2026年6月8日月曜日

ユウゲショウ

                                           
   ユウゲショウ。漢字では「夕化粧」と書く。帰化植物である。この花を最初に見たのは7年前。わが家の前の道路の縁に咲いていた。それを取り上げたブログ(2019年8月13日付)がある。一部を抜粋して再掲する。

――月曜日の早朝6時前、ごみネットを出すと、車道の縁石の隅にピンクの小さな花(直径1センチ強)が咲いていた。初めて見る花だ。歩道側、アスファルトの切れ目にも同じ花が咲いている。

車道側の縁石には砂が少し溜まっているだけだ。植物にとっては苛酷な環境だ。大きく育つ草は、とてもじゃないが根を張れない。水分だって十分取れない。そんなところに、丈の低く小さな草が根づいた。

「夏 赤い花」で検索すると、それらしい花の写真に出合った。「ユーゲショウ」という名が付いていた。

国立環境研究所の「侵入生物データベース」などによると、北米南部~南米原産で、明治時代に移入した。市街地・路傍・堤防などに生息し、昼から夜にかけて開花する。

データベースの地図は、関東以西が赤く染まっている。東北は無印だが、いわきではすでに生息している。

「侵入マップ」が北へと赤くなりつつある? 「かわいい花だね」と、喜んでばかりはいられない――。

 この花が夏井川渓谷の隠居の庭にも咲いていた=写真上1。5月下旬に気づいた。隠居には30年以上通っているが、ユウゲショウが庭に現れたのは初めてだ。いわき市内でも生息範囲を広げているのだろう。

 では、平地のわが家の周辺はどうか。前に咲いていたごみ集積所では、カミサンがときどき草をむしる。

それでユウゲショウは消えた(そう思っていたが、およそ10日後にチェックすると、ちゃんと花が咲いていた)。

南隣の故義弟の家までの砂利道はどうか。思い立って見たら、車のわだちの間の草地に、しおれたような、これから開花するような、なんともわからない形の花があった=写真上2。

ちゃんと4弁の花を咲かせているものもある。翌朝また見たが、しおれか、つぼみかは判断できなかった。

 ではと、次の日も観察し、それでもわからないので翌日また観察した。それでやっと、しおれらしいことがわかった。

 ついでに近所の道端や花壇なども見て回る。毎朝通っている接骨院では、花壇にこの花が群れ咲いていた。

環境研究所の地図は7年前と同じままだ。本州中部~西日本が赤く、琉球列島と東北・北海道は白い。

東北の南端であるいわき市ではすでに侵入し、平地から山地へと分布範囲を拡大中だ。私の頭の中では、いわきの地図はもう赤く染まっている。

2026年6月6日土曜日

点検商法

                              
   近所に住む知り合いから電話がかかってきた。分電盤がどうの、クーリングオフがどうの、という。

話が見えない。が、「点検商法」にひっかかったのではないか。どうもそんな感じがする。書類と資料を持ってすぐ来るように伝える。

 図星だった。分電盤の交換を主にした工事契約書の写しをみると、金額が17万円余となっている。この数字だけで「やられた」と思った。

 知り合いは高齢で、独り暮らしだ。「分電盤の点検に来た」というので、信じて家の中に入れたら、「分電盤を交換しないといけない」と言われた。で、そのまま工事の契約書にサインをしたという。

が、日を追って釈然としない気持ちが募った。クーリングオフのための書類を見ても、字が小さくてさっぱりわからない。とうとう頭が混乱してわが家に電話をかけてきた、というわけだ。

とにかく、すぐにクーリングオフの手続きを取る必要がある。まずは、知り合いに代わってカミサンがいわき市の消費生活センターに電話を入れ、状況を説明する。

すると、いわき市内では分電盤の点検商法が急増していることがわかった。やっぱり。まちがいない。知り合いもこの点検商法に引っかかったのだ。

はがきでのクーリングオフの仕方を教わった。すぐはがきに解約の文章を書かせ、郵便局に連れて行って、窓口で簡易書留の手続きを取った。

はがきの表と裏はコピーし、簡易書留の領収書とともに、家に保管しておくようにアドバイスする。

 電話から1時間余りでいちおう解約の手続きは完了した。が、完全に終わったわけではない。契約書を盾に業者が四の五の言ってくるかもしれない。そのときはもう110番通報である。

