2018年5月27日日曜日

川崎巡回文庫

 今から95年前の大正12(1923)年11月、「いはらき新聞」平支局の川崎文治記者が28歳で独立し、「常磐毎日新聞」を創刊する。川崎は平生まれ、中央大中退で、作家巌谷小波に師事して童話を書いた。日本児童文学大事典にも載る。いはらき新聞平支局時代には詩人山村暮鳥と交流があった。
 創刊から間もない11月8日付(7日夕刊として配達)の常磐毎日新聞に「川崎巡回文庫」の社告が掲載された=写真。新聞購読とは別に、月1円で新刊雑誌5冊が読めますよ、回し読みの会員になりませんか。1カ月遅れの諸雑誌は5~6割引きで分譲します――という呼びかけだ。それから7年後の昭和5年、元商家の家庭に川崎巡回文庫が根づいていたことを知る。

 吉野せいの作品集『洟をたらした神』の注釈づくりと、本町通りを中心とした平の“まち物語”掘り起こしを兼ねて、いろいろ資料をあさっている。

 情報の宝庫は電子化された明治40年~昭和53年の地域紙だが、このごろは山崎祐子著『明治・大正 商家の暮らし』(岩田書院、1999年)も手放せない。平でも有数の豪商・塩屋の分家、「塩屋呉服店」(大正15年廃業)の年中行事を中心に、廃業後の暮らしを伝える「キンの金銭出納簿」などが収められている。

 キンは著者の祖母の祖母だ。出納簿がつけられたのは昭和4~6年。本には同5年の記録が載る。この記録と同年の常磐毎日新聞を照合すると、1行1行がいろいろ意味を持って立ち上がってくる。ここでは川崎巡回文庫と新聞だけにしぼって紹介する。
 
 1月29日、「三十銭 夕カン川崎渡し(夕刊)」。翌30日、「一円 主婦之友川崎払」。「川崎」は川崎巡回文庫のことと著者の解説にあるが、それだけではない。常磐毎日新聞のことでもある。
 
 29日の30銭は「夕刊」常磐毎日の購読料、30日の1円(別の月には80銭)は川崎巡回文庫の月ごとの会費と思われる。「主婦之友」は月刊誌。昭和6年で定価50銭だから、買い取り値段ではない。5種類の雑誌のひとつをたまたま記したか。この二つはほぼ毎月出てくる。たとえば、3月31日には「一円一〇銭 川崎三月分払」と合算されて。

 常磐毎日新聞の公式の料金は月50銭だ。1面の題字下にうたっている。それが、30銭なのはなぜか、巡回文庫会員の特典なのか。その巡回文庫の会費も1円だったり80銭だったりするのは、希望する雑誌が5冊ではなく4冊になったりするときがあるからか。
 
 ほかには、2月27日に都新聞(のちの東京新聞)の購読料1円20銭の記載がある。地域紙、東京紙のほかに、巡回文庫で届く回覧の雑誌で情報を更新する。当主に先立たれて廃業した家とはいえ、経済的に問題はなく、日々の暮らしを豊かに楽しんでいる様子がうかがえる。古新聞はこうして、当時の世相を、家庭の様子を伝える鏡にもなる。

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