2015年4月17日金曜日

辛み大根の花

 大津波に遭い、内陸部で避難生活を続けている知人から、会津の辛み大根の種をさやごともらったのが2012年。その年、さやを割って“赤玉”の種を採り、やや時期外れながら夏井川渓谷にある隠居(無量庵)の庭の片隅にまいた。育ちは悪かったが、おろして食べると野性の辛さがあった(おろし以外は硬くてちょっと食べられない)。
 翌年師走、庭は全面除染になり、山砂が敷き詰められた。4畳半2間ほどあった家庭菜園が消えた。その一角に昨年(2014年)8月、辛み大根の残りの種をまいた。秋にはさらに、冷蔵庫に眠っていた三春ネギの2年目の種をまいた。掘り残し、越冬した辛み大根が今、花をつけている=写真。ネギ苗は少し育ちが悪い。

 野菜を育て、ときには種を採ってわかったのは、花が咲いて実が生(な)らないと種はできない、という当たり前のことだ。三春ネギはそうして栽培~収穫~採種~保存~播種のサイクルを覚えた。辛み大根も同じように「自産自消」をしたくて種を採ることにした。

 別の知人がフェイスブックに夏井川渓谷のアカヤシオの花の写真をアップした。ついでにわが隠居も訪れたようだ。「今度、菜園を見に伺います」。コメントにそんな返事がきた。

 菜園は再開したばかり。まだ畳2枚ほどだから、見せられるようなシロモノではない。「菜園」と書くこと自体もほんとうははばかられる。でも、私には幻の菜園が見える。
 
 4畳半2間ほどの菜園をつくるのに20年近くかかった。週末だけの半住民には、それが精いっぱい。そのときには、これもあれもと「少量多品種」の栽培を楽しんだ。頭のなかの設計図はできているのだが、今は再開したばかりだからと、少し“言い訳”をしておこう。
 
 小さな、紫の十字花がこれからどう実を結ぶのか――子どもでなくても経過を観察するのは楽しい。それも含めて、溪谷の自然は行くたびに変化している。

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