2020年7月15日水曜日

みすゞと忠夫

 いわき市立草野心平記念文学館で「没後90年童謡詩人金子みすゞ展」が開かれている(9月22日まで)。春の「草野心平の詩 天へのまなざし」展に続く夏の企画展だ。この間、コロナ禍による休館や催しの中止を余儀なくされた。コロナ問題の推移を見ながらの開催でもある。
「みすゞ展」をやるからには、大正後期、雑誌「童話」の童謡欄に投稿し、選者の西條八十から、みすゞ(1903~30年)とともに「若い童謡詩人の中の二個の巨星」と評された、いわきゆかりの島田忠夫(1904~45年)も紹介しているはず――。

オープン初日(7月11日)に同文学館で事業懇談会が開かれた。会議の前に島田忠夫のコーナーがあることを確かめ、終わって全体を観覧した。展観者が何人もいて、前評判の高さを実感した。

忠夫は水戸で生まれ、平で育った。童謡詩人だけでなく、歌人であり、天田愚庵研究家であり、「俳草画」を手がける画家でもあった。

平の詩人の「中野勇雄君の新婚に賀する歌」自筆(昭和4年1月、同文学館所蔵)と、本人の肖像写真に引かれた=写真(図録から)。写真は、忠夫と交流のあった平林武雄・明治学院大名誉教授が旧蔵し、金子みすゞ記念館(山口県長門市)の矢崎節夫館長が提供したものだという。

顔写真を拝むのは初めてだ。好男子といっていい。俳優でいえば、加藤剛、オダギリジョー、竹野内豊あたりを連想させる。

 大正13(1924)年3月発行の「童話」第5巻第3号も展示されていた。見開きページの右に忠夫の「時さんと牛」、左にみすゞの「大漁」が載る。

忠夫の作品は「牛やの時さん/死にました/牧場に青草/伸びるころ。//けれども牛は/知りません。/昨日も今朝も/鳴いてます。//乳を搾(しぼ)って/下さいよう/牧場に放して/下さいよう。」

 みすゞの作品は「朝焼小焼だ/大漁だ/大羽鰮(おおばいわし)の/大漁だ。//濱(はま)は祭りの/やうだけど/海のなかでは/何萬の/鰮のとむらひ/するだらう。」

 忠夫は今や忘れられた童謡詩人だが、そのわけは、2人の作品を読み比べるとわかる。田園趣味(忠夫)と心象描写(みすゞ)。要は、みすゞの方が琴線に触れる。今も触れる。これからも触れ続けることだろう。

「大漁」の前半は、明け方の漁港の様子を描く。イワシの大漁で漁師やその家族、魚市場の関係者たちが行き来し、「祭り」のように活気づいている。イワシを漁船からおろす、箱に入れる、セリが行われる……。浜の人間は毎日、漁を続けることで生計を維持し、船主は富を蓄積していく。

後半は、イワシに視点が移る。イワシの社会に網が入り、一挙に何万もの仲間がすくいとられた。仲間を失ったイワシたちは、人間界が祭りのようににぎやかなとき、悲しみに沈みながら「とむらい」の準備をする。

相対化する視点を持つことの大切さ。他人の痛みを共有し、その痛みを社会に訴え、改善していくエネルギーに換えること。小さく弱い者たちの側に立つこと――そんなことを深く考えさせられる詩句だ。

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