2017年9月19日火曜日

母親の十三回忌

 台風を気にしながらの三連休だった。仕事・レジャー・法事と、毎日、車で出かけた。
 土曜日(9月16日)は、いわきアフターサンシャイン博実行委員会主催の講座を担当した。いわき市三和町で農林業を営みながら文筆活動を続けた草野比佐男さん(1927~2005年)の文学について話した。夕方は雨の予報。傘を用意したが、さいわい天気は持ちこたえた。

 日曜日は朝から雨。夏井川渓谷の隠居で土いじりをするのをあきらめ、北茨城市の茨城県天心記念五浦美術館へ出かけた。
 
 予報だと、台風18号が福島県に最接近するのは月曜日(敬老の日)早朝で、大荒れの心配があった。確かに、未明まで風が吹き荒れた。が、朝を迎えると収まり、太陽が顔を出した。気温が上昇した。
 
 この日、田村市常葉町の実家で母親の十三回忌が行われた。身内だけで墓参り=写真=をし、実家で昼食会を開いたあと解散した。関東圏から骨になって帰り、両親のそばに眠る姉にも線香を手向けた。

 いわきから阿武隈の山の向こうへ、どのルートで行こうか。雨・風の影響で通行止めになっている道路はないか。時間がないので遠回りはしたくない。結局、夏井川渓谷を縫う県道小野四倉線を利用した。ところどころ風に飛ばされた枝葉が路面を覆っているほかは、雨・風の被害は見られなかった。

 法事には、子ども3人、孫2人、子と孫の配偶者3人、ひ孫3人の計11人が参加した。ひ孫たち=姪っ子の子どもたちはすっかり大きくなっていた。長女は17歳だという。用があって来られなかった孫・ひ孫たちもいる。故人から数えると4世代。樹木が枝葉を伸ばすように、いのちは子となり親となって次の世代にリレーされる。

 母親は大正4(1915)年に生まれ、平成17(2005)年に満90歳で亡くなった。生きていれば今年102歳になる。命日は9月22日。今週の金曜日だ。たまたまだが、草野比佐男さんも同じ年の9月22日に満78歳で亡くなっている。

「かつかつに農を支へて老いにけりいかに死ぬとも憤死と思へ」。草野さんは高度経済成長とともに顕在化した農業・農村の荒廃を憂い、国に怒り、憲法九条を守るためにひとりムラで異議申し立てを続けた。詩集『村の女は眠れない』はロングセラーになっている。母親の命日が近づくと、決まって草野比佐男さんのことが思い浮かぶ。ミサイル・警報・頑丈な建物・地下……。草野さんはますます怒っているにちがいない。

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