2015年4月23日木曜日

梨の花

 いわき市の平地、平や小川の梨畑は今、花盛りだ。夏井川渓谷の隠居(無量庵)へ行く途中、いつものように幹線道路からひとつ中に入った田んぼ道を通って台地に出たら、梨棚が花で白く染まっていた=写真。
 同じいわきの平地にある好間の菊竹山で開墾生活に入った吉野義也(詩人三野混沌)・せい(作家)夫妻は、梨を栽培して生計を立てた。夭折した次女には「梨花(りか)」と名づけた。梨の花が咲くと、決まってこの話を思い出す。

「芽の残し方なんか、この芽ならいい花がつくってことはもう冬のうちから見通しです」「果物づくりは面白いので、わたしはよく研究しました」。特にせいは梨栽培に打ちこんだ。梨花が死んだのは昭和5(1930)年12月30日。義也36歳、せい31歳。この世に生を受けてわずか9カ月余のいのちだった。

 昨年(2014年)秋、久しぶりに菊竹山を訪ねた。夫妻が開墾し、生産し、暮らした土地は、きれいに手入れがされていた。先おととしだったか、息子さんが「いずれ戻る」と言っていた。人がいなくなると田畑はすぐ荒れる。荒れた土地が、人が住むことで美しくよみがえった。
 
 その近所に若い知人が住む。先日、わが家へやって来た。「吉野さんの土地がきれいになったね」「ええ、それで自分ちの庭が気になって」。吉野せいファンが菊竹山を訪ねても、彼の家の庭が見えるわけではない。が、「庭をきれいにしないと」という“波及効果”が生まれた。

 菊竹山がきれいになるほどに、住民もファンも晴れやかな気分になる。せいの短編集『洟をたらした神』を読み返したくなる。

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