終わってやっと始まる盆休み――。いわき市では月遅れ盆の「精霊(しょうりょう)送り」が区内会単位で8月16日朝に行われる。
わが行政区では区の役員が前日に祭壇(集積所)を設け、当日早朝6時から8時過ぎまで、当番制で各家庭からの供え物を引き受ける。
9時前には供え物を回収するために市の収集車がやって来る。これがあるので、お盆がきてもどこかへ泊りがけで出かけるようなことはなくなった。
祭壇を設けるのは区内の県営住宅集会所の前庭と決めている。そのため、14日には集会所前の路上に「駐車自粛」の立て看を置く。
15日は夕方5時、前庭をきれいにして供え物を受け取る祭壇をつくり、表面に竹を2本立てて縄を張り、間に杉の葉とホオズキを差す。
前は四方に竹を立て、縄も張り巡らしたが、役員の年齢と体力を考えて江戸時代の「結界」を示す文献を参考に、前面だけにした。
結界用の竹は故義伯父の家の庭にある細竹を利用する。4本だと切ってそろえるだけで息が上がる。年々、運ぶのがきつくなった。2本に省略したのもこのためだ。
そして、当日。早朝6時前には集会所へ出かけ、お布施の箱や焼香台などをそろえる。今回は幾分早めの5時半ごろ出かけたが、すでに供え物を置いていった人がいる。
今年(2026年)のお盆は、これだけではなかった。スペインの旧知の青年がカップルでやって来た。
向こうへ渡って画家活動を続けた親友と交流があり、その縁でわが家(実際は故義伯父の家)にホームステイをするようになった。今度で3回目である。
スペインを引き揚げてきた画家といわき駅で合流し、3人を乗せて帰宅したあと、故義伯父の家で歓迎の小宴を開いた。
前日の盆の入りにはカミサンの実家へ行って仏壇に焼香した。家に戻ると、今春、東京の大学に入った孫が親と一緒にやって来た。翌日はスペイン青年との小宴に合流した。
それとは別に、8月には膨大な量の「文字読み」が入る。お盆には、その時間はない。が、今年は量が多い。お盆中も時間をつくって読むようにした。
お盆の締めくくりは前述の「精霊送り」である。休みと仕事の区別がつかない身だから、いつもの日常が戻ってきただけ。とはいえ、お盆には毎日何かがあったために、いつもの年よりは開放感も大きかった。
いわき市の行政嘱託員としては、8月15日の回覧配布がある。前は10日おきに月3回だったのが、1日と15日の月2回に替わった。回数は減っても回覧する種類・量は変わらない。
盆の終わりの15日も配る資料があった。しかし、お盆には配れない。17日にずらした。18日朝にはスペインの青年のホームステイが終わった。
20日には平鎌田で夏井川流灯花火大会が開かれた。わが家の2階からも花火の先っちょが見えた。夕方には雷雨が来るかと思ったが、雷様(らいさま)の汗のような雨で終わった。この花火とともに平の夏は終わり、秋が始まる。
終わってやっと始まる盆休み――。いわき市では月遅れ盆の「精霊(しょうりょう)送り」が区内会単位で8月16日朝に行われる。
わが行政区では区の役員が前日に祭壇(集積所)を設け、当日早朝6時から8時過ぎまで、当番制で各家庭からの供え物を引き受ける。
9時前には供え物を回収するために市の収集車がやって来る。これがあるので、お盆がきてもどこかへ泊りがけで出かけるようなことはなくなった。
祭壇を設けるのは区内の県営住宅集会所の前庭と決めている。そのため、14日には集会所前の路上に「駐車自粛」の立て看を置く。
15日は夕方5時、前庭をきれいにして供え物を受け取る祭壇をつくり、表面に竹を2本立てて縄を張り、間に杉の葉とホオズキを差す。
前は四方に竹を立て、縄も張り巡らしたが、役員の年齢と体力を考えて江戸時代の「結界」を示す文献を参考に、前面だけにした。
結界用の竹は故義伯父の家の庭にある細竹を利用する。4本だと切ってそろえるだけで息が上がる。年々、運ぶのがきつくなった。2本に省略したのもこのためだ。
そして、当日。早朝6時前には集会所へ出かけ、お布施の箱や焼香台などをそろえる。今回は幾分早めの5時半ごろ出かけたが、すでに供え物を置いていった人がいる。
今年(2026年)のお盆は、これだけではなかった。スペインの旧知の青年がカップルでやって来た。
