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2017年12月25日月曜日

偲ぶ会

 10月下旬、スウェーデンの同級生が亡くなったことを拙ブログで書いて、こう締めくくった。
 8年前、夏井川渓谷の隠居でミニ同級会を開き、スウェーデンに国際電話をかけたのが、“海外修学旅行”の始まりだった。それぞれが「今生の別れ」のつもりで会いに行った。喪失感とともに、痛みから解放されて安らぐ顔が思い浮かぶ。いつか隠居で「偲ぶ会」を開かねば――。

 隠居ではなく、わが家の近くの義伯父の家でおととい(12月23日)、偲ぶ会を開いた。スウェーデンへ病気見舞いに行った7人のうち5人が集まった。当時の写真などを飾り=写真、献杯した。先日亡くなったほかのクラスの仲間(女性)にも哀悼の意をささげた。

 写真にあるノーベルはチョコの包装金紙だ。ノーベル博物館から買って来た。この年になってもノーベルにあやかりたい、と思ったわけではないが、中身を口に入れたあと捨てずに残した。

 キノコの写真はアンズタケ。コペンハーゲン(デンマーク)の果物屋の店頭で売られていた。ノルウェーのボスでも、コンビニにアンズタケがあった。ストックホルム(スウェーデン)のレストランでは、魚とカンタレッラ(アンズタケ)のグラタンのようなものを食べた。

 実は偲ぶ会の前日、仲間が母校の先生と飲んでいて、キノコの話になった。私に電話をかけてきた。先生が出たが、周りがうるさくて話にならない。偲ぶ会でくわしく仲間から聴くことにした。先生はマツタケを採る。マツタケが採れるところには、トキイロラッパタケがいっぱい発生する。マツタケよりうまいという。そういう話だった。

 トキイロラッパタケはアンズタケの仲間だ。キノコ図鑑には、アンズタケは欧州では食味性ではハイクラスの食用キノコとして人気がある、生タケはもちろん缶詰、乾燥品も一般に市販されているが、日本ではいまひとつ人気がない――とある。私もせいぜい湯通しをして酢の物にする程度だが、今はあまり森に入らない。

 神妙にスタートした偲ぶ会も、ホウレンソウ鍋と刺し身をつつき、アルコールが入るにつれていつもの飲み会に変わった。5人のうち3人は今年(2017年)10月、3回目の台湾旅行を経験している。その報告会も兼ねた。小籠包の話には、味を思い出して舌がふるえた。

 最初はタイ旅行が計画された。が、国王が亡くなったために、台湾の東海岸巡りに変わった。ところが、帰国日にいわきでイベントが組まれ、浮世の義理で私も参加しなければならなくなった。泣く泣く旅行を断念した。
 
 酔えば大胆になる。来年(2018年)秋にはタイへ行くことが決まった。

2017年5月24日水曜日

シイ・カシの花

 週に1回、いわきニュータウンへ出かける。国道6号の常磐バイパスを利用する。道沿いの小丘群に点々と黄色いかたまりが見られるようになった。木の名前はわからない。が、スダジイやアカガシなどの花だろう。
 ふだんは主に夏井川流域内を動き回っている。いわきの海岸~平地(暖温帯)は、シイ・カシなどの照葉樹が目立ち、阿武隈高地(冷温帯)は夏緑樹、その中間の夏井川渓谷(中間温帯)はモミ・イヌブナなどが優先する。全山緑となったこの時期、黄色い花のかたまりでシイ・カシ類の分布域がわかる。

 海岸寄り、田んぼの中の小集落を照葉樹が守っている。樹冠を黄色く覆う花がブロッコリーのようだ。内陸=平地のどんづまり、小川の町は、集落の裏山が小丘になっている=写真。メッシュが入ったように黄色いのは、シイ・カシの花。その奥、二ツ箭山は中腹まで人工の杉林が多いこともあって、黄色い点々は見られない。ここらへんが暖温帯の終わるところ、中間温帯との境目、あるいは冷温帯の始まるところなのだと知る。