 2年前、わが家で何度か漏電ブレーカーが落ちた。電力会社に電話してアドバイスを受け、電気工事協同組合に加盟している近場の業者に連絡して、分電盤をチェックしてもらった=写真。

特に問題はないが、漏電ブレーカーはだいぶ古くなっている。それに、アンペアブレーカーも、設置した当時よりは、電子レンジやパソコン、プリンターなどの機器が増えて容量がぎりぎりになっているようだという。

本格的な工事にはかなりカネがかかる。ということで、わが家では漏電ブレーカーを交換するだけにとどめた。そんな経験もあるので、17万円の話はヒトゴトではなかった。

市によると、①分電盤については4年に1回の法定点検が電力会社に義務付けられている②法定点検の場合は必ず事前に書面で通知の上、調査員証を携帯した調査員が来る③点検後にその場で何らかの契約を勧誘することはない――ということだ。

「市内で急増‼分電盤の点検商法にご注意‼」。市は今年(2026年)4月1日付で注意喚起の広報を出した。

知り合いにも市内の現状を説明し、簡単に見知らぬ人間を家に入れないよう、念を押した。

2026年6月5日金曜日

骨休め

              
   南東北のいわき市が台風6号の暴風雨圏に入ったのは6月3日の昼前。台風の中心から外れていたとはいえ、横殴りの雨と風が夜まで続いた。

台風が太平洋上へ去った翌4日も、日中はぐずついた天気が続いた。冷たい北東風(やませ)が吹き荒れた。

こんなときには家でじっとしているしかない。「骨休め」である。とりわけ3日は朝のうちに用事をすませて、茶の間で静かにして過ごした。

用事のひとつが、カミサンの知人の家に行って、玄関前に出ている小さな木製家具を回収することだった。

ダンシャリで小物入れとスリッパボックスが出た=写真。3日に朝一番で引き取りに行くことにしていた。

 知人は他県に引っ越したので空き家だが、子どもさんがときどき来る。先日、それに合わせて、やはり不要になったものを引き取った。

 小さな家具は。台風が来なければ日中でもいいのだが、雨風が強まれば濡れたり、倒れたりしかねない。

 いつものように、朝4時に起きると外はうっすら明るい。庭に出たら、かすかに雨が降っている。新聞のラップは濡れていない。降り始めたばかりのようだった。

風もなかった。そのうち、カミサンが起きてきたので、今のうちに行くか――となって、車で10分ほどの知人宅へ出かけ、小さな家具を積んでとんぼ返りをした。

 腰痛を発症して3週間余り。マッサージに通っている接骨院は児童・生徒やサラリーマンのために、登校・出社時間を考慮して早朝から対応してくれる。その時間に合わせて、高齢者も何人か治療してもらう。私ら夫婦もそうだ。

 家具は雨がやむまで車に積んだままにしておき、接骨院へ行く時間を待っていたら、突然、スマホが鳴り出した。

 早朝6時。「高齢者等避難」を呼びかける防災メールだった。これから雨風がひどくなるのだろう。

 避難所は? 田んぼと地続きの小学校や公民館ではない。高台の中学校だ。区内会の役員をしているので、高齢者だからといって避難するわけにはいかない。6人いる役員全員がそうだ。

 いざとなったら「垂直避難」をすると決めて、夫婦で接骨院へ行き、戻って朝食をとったあとは、テレビで台風情報を更新しながら、ブログの原稿を打って過ごした。

 カミサンは、治療には私より時間がかかる。雨なので車で迎えに行くつもりでいたが、風もないし、傘があるからと、歩いて戻った。

私は戻ると、家の前のごみ集積所に「容プラ」(容器包装プラスチック)を出し、糠床をかき回して、大根・ニンジン・キュウリを刻んで食卓に出した。予定の「家事」はこれですべて終わりだ。朝活である。

