ラベル バングラデシュ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル バングラデシュ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018年10月26日金曜日

旧任地での帰国報告会

国際NGO、シャプラニール=市民による海外協力の会の「バングラデシュ駐在員帰国報告会2018」が、おととい(10月24日)夜、いわき市平字三町目のアートスペースもりたか屋で開かれた。
 シャプラは、主にバングラデシュとネパールで①子どもの権利を守る②災害に強い地域をつくる③フェアトレードを通じて共生できる社会をつくる――などを柱に、支援活動を展開している。

そのひとつが、家事使用人として働く少女たちへの基礎教育や保健衛生、性教育などの知識の提供だ。現地のパートナー団体とともに、ダッカ市内3カ所でヘルプセンターを運営し、14歳以上の家事使用人の少女には縫製、絞り染め、ブロックプリントなどの職業訓練を、さらに全員を対象にした授業では刺しゅう、調理実習、ペーパークラフト、アクセサリ―作りなどを行っている。

報告会では、首都ダッカの事務所で1年間、駐在員を務めた猪瀬絢子(あやこ)職員が、「ラジオで変える、バングラデシュで働く少女の未来」をテーマに話した=写真上1。

シャプラは、東日本大震災が起きるとすぐ国内支援に入り、いわき市平で5年間、交流スペース「ぶらっと」を開設・運営した。猪瀬職員は2014年10月から1年間、いわき駐在員を務め、地元NPOや市民とも交流を深めた。報告会にはそのときからの知り合いなど25人が参加した。

バングラの児童労働の数は320万人(2006年国連統計)。うち家事使用人は42万1千人(2007年国連統計)で、80%が女子。女子の8割弱は14歳未満だという。

家事使用人として働く女の子たちが直面する問題は多岐にわたる。①労働環境(長時間労働=休日がない、無給もしくは低賃金、外出の機会が限られる、教育機会が少ない、食事が粗末・不規則)②暴力などの人権侵害③本人の意思に反した結婚――。

こうしたことが起きる背景には、男女の扱いが異なる慣習の名残、婚礼時の持参金制度(ダウリー制度)、子ども(特に娘)は働いて当然という風潮、自宅に一人でいることの危険、などがあるそうだ。

子どもには学ぶ権利がある。シャプラは働く少女を支援すると同時に、雇用主・保護者、地域、一般の人々・政府を巻き込むべく、ラジオを通じた啓発活動にも取り組んでいる。猪瀬職員は家事使用人として働く少女などへのインタビューを通して見えてきた課題や成果などを話した。
報告会のあとはキーマカレーを食べながら歓談した=写真上2。猪瀬職員はいわき駐在中に知り合った支援活動仲間と、いわきの人間もまた支援仲間と旧交を温めた。

猪瀬職員はいわき時代、私のカミサンの義伯父の家を宿舎にしていた。私は元「大家」として、「店子(たなこ)」に注文を付けた。「これからの報告会の教訓として、もう少しゆっくりしゃべること」

アンケートにも、「バングラの児童労働の現状がよくわかった」「生の声を聴けてよかった」という声に混じって、猪瀬職員をよく知る人が「少し早口でした。聞く側にも一呼吸を」とアドバイスを記していた。われら年寄りからのエールでもある。

子どもに必要なのは、「箒(ほうき)」ではなくて「本」――。いわきのあとは11月24日まで、和歌山、大阪、東京、愛知で報告会が開かれる。

2018年10月17日水曜日

バングラ前駐在員の帰国報告会

シャプラニール=市民による海外協力の会は国際NGOだ。南アジアのバングラデシュやネパールで、①子どもの権利を守る②災害に強い地域をつくる③フェアトレードを通じて共生できる社会をつくる――などを柱にした活動を展開している。創立メンバーの一人が福島高専の寮仲間だったので、前からかかわっている。
シャプラのバングラ事務所で1年間、駐在員を務めた猪瀬絢子職員が来週水曜日(10月24日)午後6時から、いわき市平字三町目のアートスペースもりたか屋で帰国報告会を開く=写真(チラシ)。

シャプラは東日本大震災直後から初めての国内支援に入り、平で5年間、交流スペース「ぶらっと」を開設・運営した。帰国報告をする猪瀬職員は、1年間、いわきにも駐在した。地元NPOや市民に知り合いが多い。

シャプラの活動報告会は、これまでにもいわきで何度か開かれている。が、いわき駐在経験スタッフの報告会は初めてだ。いわき以外では、東京・和歌山・大阪・愛知で開かれる。

「ラジオで変える、バングラデシュで働く少女の未来」をテーマに話す。シャプラは2006年から、家事使用人の少女たちの権利を守るための支援活動を続けている。報告会では、現在取り組んでいるコミュニティラジオを通じた啓発活動について、家事使用人として働く少女などへのインタビューを通して見えてきたことを紹介する。

