2013年7月6日土曜日

未使用切手

知りあってから二十数年、亡くなってから11年。3・11後はとりわけドクターの不在を、ことばを交わせないもどかしさを痛感している。

奥さんからはときどき、本や衣類を整理したからと、電話が入る。先日も、ふとん、食器、丸型プレートなどを2回に分けて引き取った。その何日か前にも同じように車を走らせた。3・11前はバングラデシュの子どもたちのために、3・11後は身近な被災者のために、という思いが強い。ついでに、形見としてドクターの本をちょうだいする=写真

今度手元に置くことにした本は、私が『日本国憲法からの手紙』『日本国憲法』『広島・長崎の原爆災害』『阿武隈の雲』など、カミサンが『なだいなだ全集』など。いわき市は昭和61年3月、「非核平和都市宣言」をする。ドクターはそのための署名運動で中心的な役割を果たした。改憲が議論されている今、あらためてドクターの心に触れてみたくなった。

もう何年、そして何回になるだろう。こうして電話がきて、ドクターの家へ車を走らせるのは。奥さんは東京出身。子どもさんたちも首都圏に住む。来年初夏には東京へ引っ越すという。そのためのダンシャリでもある。

未使用切手がたくさんあった。「使ってもらえるだけでありがたい」という。「いやいや、こちらこそありがたい。いわき地域学會は切手代の捻出にも苦労してますから」。カミサンがあとでざっと数えたら、ン十万円分はある。びっくりするほどの額だ。

早速、封書による行事案内に利用した。が、地域学會が封書を利用するのは年に何回もない。換金して寄付のかたちにすれば、3年後に出版を計画している調査報告書の印刷代の一部に充てられる。それだって奥さんの希望にかなう。ドクターからの支援になる。近いうちに地域学會会員で若い古本屋クンに相談してみよう。

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

非核平和都市宣言のまちが揺れている。

お題目でなく市長選で争点にそえてつばぜり合いを果たしてほしい。

皮肉にも核爆発が起きてメルトダウン、除染の前線基地。いいことはまさに廃炉作業の出発点の町でもある。

このさき何百年かかろうがこの町の名前はチェルノブイリ同様後世に汚名が記憶されるだろう。

それなら、いっそのこと候補者は東電や国に対峙してこの町の宿命を甘んじることなく非核宣言で切り込んでいく気概がほしい。優先順位は経済なのか福祉なのか医療なのか教育なのか農業・漁業なのか・・

反対だけではなく実行してなんぼの政治家、命がけの人をリーダーに選びたい。