「風と坊さんは午前10時から」というたとえがある。この日の風もそうだった。

3日は、学校が臨時休校になった。鉄道も運休した。午後には雨風が強まったが、通りの歩道は冠水するほどではなかった。

カミサンも週一の宅配に応じただけで、珍しく来客はなかった。しっかり骨休め、つまりは昼寝ができた、といっていた。

2026年6月4日木曜日

四倉にもクマ

                           
   6月3日のいわき地方は、台風6号の影響で早朝から雨に見舞われた。朝のうちは、風はなかった。四倉もそうだったろう。

このなかで朝7時半から10時20分までの間に、四倉の志津~太夫坂~五丁目地内の3カ所で、続けざまに「クマと思われる動物」が目撃された。

志津も太夫坂も市街地に近い。五丁目はそれこそ市街そのものだ。3地区は近接していて、近くには四倉高校や道の駅よつくら港がある。

つまり、平地で海にも近い。そんな人間の暮らしが濃厚なところで目撃情報が相次いだ。

四倉では、台風どころではなかったろう。「今度は四倉でクマ⁉」。だれもがそう思ったに違いない。

というのは、5月24日に市南部の山田町でクマが目撃されたばかりだからだ。目撃者が撮った画像から、こちらはすぐツキノワグマと断定された。

四倉と同様、山田町も平地にある。山田は都市郊外型の農村兼ベッドタウンだ。鮫川流域の下流部にあり、河口域に広がる市街の植田町に隣接する

 山があるとしても、阿武隈山系が平地へと沈む先端部で、野生のツキノワグマが生息するような環境ではない。

 そこにクマが現われたのを、散歩中の女性が目撃した。5月24日午後3時20分ごろだったという。

女性はこれを撮影し、110番通報をした。いわき民報は同日夜、いわき南署から提供された画像をホームページとX(旧ツイッター)で速報した。すると、瞬く間に情報が駆け巡ったという=写真(5月26日付同紙)。

裏付けのある情報は強い。いわきにクマが現われたとはっきり言えるのは、川前町下桶売地内の県道小野富岡線で去年(2025年)7月31日、ツキノワグマが目撃されて以来、2件目だ。

そこへ今度は四倉の「クマと思われる動物」の、しかも複数の目撃情報だ。なにか体の大きい生き物がうろついていたことは間違いない。

それでわが隠居のある夏井川渓谷にも、クマが現われる可能性があることを、あらためて痛感した。

去年目撃された川前の下桶売から渓谷の牛小川までは山続きだが、直線距離ではわずか15キロしか離れていない。

去年秋、後輩が隠居の上と下の庭の草刈りをしてくれた。生い茂った草がきれいになくなった。草刈り中にクマが現われないかと、気が気でなかったという。

牛小川の住民もまた、クマの出没を意識して暮らさないといけなくなった。私有地の立木を伐採したり、茂った草を刈ったりするのはクマ対策でもあるという。

と、ここまで書いてきて晩酌を始め、終わってまたネットをチェックしたら、なんと「四倉のクマ」情報は8件になっていた。

いわき中央署はドライブレコーダーからクマと断定した。台風で臨時休校になった四倉小では、職員が校庭を走る姿を目撃している。

四倉小・中と四倉高校などは、3日に続いて4日も臨時休校になる。台風の次はクマか。なんてことだ。

2026年6月3日水曜日

ネギ苗を定植

                                
 もう6月。1年の半分、上半期の最後の月である。5月後半から、ネギ苗を定植する日を探ってきた。

 夏井川渓谷にある隠居の菜園で昔野菜の「三春ネギ」を栽培している。早ければ5月末、遅くとも6月前半には苗を定植する。

 隠居へ行くのは日曜日。定植のために平日に出かける手もあるが、キュウリの収穫以外では実行したことがない。

 5月10日では早すぎる。17日も同様で、菜園の草むしりだけにとどめた。あとは24日と31日だ。平地の塩(平)のネギ畑を参考にしよう。毎年、そうしているのだから――。

