今年(2026年)の干支(えと)は午(うま)。動物でいうと馬=写真=が主役だ。
いわき市消防本部と同居する平消防署には、国道399号沿いに干支をあしらった看板が掲げられる。
ところが、今年はまだない(1月末現在)。なぜないのか。市役所などへ行った帰り、同署前の交差点で信号待ちをする。そのたびに掲示板を見て不思議に思う。何か理由があるのだろうか。
思い浮かぶのは「アカウマ」。知る人ぞ知る「放火」の隠語だ。例年、干支の動物をあしらったイラストがかかるのだが、まさか「赤い馬」は描けない。火を消すのが仕事なのに、たきつけることになってしまう。
ま、そんなことが理由のはずはないが、何とも気になって仕方がない。それがきっかけで馬が頭の中を走り回っている。
高専の学生だった10代後半、同級生とセットで馬のあだ名をつけられた。
学校ができて3年目。1、2年生は学生服に坊主頭(長髪は3年生から)だが、運動着は自由だった。
似た体格の同級生がいた。彼の運動着は青色、私のは赤色。彼とは、部活(陸上競技部)が一緒だった。
体育の授業でも、部活でも運動場を一緒に走る。色の対比がはっきりしていたのだろう。級友から「青馬」「赤馬」と言われた。そのころは未熟な少年だから、「アカウマ」が放火の隠語だとは知らなかった。
文学にも引かれて本を乱読した。ヒロシマの原爆を体験した原民喜の「夏の花」に被爆して死んだ馬が出てくる。
「苦悶の一瞬足掻いて硬直したらしい肢体は一種の妖しいリズムを含んでいる。(略)さっと転覆して焼けてしまったらしい電車や、巨大な胴を投出して転倒している馬を見ると、どうも、超現実派の画の世界ではないかと思えるのである」
小2になったばかりの4月のある夜、町が大火事になった。巨大な胴を投げ出した馬はいなかったが、家畜小屋のあったあたりには、超現実的な家畜の焼死体が転がっていた。わが家のあったところからは、とろけて曲がった十円玉が出てきた。
15年前の大津波のあと、通行が解禁されて見た風景もまた超現実的だった。
干支の馬の話に戻る。今年届いた年賀状に「馬」の字が入ったことわざを記したものがあった。
「馬の耳に念仏」「馬耳東風」。こちらも思いつくままに文字をメモしてみた。「馬齢」に「馬脚」、あるいは「下馬評」。
戯文も二つほど。「天高く馬が肥える秋、人馬一体で牛飲馬食をすれば、人は馬面になり、馬は駄馬になる」「泣いて馬謖(ばしょく)を切るか、生き馬の目を抜くか、竹馬の友ならわかるだろう」
年明け早々、どこかの大学で飼われている馬が厩舎を抜け出し、通りを闊歩して厩舎に戻ったというニュースには馬鹿笑いをした。
そして、立春の日。仙台に住む級友から電話がかかってきた。陸上競技部の後輩の死を告げるものだった。級友だけでなく、3歳下の後輩とは馬が合った。駆け抜け方が早すぎるぞ、おいS君。