2015年8月15日土曜日

「じゃんがら」のゾウリ

 青年会のメンバー13人が「じゃんがら念仏踊り」を終えて家に入り、新盆の霊前で一服した。玄関と軒下の犬走りにずらりとゾウリが並んだ=写真。「カノマティー/クロマティ―」「熟/男」「ガッツ/石松」「タイガ/ウッズ」……。なるほど、どれがだれのゾウリかすぐわかるように、遊び心たっぷりの書き込みがされている。そうしないと履き間違えられるのだろう。
 一服にはビールも出る。2年前、出会った「じゃんがら」に若い仲間がいたので、聞いてみた。炎天下、熱中症対策は「ビールです。さっきまで太鼓をたたいてました。もうへろへろ」。最近、テレビで知ったのだが、アルコールは脱水作用があるので、かえって熱中症を促進する。危険だということだった。缶ジュースを手にした若者がいたのは、そのへんを心得てのことか。

 今年の月遅れ盆はうまい具合に曇天が続いている。そのうえ、ときどき雨になる。13日夕方、青年会が現れたときに雨なら家の中で踊ってもらうしかない――私たちが訪ねた家ではそう決めていたようだが、たまたま雨がやんだ。農家は庭も座敷も広い。室内で踊るかもしれないよと、連れの英・仏人女性にいうとびっくりしていた。
 
 ハプニングも起きる。鉦をたたく撞木(しゅもく)はT字形をしているが、その頭が取れて、「ただの棒」になった鉦たたきもある。それでは、きれいな音は出ないだろう。

 さて、異国の女性2人が「じゃんがら」を見た話をブログに書いたら、同級生が触発されて電話をよこした。「実家の倉庫から『じゃんがら』の鉦が出てきた。『宝永』とか『西山』とか彫られている」。じゃんがら研究者が見たらなにかわかるかもしれない――というと、新盆回りの帰りに、わが家へ鉦を持ってきた。

 直径は14センチ。大きな灰皿のような形をしている。つばの部分に「宝永戊子(つちのえね)十一月吉日 ニイタ 西山」と彫られてあった。重い。こんなものをずっと片手では持ちきれない。自分で撮った「じゃんがら」の写真をよく見たら、鉦は柱に取り付けるL字ハンガーのようなもの(木製)に紐でつるされている。そのハンガーは右肩から左肩にかけられた紐で支えられている。なるほどそれなら大丈夫だ。

「宝永戊子」は宝永5(1708)年のことだ。その1年前、富士山が大噴火をし、南東斜面に「宝永山」ができた。江戸にも火山灰が降った。「十一月吉日」はむろん陰暦、「ニイタ」は四倉の仁井田、「西山」は同級生の名字。これから何が読み取れるのか。いわき地域学會の仲間に解析をしてもらおうと思っている。

 きょうは「玉音放送」から70年の節目の日。関係者の評伝や学者の論考を読むと、なぜ8月15日正午を選んだのか、がみえてくる。ラジオの聴取率は当時、正午が一番高かった。盂蘭盆に合わせてこの日、日中戦争の戦没英霊法要の全国中継が行われたこともある。そういったことが伏線になっていたようだ。
 
 きょうの「じゃんがら」は、その意味では新盆供養ばかりか、戦争犠牲者を供養する戦後70年の節目の踊りになる。

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