2026年2月6日金曜日

今年も「エア豆まき」

                                 
   2月3日は節分、翌4日は立春。その前、2日は満月だった。

立春はもちろん、待ちに待った節気の一つである。いわき地方は1月末の極寒を経て、寒暖を繰り返しながら春に向かう。

その区切りの行事が3日の節分、豆まきだ。今年(2026年)も福升(ふくます)にピーナッツを入れ、戸を開けて、庭に向かって「福は~内、鬼は~外」とやった。ただし、ピーナッツはまくまねだけ、「エア豆まき」だ。そのために一度神棚に供えた。

子どもがいたころは青豆を炒(い)ってまいた。青豆がやがて落花生に替わり、2階を省略して茶の間だけになり、老人2人だけの今は、落花生がピーナッツに化け、庭に向かって声を出すだけになった。

落花生にしたのは、青豆だとあとで拾い集めるのが大変だからだ。庭にまいた青豆は拾うわけにもいかない。

で、内も外もエア豆まきになった。戸を開けると、「さくら猫」のゴンがこちらを見て「ニャー」と鳴いた。唯一の観客である。

そのあとは福升をそばに置いて晩酌を始める=写真上1。もともとピーナッツは酒のつまみ用に買っておいたから、切り替えは早い。

福升は神棚に置いて毎年使う。平の飯野八幡宮製で、25年ほど前にカミサンの実家から届いた。

升には「福」と「壽」の文字、巴太鼓の図柄、そして「平成十一年節分祭」と墨書してある。1年に1回はこの福升を使い、エア豆まきが終われば、すぐチビリチビリとやる。

この日は早朝にも心がときめいた。カミサンを整骨院へ送って行った帰り、西空に丸い月が輝いていた=写真上2。

前日が満月だった。真夜中にいったん起きてブログをアップする。茶の間へ行くと、玄関のガラス戸がほんのり明るい。

茶の間のカーテン越しに庭を見る。車がよく見える。影もできている。日影ならぬ月影だ。「月影」という言葉をすっかり忘れていた。

立春がきたらあれをやろう、これをやろう……。といっても、自治会の仕事が優先される。年度末の行事と年度初めの行事が連続する。その準備を今から進めないといけない。

自然の移り行きで言えば、冬至を迎えるとホッとする。一陽来復である。人間の世界では、立春を過ぎると年度末のあわただしさが待っている。

2日の満月は早朝7時9分にピークを迎えたという。それからほぼ24時間後の姿を見たことになる。朝日に照らされてほんのり赤みがかっていた。これも眼福である。

2026年2月5日木曜日

青馬と赤馬

                         
   今年(2026年)の干支(えと)は午(うま)。動物でいうと馬=写真=が主役だ。

いわき市消防本部と同居する平消防署には、国道399号沿いに干支をあしらった看板が掲げられる。    

ところが、今年はまだない(1月末現在)。なぜないのか。市役所などへ行った帰り、同署前の交差点で信号待ちをする。そのたびに掲示板を見て不思議に思う。何か理由があるのだろうか。

思い浮かぶのは「アカウマ」。知る人ぞ知る「放火」の隠語だ。例年、干支の動物をあしらったイラストがかかるのだが、まさか「赤い馬」は描けない。火を消すのが仕事なのに、たきつけることになってしまう。

ま、そんなことが理由のはずはないが、何とも気になって仕方がない。それがきっかけで馬が頭の中を走り回っている。

高専の学生だった10代後半、同級生とセットで馬のあだ名をつけられた。

学校ができて3年目。1、2年生は学生服に坊主頭(長髪は3年生から)だが、運動着は自由だった。

似た体格の同級生がいた。彼の運動着は青色、私のは赤色。彼とは、部活(陸上競技部)が一緒だった。

体育の授業でも、部活でも運動場を一緒に走る。色の対比がはっきりしていたのだろう。級友から「青馬」「赤馬」と言われた。そのころは未熟な少年だから、「アカウマ」が放火の隠語だとは知らなかった。

