2011年2月28日月曜日

マンサクが咲いた


きのう(2月27日)朝、夏井川渓谷の無量庵へ出かけて森を巡った。とにかく歩く。なにかがあってもいい、なくてもいい。そんな気持ちで森に入る。なにかがあれば、あったことを記録する。なければ、ないことを記録する。この「ある・ない」記録の積み重ねが大事だ。

たとえば、赤松の巨木の立ち枯れはこの十数年の現象だが、それは1本、1本、目にしていて、そのつどメモしていたからこそ分かることだ。で、卒塔婆になった赤松の巨木は、でんとは倒れない。梢の方から折れ崩れていく。暴風に襲われて根っこから倒れるのは若い木。これは赤松に限らない。もう15年余、定点観測をしているので、なんとなくわかる。

一年中、キノコを探している。真冬は天然エノキタケが目当て。しょぼくれたエノキタケがあったことは2月20日に書いた。タイミングが合わなかった。で、どこかにエノキタケがあるはずだと思って歩いたが、やはりない。

となれば、キノコはもういいではないかとなる。意識をニュートラルな状態に戻す。歩くことが楽しい――そこに立ち返る。

アセビの花が咲いていた。マンサクの花も咲いた=写真。溪谷にも春が目覚めつつある。あと1カ月もすれば、景色がやわらかく、ふんわりと見えるようになるだろう。

2011年2月27日日曜日

歌集『縄のれん』


ざっと1カ月前、「いわき民報ふるさと出版文化賞授賞式」に臨席した。いわき地域学會としての招きだった。わが古巣のイベントである。久しぶりに“現場”の雰囲気を味わった。

最優秀賞は稲村泉さんの少年少女小説『一本松と杉の子の約束』。優秀賞には曽我朗子さんの歌集『縄のれん』、高橋彦彦さんの句集『邂逅』が入った。特別賞は社会福祉法人希望の杜福祉会の『私たちの歩んできた道』。「出版文化賞」だが4冊のうち3冊は文学、たまたま今回は「文学賞」になってしまったのだろう。

授賞式の祝辞で、いわき市長代理の鈴木英司副市長が新聞発表後、4冊全部を読んだことを明かした。こちらも負けてはいられない。『私たちの歩んだ道』は手元にある。『縄のれん』=写真=は授賞式当夜、本人からいただいた。残るは小説と句集だ。

いわき総合図書館で『一本松と杉の子の約束』『邂逅』を立ち読みし、あとで残る二つ、なかでも歌集を熟読した。

平の白銀町でご主人と「暮六」という居酒屋を開いていた。焼き鳥が売りではなかったか。そんなにしょっちゅう通ったわけではないが、いつのまにか「ミスいわき」の娘さんも含めてなじみになっていた。

そのころをほうふつさせる歌――。

 バイトの子も吾もきりりと髪結ぶ居酒屋に立つ夕べの習い
 大鍋を四つ火にかけ炒る茹でる真夏の仕込みサウナのごとし
 閉店を告げても話し込む客に泊まられますかと言へば皆立つ
 カウンターに頬杖ついて客を待つ鍋の仕込みは食べ頃なのに

3首目の歌はなんとなく覚えがあるような……。それよりなにより、今も記憶に残る「冷奴」に納豆をのせたものは「つきだし」だったか。牛だかなんだかの「タマタマ」も記憶にある。夫であるマスターがにやにやしながら出して、食べたあとに正体を明かした。

ま、そんなことはさておき、あとがきを読むと、マスターが挿し絵をかき、いわきでフリーペーパーを発行している娘さんが編集・デザインをした。なんと3年がかりだったとか。忙しい仕事の合間に少しずつ編集するしかなかったのだろう。

そうしてできた夫婦・親子合作の歌集である。表紙のイラストにある「暮六」(赤ちょうちんが懐かしい)の縄のれんをかき分け、戸を開けて中に入ると、おいしい焼き鳥ならぬ歌が並んでいるという仕かけがにくい。

2011年2月26日土曜日

調練場の砂利採取


いわき市平の市街地を過ぎて河口に近づいた夏井川は、「旧神谷村」でS字状に蛇行しながら東進する。浅瀬には砂州ができる。平中神谷字調練場の砂州はなかでも最大級だ。

地名の由来については2年前に書いた。笠間藩の神谷陣屋藩士の兵式調練場だったのが、そのまま字名になった(志賀伝吉著『神谷村誌』)。小学校の運動会が開けるくらいに広い。