 若いころ、年に何回か阿武隈の植物を見て回る「山学校」に参加した。いわきに住む植物研究の第一人者(元高校教諭)が先生を務めた。植物の南限・北限を意識するようになった。キノコにも南方系と北方系がある。いわきでは、その両方が見られる。海もしかり。黒潮と親潮がぶつかる“おいしい海域”だ。

 釣りをしないので、大きい声ではいえないのだが、自然を丸かじりするのにいわきほど面白いところはない。

 自然は最大・最強のメディア、そして最も正直なメディアだ、と私は思っている。自然が発する情報に目を凝らし、耳を澄ます。鼻で嗅(か)ぎ、舌で確かめる。暑い、寒い、荒い、穏やか、きれい……。それらをベースに、人間と人間の間を飛び交う情報を吟味する。自然にはファクトがあるだけ。フェイクは通じない。

2017年4月24日月曜日

孫と遊ぶ

 上の小4の孫が10歳の誕生日を迎えたので、カミサンが電話をかけた。誕生日プレゼントを“えさ”に連れ出して、下の小2の孫も含めて日曜の午後を一緒に遊ぼう、というわけだ。運転手を務めた。
 下の孫はゲーム用のカードが、上の孫はプラモデルがほしいという。売っている店は鹿島街道、いわき駅近辺と異なる。カミサンはカミサンで、夏井川渓谷の隠居の庭にあるシダレザクラの花を見たがっている。買い物途中で渋る孫を隠居へ連れて行った。

 ちょうど1年前、孫たちは隠居の庭で“水路遊び”をした。風呂場からホースを伸ばして水を流すと“峡谷”ができた。今年はあいにく井戸のポンプが故障している。水が出ない。スコップや草引きで崩れた“水路”を修復したあと、近くの小流れ=写真=からバケツで汲んで来た水を流しては歓声を上げていた。

“水路”修復中に乾電池をガムテープでくるんでつくった戦車が出てきた。去年、“水路”の“崖”の上に置いたのが、忘れられてなかば土に埋まっていたのを掘り出したのだった。
 
 隠居の庭に猫の墓がある。先の暴風で倒れたスイセンの花を切って下の孫に手渡し、猫の墓にたむけるようにいう。花を受け取った孫が茎を口に持っていきそうになったので、「スイセンは毒!」と注意すると、手の動きが止まった。

 1年前、たまたま隠居に遊びに来た知人が孫の“水路遊び”を見て、「学問の始まりです」といった。遊びのなかから、土木や防災、歴史、自然などへの関心が芽生える、ということだろう。1年後、孫たちは井戸水に代わって近くの小流れの水を利用することを学んだ。「おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に……」に通じる暮らしの原型のようなものだ。

 シダレザクラは満開を過ぎて散り始めていた。カミサンは、「咲いても誰にも見られないのではかわいそう」と思っていたそうだが、花と対面して満足していた。
 
 さて、マチに戻り、目当ての大型店へ行くと、上の孫はプラモを買い、下の孫は100円を投入し、カードをゲーム機の画面に当てて動かした。初めてデジタルカードゲームというのを見た。アニメのドラゴンボールだった。これが今の子どもたちの「サバイバルゲーム」なのか。

 しめくくりは、いつもの魚屋さんへカツオの刺し身を買いに――。教材用なのか、アンコウの骨格、アブラザメの頭部と尾ビレが飾ってある。アブラザメは和名アブラツノザメ。肝油やかまぼこなどの練り製品の原料になる。刺し身にしてもうまいという。下の孫はアブラザメの歯にさわってその鋭さにびっくりしていた。

 ゲーム機では倒された相手は何度もよみがえる。が、現実の自然にはスズメバチがいる、マムシがいる、サメがいる、スイセンがある。命取りになりかねない生物の存在を体で覚えないといけない。孫たちは少しばかり、ほんとうの「サバイバルゲーム」を体感したことだろう。