2011年12月18日日曜日

自分の長い影


間もなく冬至だ。朝6時ちょっと過ぎ、いつもより早めに散歩すると、東の空はうっすら赤みがかっているのだが、家並みにはまだ闇が残っている。夏井川の堤防に出るころ、やっと東の空が明るくなる。やがて朝日が海の方から現れて、光が水平に体を射抜く。自分の長い影ができる=写真

3・11直後のことを思い出す。さすがに早朝散歩は自粛した。いや、自粛したと思う。そのへんの記憶があいまいだ。3月15日の朝までは自宅にいた。息子一家が来た。15日午後には一緒にいわきから西へ、一時避難した。

日常を割と詳細にメモする方だが、そのメモに散歩の記述がない。しているのでわざわざ書かないのだが、「しなかった」とも書かない。それどころではなかったか。

そのころ、ハクチョウを見るために散歩し、車で堤防を行き来する――それが日常になっていた。すでに3・11の午後には、ハクチョウは姿を消していた。地震よりも、夏井川をさかのぼって来た津波に危険を感じて去ったのだと、あとでえさをやっていたMさんから聞いた。

3月23日に戻って来たあとも、散歩をする気にはなれなかった。車で堤防を行き来するだけだった。そんなときに、マスクをして散歩をする人がいた。<ああ、こういうときにも日課の散歩をする人がいるんだ>。そう感じた記憶がある。そのあと、私も散歩を再開したが。

先月下旬、県から「問診票」が届いた。まったく書きこむ気になれないでいる。いつどこで何をどうした? 記録と記憶をフル動員して記入しないといけないのは分かっているが、なにやかにやとやることがある。年内にはけりをつけたい――そう思いながら、ほったらしかしにしている。

早朝の自分の長い影も、冬至が来れば「一陽来復」でだんだん短くなる。農家はもちろん、家庭菜園をやっている人は分かると思うが、春に向かってそろりそろりと準備を始める――冬至にはそういう向日的なものが胸の中に宿るのだ。その気持ちを、今年は特に大事にしたい。

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