ここにある日、ショベルカーがやって来た。やがてダンプカーが現れ、砂利を採取・運搬するようになった。ショベルカーが砂利をかき集めて山をつくり、山の上から砂利をすくってダンプカーに投入する=写真

私が日常、目にする左岸の砂利採取現場としては最も下流だ。平塩地内では2カ所、これはとっくに採取が終了した。右岸、平山崎地内の河川拡幅工事(「土砂撤去」名目だから、ここも砂利採取に違いはあるまい)も終わった。

調練場は、半分は枯れヨシ原だ。堤防を下りて枯れヨシ原を過ぎると、広い砂州に出る。ここで藩士たちはどんな訓練をしたのだろう。戊辰戦争では本藩が「官軍」側についたから、陣屋は「賊軍」の磐城平藩などに囲まれて四面楚歌になった。

砂利採取が続く調練場の光景に、日本が近代化する過程での「内戦」(戊辰戦争)を思い浮かべ、その連想でイスラム世界の「ジャスミン革命」に思いが走る。とりわけ、リビアの独裁者の頭の中はどうなっているのかと、問わないではいられない。

2011年2月25日金曜日

どろんこハクチョウ


またまたハクチョウの話で恐縮です。

わが家から夏井川渓谷の無量庵へは、途中まで阿武隈高地の先端、丘に沿って流れる小川江筋を視野におさめながら車を走らせる。要は田園地帯のど真ん中。水の流れをさかのぼる形になる。

その逆。帰り道。川の水になったつもりで風景を見る。夏井川溪谷を過ぎると豁然と視界が開ける。小川の片石田から太平洋へと一気に扇状地が広がる。平は開いた扇の先端部三分の二くらいを占めるだろうか。

小川江筋が丘のふもとを縫って流れるのは、片石田の下流・三島から。扇状地の真ん中あたり、場所としては平中平窪、平四小の裏側だ。

一部、田んぼに水が張ってある。「冬水田んぼ」だ。そこに朝、無量庵へ行く途中、ハクチョウが飛んで来た。無量庵からの帰り、午後2時過ぎに通ったら、ハクチョウたちがピチャピチャ泥水にくちばしを突っ込んでえさをあさっていた。

水田の間を貫く農道だ。ハクチョウは農道のすぐそばにいる。車の窓を開けてカメラのレンズを最大にする。口のまわり、胸のあたりをどろんこにしているコハクチョウを撮った=写真。顔だけを狙った写真も撮れた。

ハクチョウの写真を撮り始めて何年になるだろう。パソコンに取り込んだものだけで3年分、今年の分を加えると4年だ。それ以前にプリントしたものもある。平山崎の「ハクチョウおじさん」ことMさんを、平塩~中神谷で撮り続けてきたから、十年は過ぎたかもしれない。

アマチュアであっても通い続ければ、いろんな写真が撮れる。雪の日、雨の日、霧の日、晴れの日。朝、昼、夕方。着水、離水、はばたき、群飛。けがをして居残ったハクチョウの孤独な四季。ただし整理が下手なので、以前の写真がどこにあるかわからない。それらがそろえば写真集だって出せるかもしれない。と言えるくらいに写真は撮った。

ともあれ、ハクチョウは写真のウデを鍛えてくれる被写体には違いない。

2011年2月24日木曜日

フキノトウ


日曜日にいわき市三和町の直売所「ふれあい市場」を訪ねたときのこと。「今年はフキノトウが小っちゃくてね。やっと1パック出てきたの」。2月下旬である。フキノトウが店頭に並ぶ時期なのに、出てこない。三和町も不作、いや“遅作”だったか。

夏井川渓谷の無量庵。庭にフキノトウが出る。暖冬だと、年末には頭を出す。いくらなんでもそれを摘む気にはならない。年が明けるのを待つ。正月三が日に摘んでわが家に持ち帰り、みじんにして雑煮に浮かせる――というのが、だいたいのパターンだ。今年はそれができなかった。頭を出してはいたが、小さくて小さくて……。

去年は真夏に猛暑が続いた。やっと秋分の日あたりから、雨らしい雨が降るようになった。フキノトウの生長がいまいちなのは、もしかしたらそのせいか。

「ふれあい市場」を訪ねた帰り、無量庵の庭をじっくり見る。1個だけイソギンチャクのように衣を開きかけたのがあった。それを摘んで、翌日、わが家でみそ汁に散らした。夏井川溪谷にもやっと春がきた。