文学にも引かれて本を乱読した。ヒロシマの原爆を体験した原民喜の「夏の花」に被爆して死んだ馬が出てくる。

「苦悶の一瞬足掻いて硬直したらしい肢体は一種の妖しいリズムを含んでいる。(略)さっと転覆して焼けてしまったらしい電車や、巨大な胴を投出して転倒している馬を見ると、どうも、超現実派の画の世界ではないかと思えるのである」

小2になったばかりの4月のある夜、町が大火事になった。巨大な胴を投げ出した馬はいなかったが、家畜小屋のあったあたりには、超現実的な家畜の焼死体が転がっていた。わが家のあったところからは、とろけて曲がった十円玉が出てきた。

15年前の大津波のあと、通行が解禁されて見た風景もまた超現実的だった。

干支の馬の話に戻る。今年届いた年賀状に「馬」の字が入ったことわざを記したものがあった。

「馬の耳に念仏」「馬耳東風」。こちらも思いつくままに文字をメモしてみた。「馬齢」に「馬脚」、あるいは「下馬評」。

戯文も二つほど。「天高く馬が肥える秋、人馬一体で牛飲馬食をすれば、人は馬面になり、馬は駄馬になる」「泣いて馬謖(ばしょく)を切るか、生き馬の目を抜くか、竹馬の友ならわかるだろう」

年明け早々、どこかの大学で飼われている馬が厩舎を抜け出し、通りを闊歩して厩舎に戻ったというニュースには馬鹿笑いをした。

そして、立春の日。仙台に住む級友から電話がかかってきた。陸上競技部の後輩の死を告げるものだった。級友だけでなく、3歳下の後輩とは馬が合った。駆け抜け方が早すぎるぞ、おいS君。

2026年2月4日水曜日

専称寺の梅林

                                
   常磐の梅林寺は主に紅梅。では、白梅は? もちろん、平の専称寺だ。

梅林寺の梅の花を見に行って以来、専称寺の白梅が頭から離れない。専称寺の梅林は例年、3月中旬が見ごろという。

専称寺は山号が「梅福山」だ。それで、昔から梅で有名だったかというと、そうでもない。

磐城平藩の中老、鍋田三善(1788~1858年)は自著『磐城志』で、専称寺についてこう記す。

山門の外、坂の中段左右に寮舎が5軒並んでいる。また南側、横に入り組んで5軒がある――。

寮舎は学僧が寝泊まりして修行するところ。それが江戸時代には10軒あった。

同寺はそのころ、東北地方を中心に末寺が200を越える大寺院だった。同時に、主に東北地方からやって来た学僧200人余が修学に励む「大学」(名越派檀林)でもあった。

 この名刹が近代になってさびれる。そこで旧平市時代、市の観光課長だか誰だかが音頭を取って梅の苗木を植えたのが名所の始まり、と聞いたことがある(それが正確ではなかったことが今はわかる)。

寺によると、数は白梅・紅梅合わせて500本。世間的には「名越派総本山」の「大学」より寮舎跡の「梅林」がすっかり有名になった。

「梅の寺」の始まりが知りたい――若いときからそう思ってきたが、いかんせん手がかりがなかった。

図書館のホームページに「郷土資料のページ」がある。いわき市で発行された地域新聞がデジタル化されて読める。

そこから情報を探ろうとしても、あまりにも茫漠としている。「情報の海」をどう泳いでいいのかわからない。

思いあぐねていたところへ、若い仲間から自身が組み立てた「いわき文献案内」の利用法を教えられた。

デジタル化された図書館の新聞記事を、グーグルを使って簡単に検索できるという。

さっそく「いわき文献案内」の検索欄に「専称寺 梅林」と入力したら、関連する記事が一覧で表示され、知りたい情報がすぐ見つかった。

まずは昭和48年1月26日付のいわき民報。小川町の中條実さんが「専称寺の梅林と箱崎昇吾翁」と題して寄稿していた=写真上1。

 それに、同36年2月20日付の常磐毎日新聞=写真上2。1面トップで専称寺の梅の開花を伝える。見出しに「春を呼ぶ一千本の梅林/箱崎氏の悲願実る/市も観光誘致に本腰」とある。