 先の金曜日(5月29日)夕方、図書館から本を借りた帰り、夏井川左岸の堤防を利用した。

ネギ栽培の参考にしているネギ畑を見ると、広い畑に何列もの溝ができて、ネギ苗が植えられていた。人が3人もいるところを見ると、この日に定植作業をしたのだろう。それで腹を決める。5月31日の日曜日は三春ネギの苗を定植しよう。

定植のためには前年の秋から準備をする。三春ネギはいわきの平地のネギと違って「秋まき」だ。まずは10月10日を目安に種をまく。

苗床は畳4分の1くらいのスペースで十分。水をたっぷりやって土をならし、薄い板を使って深さ3~5ミリの溝をつくり、黒い種を筋まきにする。まいたら溝の両側から土をかぶせて、種が雨で露出しないようにする。

次の日曜日には、種のすぐ上の土が筋状に割れてくる。その割れ目から発芽しつつある緑色のネギ苗がのぞくようになる。

寒くなるともみ殻を敷いてやり、追肥を何度かすれば、春にはぐんぐん丈が伸び出す。今年(2026年)は生長が順調だった。

去年は手を抜きすぎて苗の養生に失敗した。育ちが悪く、定植してもすぐ苗がとろけた。結局、去年は三春ネギを食べずに終わった。

 ネギは越冬し、春を迎えてからネギ坊主をつくる。その中に種が眠っている。今年はネギ本体がないので、ネギ坊主も、種もない。

 ネギの種は、冷蔵庫に入れておけば2年は持つ。その種が少し残っている。今年は秋にその種をまいて苗を育てるしかない。そうやってネギ坊主をまたつくる。そこまでやらないと種は途切れてしまう。

 ネギ苗は、育ちのいいのは大人の小指くらいまで太くなっている。むろん、鉛筆くらいのもの、それより細い未熟なものも多い。

 スコップで溝を切り、浅めに太い苗を並べて軽く覆土する=写真。隠居の庭は浅いところまで地下水が上がることもあって、梅雨に雨が多いと根腐れを起こす。それを防ぐために、浅く植えて土を高く盛るようにしている。

定植苗より細い苗は苗床をならして仮植えし、芽ネギとして夏場に収穫する。自家消費だから細くても捨てる必要はない。

 ということで、わが隠居での定植作業は、早朝の2時間ほどで終了した。日中にずれこむと、それこそ熱中症になりかねない。

5月最後の日にネギ仕事が済んで、せいせいした気持ちで6月を迎えることができた。

2026年6月2日火曜日

健康ゆすり

                               
   年金生活者なので、ノートパソコンを開いてキーボードをたたく「在宅ワーク」がすっかり常態化した。震災と原発事故のあとは散歩も控えるようになった。

震災前は朝晩、夏井川の堤防をグルッと回って戻る散歩を日課にしていた。けっこうな歩数になった。

ところが、未曾有の災厄に不整脈が亢進し、薬を飲むようになった。5千歩、1万歩といった散歩にストップがかかった。

歩かないと足は衰える。かかりつけ医や薬剤師の話を参考に、1日1500歩は歩くように心がけている。近所のコンビニまで毎日2回行くと、このくらいの歩数になる。

歩行を意識しているからか、足の関節がどうの、脚力維持がどうの、といったテレビコマーシャルや新聞広告、チラシにはやはり目がいく=写真。

50代以上をターゲットにした広告らしいが、私には最も数が多い「団塊の世代」(1947~49年生まれ)を狙い撃ちにした広告としか思えない。

そんな機能性表示食品に頼るよりも、とにかく歩くことだと自分に言い聞かせる。修行のような散歩ではない。簡単な用は歩いてすませる。そんなウオーキングでいい。

それにぴったりなのが、総合図書館が入居しているいわき駅前の再開発ビル「ラトブ」だ。

4~5階に図書館が入居している。館内を歩いて本を探す。帰りはエスカレーターを利用して1階まで下り、さらに地下2階の駐車場まで階段を利用する。この「ラトブ散歩」は1回で目安に近い歩数になる。