と、「谷間の春」の余韻を楽しんでいたら、ゆうべ、近所の奥さんがフキノトウのてんぷらを持ってきてくれた=写真。ありがたいことに、ときどき、調理した旬のものをいただく。

早速、酒のつまみにした。飲み過ぎた。いつもだと晩酌を終えてからブログを書くのだが、べろべろになったので、今朝になった。わが脳みそにも春がきたらしい。

2011年2月23日水曜日

天平という人


去年暮れ、いわき市立草野心平記念文学館から「草野天平の作品とふるさと」というテーマでしゃべってくれ、という電話が入った。「オレは天平を読んでないよ」と言っても引き下がらない。「天平のいた小川の自然について語ってください」。それならば、というわけで引き受けた。

今度の日曜日(2月27日)午後1時半から、小川町の「心平生家」=写真=でしゃべります。PRです。時間があったらおでかけください。

天平は心平の弟。心平同様、詩人だ。マイナーが当たり前の詩人の世界で、心平はとびぬけてメジャーになった。天平はマイナーな詩人のなかでも、さらにマイナーな存在だ(と私は認識している)。要は、知る人ぞ知る。いや、知らない人が多い。

あまりにも「詩」を信じすぎている。「言葉なんて覚えるんじゃなかった」という詩人の対極にある。そう思っているので、私は天平のいい読者であるはずがない。それに、天平の詩を読むと打ちのめされる。ますます読まない。

それはこういうことだ。言葉を削って削って、もう言葉がないというぎりぎりのところに詩句が展開している。すごいことだが、俗世間にどっぷりつかっている私は、ついつい「ねばならない世界」を感じてしまって敬遠する。「ここまで自分を追い詰めなくてはだめなのか」。そんなことを感じてめいってしまうのだ。

が、逆も真なり。こちらがぼろぼろになっているときに天平の詩を読むと救われる。頑張らなくては、というエネルギーをもらえる。同じ詩句でも、そのときの心のありようで受け取り方は全く異なる。不思議なものだ。

そんなことが10年にいっぺんくらいはある。20代で読み始め、敬遠して間歇的に立ち返り、文学館から言われて初めて、本気になって天平の詩と向き合った。発見したことがある。

私は「歩く人」が気になって仕方がない。ウオーカー(散歩者)を尊敬する。天平も、同じ小川ながら平地から夏井川渓谷まで平気で歩くウオーカーだった。その一点にしぼって話すことにした。

2011年2月22日火曜日

買い出しツアー


「南の白菜」より「北の白菜」である。甘みが違う。いわき市で言えば、平より三和町、スーパーより直売所。スーパーで1玉およそ400円と結構な値段だ。ガソリン代をかけても直売所の白菜を買いたい――日曜日(2月20日)に車を走らせた。

夏井川沿いの県道同様、国道49号に雪はないだろう。直売所(三和町ふれあい市場=写真)は長沢峠の手前だ。そこまでならノーマルタイヤでも大丈夫のはず。結果的には長沢峠もOKだった。

ふれあい市場へは10時前に着いた。すでにオープンしていた。白菜はなかった。すると、店の人がどこかに電話をかけてくれた。残念ながら「足」がない――ということで、届くことはなかったが、直売所の魅力はこれだろう。

<よく来てくれたない>といった感じだろうか。店の人(おばさん)がお茶をどうぞ、大根の甘酢漬けにくるんだ干し柿もどうぞ、という。三和の家庭の味だ。

この時期は加工品が主体。漬物がいっぱいある。一升漬け、みそ漬け、白菜キムチ、キュウリの古漬け、梅干し、大根、おにぎりと買ったら、マイバッグにいっぱいになった。まるで買い出しツアーである。

三和町からひと山越えた夏井川渓谷の無量庵へ行くには二つのルートがある。直近の差塩ルートと、いったん小野町の夏井へ出て夏井川に沿って下るルートと。聞けば、どちらも雪の心配はない。

どうしても白菜を買いたい。小野町のルートをとった。きのこセンターになければ、小野町の直売所まで足を延ばすつもりで、ふれあい市場を出発する。

きのこセンターに地物の白菜があった。1玉300円弱。3玉買った。レジの女性が株の切り口を見て傷みの少ないものと取り換えてくれた。

三和~小野~無量庵(夏井川渓谷)~わが家と、久しぶりに遠出を楽しんだ。帰るとすぐ白菜を八つ割りにして干した。きのうの夕方にはカメに漬け込んだ。4月いっぱい白菜漬けを食べるとして、漬けるのはあと1~2回。春は確実に近づいている。