新聞の読書欄か書籍広告かは忘れたが、父親の死をきっかけに、自分の内面の変化をつづった哲学者のエッセー本が紹介されていた。
岩内章太郎『星になっても』(講談社、2025年)=写真=で。図書館にあったので借りて読んだ。
本のなかに、著者が初めて死について考えた子どものときのことが出てくる。「死んだらどうなる」という見出しが付いていた。
「小学校の高学年の頃、人はどうして死んでしまうのか、人は死んだらどうなるのかがどうしても気になってしまい、手当たり次第、先生や両親や友達に訊いてみたことがある」
ああ、おんなじだ――。小学校の高学年(確か5年生)のときだった。暗闇の寝床で少年週刊誌の死の特集を思い出して、急に死が怖くて眠れなくなった。
昭和34(1959)年春に『週刊少年マガジン』と「週刊少年サンデー」が前後して創刊される。
あるとき、死んで埋められた人間が生き返ることがある、といった特集が載っていた(どちらの雑誌だったかは忘れた)。
死んで埋められたら(そのころはまだ土葬が一般的だった)、生き返ってもそれを伝える方法がない。
木棺と地上をつなぐパイプがないと空気が吸えないし、地上への連絡もできない――11歳なりに思い悩んだ。
そんな折、祖母の住む山の家に泊まった。電気が来ていないので、夜はランプの下で食事をし、行燈(あんどん)の明かりを頼りに寝床に入った。それを消して真っ暗闇になったとき、突然、少年雑誌の特集を思い出した。
人は死ねば土の中に閉じ込められる。生き返ってもひとりそこに取り残される。地上の人間は誰もよみがえりに気づかない。死とは永遠の孤独。孤独には耐えられないと思った。
『星になっても』の著者は引用した文章のあとにこうつづる。「自分が死ぬのも怖ろしかったが、両親が死んでしまうのはもっと恐ろしかった」
親が死んだら自分の面倒を誰がみてくれるのだろう。そんな現実の心配も根っこにはあったにちがいない。
私もそれとなく周りの人間に聞いて回った。最後は3歳上の兄に尋ねて、やっと気持ちが落ち着いた。「みんないつかは死ぬんだ」。これが兄の答えだった。
それから大人になり、結婚して子どもが生まれ、時が過ぎてまた夫婦2人だけになった。
両親はだいぶ前に彼岸へ渡った。きょうだいも、友人や知人も、ひとりまたひとりと、向こうへ渡り始めた。これからさらに彼岸行きが増えることはわかりきっている。いつ見送られてもおかしくはない。
生きている人間は誰も死を経験したことがない。その意味では未知の世界だが、死はすでに11歳の時のような孤独の代名詞ではなくなった。
死んだら灰と骨になる。それが現実だとしても、死は生の終着点にすぎない。「死んだら死んだで生きていくのだ」。草野心平流の考えも頭の中をめぐるようになった。