頭ではいつも「フレイルの悪循環」が点滅している。わかってはいるのだが、日中はどうしても「だるま」になってしまう。

 長時間あぐらをかいてキーボードをたたいていると、足の血行が滞るのか、しびれるような、重いような感じになる。そんなときには自然と「貧乏ゆすり」が出る。

災害が起きたとき、避難所で何もせずにいると、エコノミークラス症候群になる。その前症状のようなものだろう。

足のしびれ・重さを解消するために、自然と足をゆすっている。おそらく生理的に「貧乏ゆすり」が出るのだ。

車を運転しているときもそうだ。左足は「足置き台」に固定したままなので、時間がたつと重く感じることがある。すると、いつの間にか左足を揺すっている。

「貧乏ゆすり」はむしろ血行促進には必要なのではないか。あれこれ検索すると、「貧乏ゆすり」という言葉がよくない、「健康ゆすり」というべきだ、という専門家の意見に出合った。

大賛成だ。体が自然と「貧乏ゆすり」をするようになって、なぜだろう、「貧乏ゆすり」は否定するものではないな、そう思い始めていたので、「健康ゆすり」と呼ぼうという意見には大いに納得した。

医学的には「ジグリング」というそうだ。いすに座ってやるのが基本のようだが、あぐらをかいたまま足を揺すっても効果があるのではないか。軽い散歩と健康ゆすり。これならなんとか続けられる。

2026年6月1日月曜日

景観を楽しんで

                
  夏井川渓谷は、春はアカヤシオ(岩ツツジ)の花、秋は紅葉の名所として知られる。自然景観の美しいところである。

県道小野四倉線とJR磐越東線が渓流に沿って伸びる。春は乗客が対岸の森に展開するピンクの点描画を車窓から堪能できるようにと、列車が減速運転をする。

ビューポイントは渓谷の中間にある牛小川。10軒ほどの小集落で、家は県道と線路を境に山側に集中し、谷側にはわが隠居を含めて飛び飛びに3軒があるだけだ。

東北電力の水力発電所が対岸にある。かつては県道沿いに社宅があった。今は更地になっており、震災前は行楽で訪れたマイカーであふれかえった。

牛小川の集落でも高齢化が進む。集落から子どもの声が消えて久しい。「ここは限界集落だよ」。そんな自嘲の声も聞かれる。

が、住民は元気だ。牛小川の「財産」である自然景観を守るために、ビューポイントの環境づくりに力を入れている。

震災前、集落の東端にある県道沿いの空き家を所有者が解体し、更地にした。谷側の杉林も伐採した。

更地は「錦展望台」と名づけられ、行楽客に開放された。所有者が亡くなったあとは、地元に住む親戚が展望台を管理している。

この錦展望台の上流側に電力の土地が隣接している。そこを錦展望台から下りていけるビューポイントとして開放してほしい――

かつて発電所で働く住民もいて、地元とのつながりは深い。地元の要望に会社がこたえた。

一帯は「夏井川渓谷県立自然公園」に入っている。県の指導に沿って木々を伐採するまでに半年ほどかかったという。

展望スペースの拡大をはたらきかけた知人らは、電力の土地につながる私有地の草刈りをし、展望台から歩いて行けるスペースを確保した。

そして今度は、県道と線路の間にある私有地の雑木の伐採である=写真。

造園業を営む住民がレッカー車を出した。別の1人が木の根元を切り、もう1人が木の切断に加わって、あっという間に作業が終了した。

横に長い私有地にはすでにきれいな花を咲かせる木が何本か植えられている。ソメイヨシノではない。

自然景観だけでなく人間の住むエリアでも美しい花の景観を楽しんでほしいということだろう。それに、倒木や枝折れの予防にもなる。郷土愛の発露にはちがいない。

 わが隠居の庭にもシダレザクラが2本ある。アカヤシオに少し遅れて花が満開になる。

アカヤシオの花には間に合わなかったが、シダレザクラに出合えたといって喜んで帰る行楽客もいる。

わが隠居のシダレザクラは、「きれいだね」そう言ってくれる人がいるかぎり、懸命に花を咲かせる。そうに違いない――なんて、大木になったシダレザクラを家族のように思ってしまう。