 4カ月前、バングラデシュのダッカ事務所駐在員、つまり彼女から活動の現況を伝える手紙がシャプラ会員やサポーターに届いた。おおむね次のようなことが記されていた。

――ダッカは、街の発展が見て取れる。でも、その変化から「取り残された人々」がいる。シャプラはそうした人々への支援活動を続けている。
 
 具体的な取り組みとしては、児童労働削減のため、現地のパートナー団体とともに、ダッカ市内3カ所でヘルプセンターを運営し、14歳以上の家事使用人の少女には縫製、絞り染め、ブロックプリントなどの職業訓練を、さらに全員を対象にした授業では刺しゅう、調理実習、ペーパークラフト、アクセサリ―作りなどを行っている。

学び成長するという当たり前の権利を一人でも多くの子どもたちが享受できるように――という思いを届ける報告会でもある。

定員は30人。参加費は500円で、キーマカレーが出る。問い合わせはシャプラニールいわき連絡会・吉田(0246-34-7871)か、シャプラ東京事務局・鈴木(03-3202―7863)へ。

2017年11月11日土曜日

夜間中学

 日没が早くなった。夕方、近所から帰ってきたカミサンがいう。「夕焼けがきれいだよ」。そのたびに2階から西の空を眺める。たまたま外出からの帰りが日没と重なるときがある。夏井川の堤防であれば、思わず車を止めて夕日に見入る=写真。
 若いときと違って、今は夕日に出合うとホッとする。きょうもなんとか無事に終わったか――。しかし、それから学校へ行く人たちがいる。

 11月初めのNHKクローズアップ現代+「ひらがなも書けない若者たち~見過ごされてきた“学びの貧困”」を見た。

 日本人なのに平仮名の書けない若者が増えている。「30%オフ」の意味がわからない。なぜ? いじめだけでなく、貧困、DV(ドメスティックバイオレンス)、病気の親の看護などで学校へ行か(け)なくなった人々がいるのだという。小・中学校の卒業証書はもらっても、実質的には教育を受けていないのと同じだ。

 私ら夫婦が少しかかわっている国際NGOにシャプラニール=市民による海外協力の会がある。バングラデシュやネパールなどの南アジアで「取り残された人々」の支援活動を展開している。東日本大震災では初めて国内緊急支援を手がけ、以後5年間、いわき市平で交流スペース「ぶらっと」を開設・運営した。

 シャプラがバングラで最初に手がけたのは、「取り残された人々」への青空識字学級と、ジュート(黄麻=こうま)を使った手工芸品づくりだった。文字が読めないことで人々はさまざまな不利益を被る。手に職を持ち、読み書きができるようになることで暮らしが向上し、希望が生まれ、可能性が広がる。

 クロ現+を見ながら、シャプラの識字学級活動を思い浮かべた。と同時に、文部科学省の前事務次官前川喜平さんが今年(2017年)1月、次官を辞める1週間前に福島市で講演した内容も。前川さんは8月にも福島市で講演している。

 友人が前に1月の講演録のコピーを持ってきた。講演は福島に公立夜間中学をつくる会が主催した。教育行政に取り組んできた前川さんの真摯さが伝わってくる内容だった。夜間中学の重要性について語っていた。

 去年12月、「教育機会確保法」が成立した。義務教育から「取り残された人々」がいる。そのなかに、クロ現+が取り上げたような若者たちも入る。これまでは、中学校の卒業証書をもらった人は夜間中学に入れなかった。それが、この法律によって夜間中学で学べるようになった。少なくとも各県に1校は夜間中学を設置するように、という流れができた。

「個人の尊厳とか幸福を追求する権利とか、自分の人権を本当に意味あらしめる、発揮することができるためには、学習することが必要。学習することができなければ、自らの人権を守ることができない。私はすべての人権の不可欠の基礎として、教育を受ける権利・学ぶ権利があると思っています」

 それこそが「エンパワーメント」=人々に夢や希望を与え、勇気づけ、人が本来持っている素晴らしい、生きる力を湧きださせること(ウィキペディア)――の原点だろう。

 前川さんはこうもいっている。「教育を受ける権利には年齢制限はない」「教育を受ける権利を保障する義務にも年齢制限はない」「義務教育未修了者のために昼間授業をする義務教育学校があっても良い」。おおいに蒙(もう)がひらかれる講演録だった。

2017年5月23日火曜日

「いわきの郷土史を知りたい」

 きのう(5月22日)も暑かった。午後1時半ごろ、いわき駅前を通ったら、デジタル表示盤が「31度」を示していた。ギャラリー界隈の阿部幸洋新作絵画展が最終日を迎えた。カミサンは今回、まだ阿部と会っていない。作品を見に行くついでに、駅前に寄り道をした。気温を確かめるのが目的だった。 
 阿部はいわき出身で、スペインに住んでいる。亡くなった奥さんが、小さいころからかわいがっていた青年がいる。奥さんが急死した5カ月後、阿部と一緒に日本へ、いわきへやって来た。
 
