「松本守雄仏画展――千年の祈り・その色彩」が、いわき市暮らしの伝承郷で開かれている(10月12日まで)=写真。
私と同じ阿武隈の山里で生まれ育ち、いわきで仕事をしてきた中学校の同級生である。
同級生が写仏画に興味を持った経緯などは9月28日付のブログに書いた。それを一部、整理して再掲する。
――彼は近所に住む。有限会社を営む大工さんである。職業柄、寺を巡り、仏像を見る機会が多かった。
若いころ、自分の生き方に悩んで仏教に傾倒した。やがて、何世紀も生き伸びる仏像に魅かれて写仏に取り組むようになった。
結婚すると趣味の写仏画を封印して仕事に励んだ。時は過ぎ、いつの間にか後期高齢者になった。
2年ほど前、脊椎を傷めて会社を休眠させた。一線から退くと時間が余った。若いときの趣味だった仏画への情熱がよみがえり、写仏を再開した――。
モノを作るウデの確かさは、二度ほど仕事を頼んだのでわかっている。その手の、指の精緻な技が仏画にも発揮されていた。
写仏した絵絹に彩色する。筆遣いの鮮やかさとこまやかさに舌を巻いた。それを見るだけで、なにか心が洗われるような思いになった。
会場の展示構成と照明には思わずうなった。会場の通常の明かりではなく、フロアに並べた箱型の照明器具から壁面に光を当て、軸装された仏画を浮かび上がらせるようにした。この間接照明が幽玄な雰囲気を醸し出している。
実は、個展会場の作品と照明器具などを詳細に描き込んだ配置図(というより建築設計図といった方がいいか)を事前に見せられていた。
展覧会場を下見して配置を考え、間接照明を当てる場所を決めて箱型の照明器具を手づくりした。大工職としてのセンスとこだわりである。
仕事と仏画を介して知り合った「仲間」も協力した。照明には「遠野和紙」を使った明かり(ぼんぼり型やあんどん型)なども配置された。
地域おこし協力隊員として遠野和紙の紙すき技術を継承し、「キガミヤ」を起業した高嶋翔太さんは書家でもある。種田山頭火の作品を短冊に書いて展示し、花を添えた。
「うつりきてお彼岸の花さかり」。これはヒガンバナのことだろう。「こんなにさみしい風ふく」「山の仏には山の花」「晴れきった空はふるさと」……。
山頭火らしい自由律の俳句作品が並ぶ。どこか故郷の阿武隈の情景が思い浮かぶような句ではあった。
会場入り口で彼が愛蔵する3人の地元画家の作品が迎える。若松光一郎さん、いやここでは先生と呼ぼう。学校(高専)のときの美術の先生だった。
私が知っている先生の作品は抽象画だが、同級生が所蔵しているのは具象画だ。花瓶に入った白いユリの花が描かれている。抽象画以前の作品に違いない。制作年は古いはずなのに、なぜか新鮮に思えた。
これまでいろんな個展を見てきた。光と影の演出にこだわった展覧会も見た。が、これほど幽玄さを感じさせる空間はなかった。なかなかのものである。