首都圏で働いていた「孫」がUターンし、双葉郡内に再就職した。実家ではなく、わが家から車で5分ほどのアパートに住む。山梨県出身のパートナーも一緒だ。
7月25日に婚姻届を出すというので、父親とともに証人になった。「孫」の両親が婚姻届を出したときにも証人になっている。
父親から証人になってもらえ、といわれたそうだ。両親とは家族同然の付き合いをしてきた。そのなかで「孫」が生まれ、「孫」の妹が生まれた。
婚姻届を出す日に、パートナーと一緒にやって来た。2人のなれそめは両親から聞いている。書類に署名・押印したあとは、しばらく雑談をした。
2人とも本好きである。その点では、私ら夫婦―両親―本人たちと、世代が2回り違っていても、話題には事欠かない。
私たちは「孫」たちのいう若い作家の名前に「ほー」となり、「孫」たちは老いた作家の名前に「へー」という表情をした。
推理小説を好むパートナーが江戸川乱歩の名前を口にしたときには、シャーロック・ホームズは読んだ、エルキュール・ポワロはテレビドラマで見た、あの女警部ヴェラのドラマも……と盛り上がった。
カミサンは自宅で地域図書館(かべや文庫)を運営している。移動図書館が月に1回巡って来て、貸し出す図書を取り替える。
その中から俵万智の『牧水の恋』を引っ張り出してきて、『孫』に読むことを勧めた。前日の朝、藤間(平)の直売所から買って来たミニトマトその他を持たせることにして、テーブルに添えた。そばには婚姻届がある=写真。
その組み合わせに脳内のセンサーが反応した。「きょうはトマト記念日だな」。いうまでもない、俵万智の有名な短歌に触発されてのことだ。
「『この味がいいね』と君が言ったから六月七日はサラダ記念日」。それをもじって、2人が帰ったあと、胸の中でつぶやいてみる。「入籍の日に『食べな』とあげたから七月二十五日はトマト記念日」
この日に入籍することを決めたのは、2人の間にトマトとは違う何か記念になる出来事があったかららしい。
ひそかな記念日には違いない。が、私にはそのおまけとして「トマト記念日」もいいのではないか、「孫」の婚姻届を記憶するにはぴったりだと思った。
「孫」の両親の婚姻届、そして『孫』自身の婚姻届と、親子2代にわたって証人になることができたのは――生きていたからこそ、でもある。
後期高齢者になったとはいえ、ときに50代と意気投合し、20代と「今」を話し合うこともできる。
生きていればこそ、こうした「栄誉」にも浴することができる。そのことを「孫」に教えられた。