2011年11月5日土曜日

1963年の報知新聞


見た目はしっかりしているようでも、解体しなくてはならない家や物置がある。すると、いやがおうでも「断捨離(ダンシャリ)」が行われる。眠っていた本や着物が世間に出てくる。

カミサンが古着のリサイクルを手がけているザ・ピープルに関係しているので、ときどき古着が持ち込まれる。着物の間に昭和38(1963)年9月14日付の報知新聞がまぎれこんでいた=写真

1面トップは報知らしく巨人軍の記事。「長島、きょうから出場?/巨人、後楽園で最後の阪神戦」。大相撲秋場所6日目の記事も載る。「“柏鵬”白星街道を突進」

48年前といえば、中学3年生。夏休みが終わって受験勉強に拍車がかかりはじめたころだ。世はまさに<巨人・大鵬・卵焼き>の時代。プロ野球は長島・王が活躍し、大相撲は大鵬・柏戸がしのぎを削っていた。右肩上がりの高度経済成長が始まっていた。

記事は、右手くすり指負傷でベンチを温めていた長島が、「14日からの阪神戦に代打ならいつでも出場できるまでになった」と、左手だけで元気に打ちまくる姿を伝えている。巨人はこの年リーグ優勝をし、日本シリーズも制覇した。いわゆるV9が始まるのは翌々年から。

大鵬と柏戸は2年前の昭和36(1961)年11月場所、同時に横綱に昇進した。記事にある場所はともに全勝で千秋楽を迎え、結びの一番で柏戸に軍配が上がった。十両に、のちにこれまた同時に横綱昇進を果たす玉乃島(玉の海)、北の富士の名が見える。玉の海は横綱在位中に急死した。

田村隆一の詩句にこういうのがある。「<昨日>の新聞はすこしも面白くないが/三十年前の新聞なら読物になる」。48年前の「読物」から、そのころの世相と、プロスポーツと、「15の心」が、もやもやっと立ちあらわれてきた。

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