「大正ロマン」と「昭和モダン」が花開いた。文学運動が興隆した。その源は山村暮鳥だ。暮鳥は大正元年秋、磐城平にやって来た。つまり、「暮鳥来平100年」である。「いわきの近代詩100年」でもある。

いわき市立草野心平記念文学館は、あるいはいわき総合図書館は、なにかそれにまつわる企画展のようなものを考えているのだろうか。新聞はなにか連載物を手がける計画があるのだろうか。節目の年にはそれを喚起し、周知するようなイベントがあってもいい。

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