2014年11月15日土曜日

白い砂丘

 おととい(11月13日)の夜、たまたまNHK総合で「地球イチバン」を見た。<世界最大の白い砂丘~ブラジル・レンソイス>=写真=を紹介していた。とっさに松田松雄(1937~2001年)の絵を思い出した。

 松田の初期の作品と砂丘の風景がそっくりではないか。いや、画家の想像力が生み出した内面風景がこの世に実在していたではないか――後者の驚きの方が大きかった。

 今年の7月26日夜、BSプレミアム「グレートネイチャー」の<純白の砂漠 誕生の謎~北米大陸 チワワ砂漠>でも、同じ感慨を抱いた。レンソイス砂丘、チワワ砂漠、松田松雄の初期の作品「風景」が、私の中でつながった。

 松田は岩手県の陸前高田市で生まれ、いわきで脱サラをして画家になった。私は記者になりたての昭和46(1971)年、画家や書家、美大卒業生らがたむろするギャラリー「草野美術ホール」で松田と出会った。

 そのころの作品は、主に直線で仕切られた雪景色の中を、角巻き(防寒具)と思われるマントをすっぽりかぶった人間がとぼとぼと歩いているような“心象風景”だった。

 そのころの、私の松田評は「精神の飢餓のようなものに突き動かされて絵を描き続けるタイプ」「人間の悲しい闇の部分を提示しながらも、そこに祈りのような聖性が漂っているのはそのためで、これはきっと彼が見た地獄の深さに私達が慰撫されていることを意味する」だった。

 その絵の構図が、テレビが映し出す白い砂漠の凹凸(光と影)と青空、ラインが生み出した“絶景”に重なった。これは偶然の一致なのだろうか。テレビを見ながら(意味が違うのかもしれないが)、芸術は自然を模倣し、自然は芸術を模倣する――といったことばを思い出した。

 生前、松田から「白い砂漠」の話を聞いたことはない。その存在を知っていれば、感動屋の画家は人に話していたはずだ。それはともかく、天然の造形が人の感動を呼ぶように、松田の「黙示劇」も今なお人を引き付けて離さない。

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