2014年2月24日月曜日

豆本の魂

 手元に豆本が1冊ある=写真。いわきの阿武隈の山中で農林業を営みながら、短歌・詩・俳句を詠み、小説・評論を書き続けた故草野比佐男さん(1927~2005年)の詩集『老年詩片』だ。

 詩集『村の女は眠れない』で知られる草野さんが昭和61(1986)年、ワープロを駆使して限定5部の『老年詩片』をつくった。秋には、秋田から同じ内容の豆本が出た。両方を草野さんからちょうだいした。どこかにまぎれていたのが、3年前の震災で出てきた。

 詩集には20篇の作品が収められている。老いの繰り言にひっかけた「辺境の頑民」(作品十八)のことばがつづられる。

 いわき総合図書館で企画展「“豆本”小さな本の世界」が開かれている(5月25日まで)。勿来高校から同図書館に<緑の笛豆本>323冊が寄贈された。なぜ県立高校から? その説明がほしいところだが、新聞記事を読んでもよくわからない。

 企画展のリーフレットによれば、展示されている豆本は青森県弘前市の蘭繁之という人が刊行した。草野さんのそれは、秋田県大館市の藤島和義という人がつくった。<長木野の本・第13巻>と表紙にある。サイズが少し違う。緑の笛は縦10センチ・横8センチ、長木野は縦9センチ・横6.5センチ。草野さんの豆本の方が小さい。

 企画展に触発されて『老年詩片』を読み返した。「作品十三」を記す。「今朝は新聞の<幸い>という字を/いみじくも<辛い>と読みちがえた」(作品一)ような老眼になり、震災と原発事故を経験した「おじいちゃん」たちの、孫を思う気持ちに通じるものがある、といってもおかしくない。

 おじいちゃん……一歳と五か月の梨沙が電話のむこうで
 おれをはじめてそう呼んだのだ
 片言の幼い声をはにかみにくぐもらせながら
 いまのいま たしかにそう呼んだのだ
 
 だが しかし 温かく涙ぐましく立ちまよう感情の靄は
 やがて一挙に吹き散らされる
 人類のゆくてにまがまがしくひしめく核の
 突然の爆発に 世界の阿鼻叫喚に
 
 ああ だから おれはまだまだ死ねないのだ
 柔らかな癖毛の髪がおれに似るこの子のために
 みなごろしの思想に逆らいつづけるために
 
 おじいちゃん……おれをはじめてそう呼んだ声が
 東京からではなくて十年二十年さきから
 助けを求めるようにもきこえたのだ
 
 チェルノブイリ原発事故の直後に詠んだ詩と思われる。「一寸の虫にも五分の魂」ではないが、豆本の、単独者の魂が息づいている。

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