2015年11月8日日曜日

チリのキルト展

 いわき芸術文化交流館「アリオス」の1階東口ウォールギャラリーで、11月5日、「アルピジェラ」の展覧会が始まった=写真。アルピジェラは素朴な、南米チリのキルト。縦40センチ×横50センチほどの大きさの壁掛け十数点が通路の壁に展示されている。30日まで。
 1973年9月11日、アジェンデ政権が軍事クーデターによって倒された。アメリカに後押しされたピノチェト軍事独裁政治が始まるなかで、抵抗する労働者や学生が大勢虐殺され、行方不明になった。

 チラシによると、女性たちはアルピジェラをつくって、不当に逮捕された家族を取り戻すための活動資金に充てた。軍事独裁の圧政を記録し、訴え、証言する動かぬ証拠でもあるという。

「1973年9月11日のサンチアゴ」(写真では手前・上)と題されたアルピジェラには、軍部がモネダ宮殿(大統領官邸)を爆撃する様子が描かれている。「彼らはどこに?」はAFDO(拘留者・行方不明者の家族会)の作業所でつくられた作品で、行方不明者の顔写真がプラカードとして掲げられている様子を描いている(いずれも東北学院大・酒井朋子さんの解説文から)。

 アメリカ大陸にはふたつの9・11があることを知る。北米では9・11は2001年の同時多発テロだが、南米では1973年のチリ軍事クーデターだ。

 アルピジェラは、大島博光(はっこう)記念館所蔵のものだそうだ。大島博光(1910~2006年)は詩人・フランス文学者で、ざっと50年前、担任の先生(英文学者)の家の書斎から借りて読んだ海外の詩集の訳者のひとりが彼だった。チリのネルーダやスペインのロルカをそれで知った。チリやスペインで大きな出来事が起きると、ネルーダやロルカが思い浮かぶのはそのため。

 ネルーダはアジェンデ政権下で駐仏大使になり、任期中の1971年、ノーベル文学賞を受賞する。が、がんに侵され、帰国した翌年、クーデターが起き、そのさなかにアジェンデ同様、悲惨な最期を遂げる(ロルカもスペイン内戦下で銃殺された)。

 たまたまカミサンがアリオスをのぞいたとき、アルピジェラ展が始まったばかりだった。ネルーダの国のキルトと聞いて出かけた。作品を1点1点見ているうちに、同じノーベル文学賞作家ガルシア・マルケスの作品に『戒厳令下のチリ潜入記――ある映画監督の冒険』(岩波新書)があったことを思い出す。映画監督はミゲル・リティン。彼の作品を見たような記憶があるのだが……定かではない。

 アルピジェラのひとつに「死者たちのために」がある。「独裁による政治弾圧のなかで命を落とした家族や知人を悼み、通りに沿ってたくさんの蝋燭(ろうそく)がともされています」。3・11の一周忌、大津波の犠牲者を悼んで沿岸部に蝋燭がともされた、その光景が重なる。

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