2018年12月8日土曜日

いわき七峰縦走

 日曜日(12月2日)に「いわき七峰縦走」大会が開かれた。その日の朝、いわき市三和町の直売所「三和ふれあい市場」へ買い物に行った。途中、国道49号のいわき水石トンネル手前に大会スタッフが集まっていた。
 大会はFB友の情報で知った。あとで主催者の石城山岳会のホームページで内容を確かめた。最長コースだけ紹介する。常磐藤原町・田場坂登山口―いわき水石トンネル―小玉ダムの30キロコースで、国道49号をはさんで南の湯ノ岳~天狗山~三大明神山~二ツ石山と、北の閼伽井岳~水石山~剣ケ峰の七峰を走り抜ける“荒行”だ。

標高が最も高いのは水石山の735メートル。標高100メートルの田場坂登山口からゴールの小玉ダム225メートルまで、累積標高差は約2000メートルだという。

 平市街からだと、西方にこれら阿武隈の山々が連なって見える。常磐道いわき中央インターへと南から国道49号バイパスを進むと、前方に閼伽井岳~水石山~剣ケ峰が待ち構える=写真。これらの尾根を駆け抜けるのだから、修験(山伏)の修行と同じく過酷なものではないか。

「七峰縦走」からの連想で、一昔以上前、やはりいわきの峰々を駆け巡っていたAさんを思い出した。知り合いのS君が夏井川渓谷の隠居に連れて来た。そのときの拙文(2000年9月19日付いわき民報「アカヤシオの谷から 45」)を抜粋する。文中登場する「モリオ・メグル氏」は筆者の分身。

 ――S君は、Aさんを「ヒマラヤを目指している人」と紹介した。「私はヒマラヤよりウラヤマですね」。モリオ・メグル氏が、詩人で画家の辻まことのひそみに倣うと、「いわきの山はAさんにとってはウラヤマのようなもの」。S君が応じた。

そのウラヤマ体験が尋常ではない。例えば、一般のハイカーは背戸峨廊(せどがろ)に入渓すると、昼食の時間を入れて一周4時間はかかる。Aさんはここを1時間で回り切る。まるで背戸峨廊をジョギングコースのように扱っているわけだ。

「この前の山も」と、S君が家の外を指しながら、Aさんの試みを代弁した。無量庵(注・わが隠居のこと)のある夏井川渓谷は、見た目よりも山が深い。沢と尾根が複雑に入り組んでいる。素人は下から眺めるだけだが、Aさんにはトレーニングの場と映るのだろう。「あっちの沢、こっちの沢と、いろんな沢から尾根へはい上がって、目印をつける。そして、その目印を頼りに川前から尾根筋を縦走した」

 モリオ・メグル氏は、目前の急斜面を直登したことがある。が、たどり着いたのは最初の尾根だけで、さらに奥へと分け入る勇気はなかった。そのささやかな体験からしても、Aさんの“縦走ルート開拓”は驚嘆に値する。いや、人間業とは思えない。いろいろ話を聞いているうちに、「Aさんは現代の行者ではないか」、モリオ・メグル氏は内心、舌を巻いた――。

 Aさんは、念願のヒマラヤへは行ったのだろうか。石城山岳会のメンバーだったかどうかはわからない。が、こうした先達の試みが積み重なって「いわき七峰縦走」大会が生まれたのだろう。

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