総合図書館の新着図書コーナーに高倉浩樹『シベリア3万年の人類史――寒冷地適応からウクライナ戦争まで』(平凡社、2025年)があった=写真。
著者は社会人類学、シベリア民族誌学を専攻する、いわき市出身の東北大学教授だ。
若いとき、シベリアに抑留されたアマチュア画家と親しくなり、強制収容所の暮らしを記録した絵と文章を、画文集として出版する手伝いをした。
広沢栄太郎著『シベリヤ抑留記 ある捕虜の記録』。絵を残すまでの本人の執念に心を揺すぶられた。以来、時折シベリアのことが頭に浮かぶ。
画家は朝鮮半島で敗戦を迎えたあと、ソ連軍によってシベリアへ抑留される。ラーゲリ(収容所)では過酷な労働を強いられた。食事は粗末だった。仲間はそれで次々と衰弱して死んだ。
詩人の石原吉郎も抑留を体験した。仲間が亡くなる前、ラーゲリの取調官に対して発したという最後の言葉を記している。
「もしあなたが人間であるなら、私は人間ではない。もし私が人間であるなら、あなたは人間ではない」
「あなた」とはソ連のスターリニズムそのものだったろう。そしてそれは、今のロシアにもいえることではないか。
画家は鉛筆で小さなザラ紙に数百枚のスケッチを描きためた。それを、帰国集結地ナホトカの手前で焼き捨てた。没収されるのがわかっていたからだった。
復員するとすぐ2カ月をかけて、2年半余の強制収容所生活を50枚の絵と文にまとめた。
それから四半世紀がたって、当時、いわきの先端的なギャラリーだった「草野美術ホール」で個展を開いた。「シベリヤ抑留記」も展示した。
記者になりたてだった私は、取材でかかわったのを機にホールのおやじさんらと画集出版の話に加わり、編集を担当した。
2016(平成28)年8月、高専の仲間4人でサハリン(樺太)を旅した。対岸シベリアのアムール湾とウスリー湾にはさまれた半島の先端・ウラジオストクと、その東方にあるナホトカの港も巡った。
同級生の一人が学校を出ると、船で横浜からナホトカへ渡り、さらにシベリア鉄道を利用して、北欧のスウェーデンにたどり着いた。
彼はそこで仕事を見つけ、家庭を築き、死んだ。その原点がナホトカだった。ナホトカでは若いときの同級生を思い、シベリアから帰国するいわきの画家の幻影を追った。
これらシベリアがらみの極私的体験がよみがえり、さらにシベリアの今を知りたくて、新着図書を手にした。
人類史的研究の本題はこれからじっくり味わうとして、地球温暖化が進むと「寒冷地」はどう変化するのか、まずその章を読んだ。
永久凍土の融解で地面の凸凹が大きくなり、道路などのインフラに影響が出ている。川面の凍結期間が縮小し、「冬道路」としての利用期間が減った。「解氷洪水」が増大している――という。しかも、それらはほんの一例らしい。
地球温暖化は地域温暖化であり、シベリアではそれが大地と暮らしのひずみとして現れている。なんということだろう。
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