2017年2月2日木曜日

気象予報官の話

 雨の降り方が局地的・集中化・激甚化している。新たなステージに対応した防災・減災に取り組む必要がある。その一つが「特別警報」の運用だ。「これまでの警報基準をはるかに超える異常な現象が予想され、重大な災害がおこるおそれが著しく大きい場合」に発表される。「数十年に一度」が目安なのに、毎年、特別警報が出されているという。
 おととい(1月31日)、いわき市文化センターで自主防災組織研修会が開かれた。いわき市内の区長や自主防災会代表などおよそ200人が参加した。知った人間が何人かいた。市が防災施策を説明し、平城山、玉川町、内郷高坂町3地区の防災まちづくり活動事例が報告された。3地区は独自にハザードマップを作成した。休憩時間に同マップをもらう列ができた=写真。

 そのあと、福島地方気象台の予報官が講演した。タイトルは「近年における気象の変化といわき市民が留意すべきことについて」。

 平成23(2011)年3月11日、東北地方太平洋沖地震(地震名は気象庁が命名、災害名「東日本大震災」は閣議了解で決定)が起きた。同じ年の夏、台風12号によって主に紀伊半島で甚大な被害が生じた。気象庁はこれらを重く受け止め、同庁としての危機感を伝えるために、同25年8月30日、「特別警報」の運用を始めた。
 
 年降水量はあまり変化がみられないが、1970年以降、年ごとの変動が大きくなっている、短時間強雨は増加傾向――大気中の水蒸気が世界的にも、日本でも増えている。この地球温暖化が大雨や短時間強雨の増加に関係している可能性が大きいという。最近では竜巻にも注意が必要になった。
 
「特別警報が発表されたら、ただちに命を守る行動を!」。予報官は、特別警報が発表された時点ではすでに避難が終わっていないといけない、とも強調した。そのためには、気象庁のホームページを活用するなど、みずから情報を取りにいくことも大切になる。
 
 私は震災前から、福島地方気象台のホームページをクリックするだけでのぞけるようにしている(若い仲間にそうしてもらった)。新聞社時代も絶えず天気予報や最高・最低気温、地震、生物季節観測などをチェックしてきた。コラムを書く上で欠かせない基礎データになるからだ。実感をデータで裏付ける、あるいは修正する。そのためのネタの宝庫でもある。
 
 予報官の結論は、災害は「まさか」ではなく、「いつか」起こるものと認識せよ、「自分は大丈夫」とは思うな――だった。3・11の予報官自身の経験も大きい。予報官は仙台空港にいた。津波が押し寄せた。気象の専門家でさえ「まさか」「自分は大丈夫」という「正常化の偏見」に支配されていたという。肩を骨折したそうだが、原因はなんだったのだろう。

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