2014年9月13日土曜日

芸術祭「玄玄天」

「玄」は、色としては黒くて赤みを帯びた幽遠な色のことだという。その「玄」が二つ重なれば、奥深いうえに奥深いことをさす。

 いわき市の中心市街地(いわき駅前)で、9月21日まで芸術祭「玄玄天」が開かれている。現代美術家吉田重信さん(いわき)をディレクターに、市内外の作家27人と1組が作品を発表した。ほぼ1カ月に及ぶ長期展で、「人と人の想いをつなぎ、今のいわきを未来へつなぐ」ことを目的にしている。

「玄玄天」は、いわき出身の詩人草野心平の作品から取った。晩年の年次詩集『幻景』(1985年)に収録されている。<ひろいひろい空にはだんだんがある。//空気天。/透明天。/青天。/玄天。/玄玄天。/即ち深い八方天。//(以下略)>。段々畑ならぬ「だんだん」(段々空)は「天の詩人」の心平らしい発想だ。

 それと芸術祭がどうつながるのか。いや、そんなことは詮索しないほうがいい。より根源的な創作活動を、表現を――という心意気を示すものと受け止めればいい。

 会場は、平・本町通りのもりたか屋(三町目)を中心に、同・坂本紙店(一町目)、いわき駅ビル、同駅前再開発ビル「ラトブ」の4カ所。何日かかけて、飛び飛びに見て回った。

 20代~40代の若手が多い。初めて見る実験的な作品がほとんどだ。そんなときには、頭でわかろうとせずに体で感じることだ。作品とのコミュニケーションではなく、作品が発するバイブレーションを受け止めることだ。というわけで、いわきではめったに見られない、多様な表現を楽しむことができた。

 さて、ここからは極私的な感想。真っ先に見に行ったのは坂本紙店だ。旧知の写真家吉田和誠(あきとも=平出身)クンが出品した=写真。同じ壁面に白土亮次クンという若手の写真もあった。共に抽象的な、布のような海の写真だ。このへんに写真の新しい可能性があるのかもしれない。

 もりたか屋では、建物そのものにも興味を抱いた。ラビリンス(迷宮)的な雰囲気がある。京都の町屋ではないが、城下町の地割りが残っていて、南北にひょろ長い建物の内部が細かく仕切られている。これ自体も船室のようで、“作品”として見るとおもしろい。

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