2012年10月16日火曜日

前国王の死


同級生たちとカンボジアのアンコール遺跡群を訪ねたのは9月中旬。雨季のなかでも降雨がピークになる時期だった。アンコールワットに近いシェムリアップの「ソカ アンコール リゾート」というホテルに二泊した。ロビーの一角にシハヌーク前国王夫妻の大きな肖像が掲げられていた=写真

フランスが統治した影響で、昔はフランス語風に「シアヌーク」と表記された。今はウィキメディアなど「シハヌーク」と表記する例が多い。メディアはこれまでの慣例で「シアヌーク」で通している。きのう(10月15日)朝、シハヌーク前国王の死去を報じるNHKがそうだった。ネットで検索すると、共同通信、時事通信も「シアヌーク」だった。

ホテルのロビーで肖像を見たとき、不思議な感覚に襲われた。ベトナム戦争、戦火の拡大、クーデター、内戦、和平……。10代のころから「シアヌーク殿下」はたびたびメディアに登場する、アジアのキーパーソンの一人だった。

そのメディアから姿を消してしばらくたつ。で、日本人からみれば歴史上の人物と化していた。カンボジアではそうではなくて、ずっと君臨、いや崇拝されていたのだ。

首相をやめては復活し、またやめる、また復活する。追放され、幽閉される。そのたびによみがえる。カンボジアは和平後、立憲君主制を採択し、「シアヌーク殿下」が国王に復位した。死亡記事には、中国・北京の病院で死去した、89歳、「独立の父」と敬愛された、小国カンボジアの現代史を体現するような人生だった、とある。

猫ひろしがカンボジア国籍を取得してマラソンの代表選手になったものの、結果的に五輪出場はならなかった――その程度の情報しか持っていなかったなかで、前国王夫妻の肖像はまさに「小国カンボジアの現代史」をよみがえらせた。それからおよそ1カ月後の訃報だった。

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