 ラザロという。頭脳明晰な青年だ。英語はディズニーのアニメ映画で学んだ。日本語も滞日中、日ごとに語彙を増やした。今は34歳だろうか。コンピューターを駆使したアート(漫画もかく)のほか、「3D」の建築デザインなどを手掛けている。
 
 弟がいる。28歳、大学生。夏休みに1カ月ほど日本で勉強したいのだとか。ついてはと、ラザロが言ったそうだ。わが家にホームステイできないものか。ラザロの弟であれば阿部の“身内”も同然だ。断るわけにはいかない。阿部がスペインへ戻ったあと、ラザロから(フェイスブックで)連絡させる、ということになった。
 
 それとは別に、きのう、元職場の若い仲間から電話が入った。フェイスブックのメッセージで連絡した。それを私が見落としていた。「いわきのことを知りたい人がいる。午後3時か4時ごろ、話を聞きにつれて行ってもいいか」

 その人とは、ノンフィクション作家の川内有緒(ありお)さんだった。会ったことはないが、シャプラニール=市民による海外協力の会のスタッフやシニアアドバイザーと交友があるので知っていた。

「バウル」と呼ばれるバングラデシュの吟遊詩人を追った『バウルを探して――地球の片隅に伝わる秘密の歌』(幻冬舎、2013年=第33回新田次郎文学賞受賞)という著書がある。私は詩人、なかでも吟遊詩人に興味があるので、この本は読んでいた。旧知のシャプラの創立メンバーからバウルについていろいろ教わったことが書いてある。

カミサンも、国連職員時代の体験をつづった『パリの国連で夢を食う』(イースト・プレス、2014年)を読んでいた。シャプラは震災後、いわきに交流スペース「ぶらっと」を開設・運営した。東京からやって来たスタッフから、川内さんのことを聞いていたそうだ。
 
 昔の職場の仲間と川内さん(写真右=掲載については2人の了承ずみ)には共通項がある。「万本桜」だ。それはそれとして、川内さんは、母親がいわき市の遠野町上遠野出身だという。いわきのことを本にしたい、ついては自分のルーツであるいわきの郷土史を知りたい、というからには、協力しないわけにはいかない。なにしろ「シャプラつながり」なのだ。
 
 若い仲間は驚いていたが、私には、いつか会うのではないか、という予感があった。これも震災がもたらした出会いのひとつだろう。

2016年9月30日金曜日

バングラ風カレー

 バングラデシュ風カレーの料理教室兼フェアトレード学習会がおととい(9月28日)、いわき市中央卸売市場料理研修室で開かれた=写真。市のホームページで市場のカレンダーを見ると、この日は「臨時休業日」。当初は生協のパルシステム福島いわきセンターで開かれる予定だったが、参加者(生協会員)が予想以上に多かったため会場が変更された。
 パルシステムが食材を提供し、シャプラニール=市民による海外協力の会のスタッフが講師を務めた。シャプラは東日本大震災直後、いわきへ緊急支援に入り、パルシステムとも協働して活動を続けた。以来、強いきずなを保っている。シャプラ関係者として、カミサンの運転手兼手伝いと受講を兼ねて参加した。“黒一点”だった。

 香辛料はニンニク・ショウガ・トウガラシのほか、クミンシード・ターメリック・コリアンダー・クローブ・カルダモン・シナモン・テスパタ代わりのローリエの乾燥葉。これにチキン手羽先、ジャガイモ、タマネギが加わる。カルダモンとコリアンダーはすり鉢に入れて、すりこぎ棒でたたきつぶした。唯一、それだけを引き受けた。

 すり鉢から立ちのぼるカルダモンの香りと辛みに少し目が刺激された。が、香辛料であることを感じたのはこのときだけ。いざ、できあがったカレーを食べてみると、穏やかな味だった。

 それはそうだろう――といったら、鼻で笑われるかもしれないが。高温多湿の南アジアでは胃腸を守り、体力を維持するためにカレーを食べる。香辛料はそのための「薬」だ。激辛もあるだろうが、子どもも食べることを思えば、激辛である必要はない。
 
 参加した女性の年齢は、若いママさんからお年寄りまでと幅広かった。無添加の材料で、子どもにも食べさせられるカレーを――といったところが、人気を呼んだのかもしれない。
 
 昔、自産のトウガラシなどで「マイ七味」をつくったことがある。香辛料には無関心ではいられない。カルダモンは「香りの王様」と形容される。つぶしてみてそれを実感した。いい勉強になった。
 
 南アジア系では、インド料理店はもちろん、ネパール料理店も目にするようになった。バングラデシュ料理店は? バングラデシュ人がインド料理店のコックをする例はあるそうだが、看板を見たことはない。バングラを身近に感じる料理教室だった。