向こうへ渡って画家活動を続けた親友と交流があり、その縁でわが家(実際は故義伯父の家)にホームステイをするようになった。今度で3回目である。
スペインを引き揚げてきた画家といわき駅で合流し、3人を乗せて帰宅したあと、故義伯父の家で歓迎の小宴を開いた。
前日の盆の入りにはカミサンの実家へ行って仏壇に焼香した。家に戻ると、今春、東京の大学に入った孫が親と一緒にやって来た。翌日はスペイン青年との小宴に合流した。
それとは別に、8月には膨大な量の「文字読み」が入る。お盆には、その時間はない。が、今年は量が多い。お盆中も時間をつくって読むようにした。
お盆の締めくくりは前述の「精霊送り」である。休みと仕事の区別がつかない身だから、いつもの日常が戻ってきただけ。とはいえ、お盆には毎日何かがあったために、いつもの年よりは開放感も大きかった。
いわき市の行政嘱託員としては、8月15日の回覧配布がある。前は10日おきに月3回だったのが、1日と15日の月2回に替わった。回数は減っても回覧する種類・量は変わらない。
盆の終わりの15日も配る資料があった。しかし、お盆には配れない。17日にずらした。18日朝にはスペインの青年のホームステイが終わった。
20日には平鎌田で夏井川流灯花火大会が開かれた。わが家の2階からも花火の先っちょが見えた。夕方には雷雨が来るかと思ったが、雷様(らいさま)の汗のような雨で終わった。この花火とともに平の夏は終わり、秋が始まる。
終わってやっと始まる盆休み――。いわき市では月遅れ盆の「精霊(しょうりょう)送り」が区内会単位で8月16日朝に行われる。
わが行政区では区の役員が前日に祭壇(集積所)を設け、当日早朝6時から8時過ぎまで、当番制で各家庭からの供え物を引き受ける。
9時前には供え物を回収するために市の収集車がやって来る。これがあるので、お盆がきてもどこかへ泊りがけで出かけるようなことはなくなった。
祭壇を設けるのは区内の県営住宅集会所の前庭と決めている。そのため、14日には集会所前の路上に「駐車自粛」の立て看を置く。
15日は夕方5時、前庭をきれいにして供え物を受け取る祭壇をつくり、表面に竹を2本立てて縄を張り、間に杉の葉とホオズキを差す。
前は四方に竹を立て、縄も張り巡らしたが、役員の年齢と体力を考えて江戸時代の「結界」を示す文献を参考に、前面だけにした。
結界用の竹は故義伯父の家の庭にある細竹を利用する。4本だと切ってそろえるだけで息が上がる。年々、運ぶのがきつくなった。2本に省略したのもこのためだ。
そして、当日。早朝6時前には集会所へ出かけ、お布施の箱や焼香台などをそろえる。今回は幾分早めの5時半ごろ出かけたが、すでに供え物を置いていった人がいる=写真。
今年(2026年)のお盆は、これだけではなかった。スペインの旧知の青年がカップルでやって来た。
向こうへ渡って画家活動を続けた親友と交流があり、その縁でわが家(実際は故義伯父の家)にホームステイをするようになった。今度で3回目である。
スペインを引き揚げてきた画家といわき駅で合流し、3人を乗せて帰宅したあと、故義伯父の家で歓迎の小宴を開いた。
前日の盆の入りにはカミサンの実家へ行って仏壇に焼香した。家に戻ると、今春、東京の大学に入った孫が親と一緒にやって来た。翌日はスペイン青年との小宴に合流した。
それとは別に、8月には膨大な量の「文字読み」が入る。お盆には、その時間はない。が、今年は量が多い。お盆中も時間をつくって読むようにした。
お盆の締めくくりは前述の「精霊送り」である。休みと仕事の区別がつかない身だから、いつもの日常が戻ってきただけ。とはいえ、お盆には毎日何かがあったために、いつもの年よりは開放感も大きかった。
いわき市の行政嘱託員としては、8月15日の回覧配布がある。前は10日おきに月3回だったのが、1日と15日の月2回に替わった。回数は減っても回覧する種類・量は変わらない。
盆の終わりの15日も配る資料があった。しかし、お盆には配れない。17日にずらした。18日朝にはスペインの青年のホームステイが終わった。
20日には平鎌田で夏井川流灯花火大会が開かれた。わが家の2階からも花火の先っちょが見えた。夕方には雷雨が来るかと思ったが、雷様(らいさま)の汗のような雨で終わった。この花火とともに平の夏は終わり、秋が始まる。