2017年7月15日土曜日

「ナミノハナください」

 夕方、店番をしていると――。近所の農家の奥さんが「ナミノハナ(波の花)を買いに」と言いながら入って来た。思わず反応する、「しばらくぶりに『ナミノハナ』の言葉を聞きましたよ」。「午後になったから」、奥さんが当然のことのように応じた。
 小さいころ、母や祖母が口を酸っぱくして言ったものだ。夕方、食塩=写真=を買いに行くとき、「『ナミノハナをください』って言うんだぞ」と。なぜ「ナミノハナ」なのかは、説明がない。ただ、言われたとおりに店の人に告げて、食塩を買って帰った。記憶に残る「はじめてのおつかい」のひとコマだ。
 
 奥さんは私と同年代かちょっと上くらいだろう。やはり、小さいころ、親から使いに出されるたびに「ナミノハナって言うんだぞ」と教えられたにちがいない。結婚して台所をまかされ、息子一家と同居する今も、午後は「シオ(塩)」ではなく「ナミノハナ」と言わないと落ち着かないらしい。
 
「ナミノハナ」、漢字で書けば「波の花」は宮中に仕える女房詞(ことば)のひとつだったとか。庶民の間では、「夜は塩を買いに行ってはいけない」といったタブーがあった。「塩ください」が「死をください」に通じるというわけで、不吉を避ける意味でも、午後は「ナミノハナ」と言い換えるようになったようだ。一日のなかに昼と夜、つまり生と死がある――そんな日本人の心意の反映だろうか。

 昭和30~40年代、日本は右肩上がりの高度経済成長時代が続いた。そこへ突入する直前まで、子どもたち(私ら団塊の世代)は毎日のように買い物に行かされた。大量生産・大量消費・大量廃棄に踊らされる前の、量り売り・切り売り中心の時代、一升瓶を持って父親が飲む焼酎を買いに酒屋へ、鍋を持って豆腐屋へ……。もしかしたら、私らが最後の「ナミノハナ」世代だったか。

 さて、きょう(7月15日)は、いわきの3海水浴場(勿来・薄磯・四倉)で海開きが行われる。薄磯は震災後初めて、7年ぶりの海水浴再開だ。なぎさにはカラフルな「波の花」が咲くことだろう。

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