2015年11月19日木曜日

『春と修羅』初版本

「宮沢賢治の詩集の初版本が手に入ったんだけど、見る?」。古本屋をしている若い仲間から電話が入った。「おー、見る」「でも、置いてかない、持ち帰る、高いから」。ほどなくして彼がやって来た。
 賢治の詩集といえば、あれしかない――思った通り、『春と修羅』だった。箱入りの初版本だ=写真。表紙は布装で、触るとザラザラしている。大正13(1924)年4月20日発行だから90年余前の本だが、外観はきれいなものだ。傷みはほとんど見られない。「(古書)市場では120万円はする」「むむ!」

 若い仲間が『春と修羅』を手に入れた経緯はこうだ。岩手で古書店主が集まって市が開かれた。中学生のころから客として通い、今は古書店の先輩・後輩の間柄になった宮城の古書店主が『春と修羅』を出品した。岩手の古書店主が途中であきらめるなか、いわきの彼が一般市場の半値ほどでセリ落とした。

『春と修羅』を箱から取り出し、写真を撮ったあと、表紙を触ったり奥付を眺めたりした。時間にしてわずか10分ほどだが、表紙の布の感触が一日たった今も指先に残っている(忘れないようにしないと)。賢治はこのザラザラにこだわった。

 装丁は染織工芸家広川松五郎(1889~1952年=のちに東京芸大教授)が担当した。アザミが描かれている。山村暮鳥が磐城平時代の大正4(1915)年に出版した詩集『聖三稜玻璃』も、広川が装丁を手がけた。当時、新進気鋭のブックデザイナーでもあったわけだが、暮鳥のいる平へ遊びに来た際、女性と羽目をはずしたかして暮鳥の怒りを買った。

 背文字と箱の字が違う。背文字には「詩集 春と修羅 宮澤賢治作」と入り、箱には「春と修羅 心象スケッチ 宮沢賢治」とある。「詩集」と「心象スケッチ」、「宮澤」と「宮沢」の違いも。背文字は歌人の尾山篤次郎が書いた。箱の文字は賢治の手書きだろうか。

 大正時代に「心象」という言葉は一般的ではなかったろう。先行例として、西條八十が自費出版をした詩集『砂金』(大正8=1919年)の自序には「心象」が出てくる。

 本物の『春と修羅』に触れて、久しぶりに暮鳥・松五郎・八十、そして「心 象」について思いがめぐった。

0 件のコメント: