2016年6月3日金曜日

突然、彼岸へ

 せめて那須高原のゴヨウツツジ(シロヤシオ)の写真を添える=写真。ふるさとの田村市常葉町の大滝根山では、シロヤシオの花がまっさかりだろう――。魂は大滝根山を目指してふるさとへ帰ったか。
 近所に住む中学校の同級生が来て、「○○子が亡くなった」と、同じいわき市に住む同級生の名を告げた。

 七つ、八つと「つ」が付く年のころ、常葉町には小学校が4校あった。うち3校の卒業生が中学校で合流した。団塊の世代のど真ん中で、阿武隈の山の町でも同学年の仲間は250人を超えた。
 
 同級生数人がいわきで暮らしている。50代になってからだと記憶するが、いわき組で忘年会を始めた。常連は男性が2人、女性が4人。夏井川渓谷のわが隠居でアカヤシオの花見をしたこともある。その1人が5月29日、肺炎で急死した。享年67。中学校時代は運動能力の高さで一目おかれていたのに、なぜ?

 学年全体の同級会は、20歳のときから5年ごとに開かれている。還暦同級会は郡山市の磐梯熱海温泉で開かれた。「次回はいわきで」となり、3年前にスパリゾートハワイアンズで開かれた。その2年前、東日本大震災に見舞われた。地震ばかりか、津波・原発事故に苦しむ浜通りを支援しようという名目が加わった。
 
 通夜式が終わったあと、坊さんが故人の人となりや団塊の世代で、常葉町で生まれたことなどを紹介した。「今年(2016年)の1月3日に家を訪ねた。ニコニコして迎えてくれた。庭はいつもきれいだった」。で、戒名に明るい心の持ち主という意味の「明心」を入れたという。
 
 そうだった。忘年会ではいつもニコニコして話した。食べ物を作って持ってきた。65歳の同級会のあとは、いわき組は集まりを持っていない。急きょ、来月(7月)、会を開くことになった。棺に納まっている彼女に別れを告げたら、たまらなくなったのだ。

通夜式を終えたあと、仲間が実の姉さんと話した。「いつも集まりを楽しみにしていた」という。それはこちらも同じ。今度の開催日は偶然、彼女の四十九日に当たる。「中陰」を終えて彼岸へ旅立つ彼女を、仲間で見送る。

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