 2つの記事を合わせると、国鉄を退職した中神谷の箱崎昇吾さんが昭和8年から専称寺の境内に梅の苗木を植え続け、足かけ27年をかけて同34年、悲願の1千本を達成した。戦争をはさんでの偉業である。

箱崎さんは地元も地元、わが家と同じ字(あざ)の人だった。身近なところに、そんな志を持って行動した人がいた。

というわけで、まずは翁の存在に驚き、「いわき文献案内」の威力に感心したことを伝えたくて、速報的に紹介した。ちゃんとした調べはこれから、おいおいと。

2026年2月3日火曜日

情報革命

                                         
 いわき総合図書館の新着図書コーナーに珍しいテーマの本があった。こばやしあやな著『世界浴場見聞録』(学芸出版社、2025年)=写真=で、著者はフィンランドに住む。

 北欧のフィンランドと言えば、サウナ文化の国だ。10代半ばで見た映画に、サウナ小屋で体を温めた女性がそばの湖に飛び込むシーンがあった。

これが60年たった今もありありと思い浮かぶ。映画は確か、ヤコペッティ監督の「世界残酷物語」、あるいは「続世界残酷物語」だった。

本のなかごろにサウナ文化が紹介されている。著者はフィンランドの大学院に入学後、中部のユヴァスキュラで暮らした。街は湖水地方のど真ん中にある。

「風光明媚なこのエリアには、多くのフィンランド人が家族用のサマーコテージを所有し(別荘は決して贅沢の象徴ではない)、湖畔のあちらこちらに、愛らしい木造サウナ小屋とそこから伸びる桟橋が覗いている」

映画のシーンと現実が重なり、「世界」あるいは「続世界」残酷物語をいつ、どこの映画館で見たか、確かめたくなった。

高専の1年か2年のときだった。日曜日に洋画専門の映画館で見た記憶がある。仲間が一緒だったかどうかははっきりしない。

図書館のホームページにある「郷土資料のページ」を開き、デジタル化されたいわき民報の「映画案内」と映画館の広告を逐一チェックした。

それで、昭和39(1964)年11月、ひかり座で上映された「続世界残酷物語」らしいことがわかった。

後日、「パソコンのホームドクター」である若い仲間が来て、デジタル化された図書館の新聞記事を簡単に検索できる方法を教えてくれた。

彼が組み立てたネットの「いわき文献案内」がある。それを利用すると、過去記事を簡単に引っ張り出せる。

ためしに「世界残酷物語 映画」で検索すると、「続世界残酷物語」「ひかり座」「昭和39年11月13~23日上映」が瞬時にわかった。たぶんこれだろう。としたら、高専1年の冬休み前に見たことになる。

新聞の中身を逐一チェックしたときには何時間もかかった。「いわき文献案内」だと、知りたいことにすぐたどり着ける。

実は、前から「郷土資料のページ」を利用しながら、「キーワード検索ができないものか」と思っていた。それが現実のものになった。

図書館は過去の新聞記事(いわき民報は昭和56年まで)をPDF形式で公開している。グーグル検索を使うと、とても簡単に目的の記事を探せる、と「いわき文献案内」にあった。

かねがね望んでいたことが可能になったという意味では、私の中では大きな「情報革命」だ。

さっそく「いわき文献案内」を介して、思いつくテーマの情報を集め出した。以前に比べて、飛躍的に情報の質量が増した。

それでわかったのだが、専称寺が梅林として知られるまでには一人の人間の悲願があった。あしたにでもそのことに触れたい。

2026年2月2日月曜日

サッシ戸再生

                               
   6枚ある店(わが家)のサッシ戸のうち、出入りに使っている1枚が簡単には開かなくなった。前からてこずってはいたのだが、年明け後、いちだんと状態が悪化した。

開けるのを断念して、店の前にダンシャリで出た古着を置いていく人がいた。わきの駐車場から電話をかけてきて、私が戸を開けると同時に、古着の入った袋を持って来る人もいた。

これでは来客も用が足せない。カミサンが電話帳を見て、近場にあるアルミサッシ関係の業者に連絡した。

用件と場所をいうとすぐ、いろんな戸車を持ってやって来た。サッシ戸をはずして作業をすること30分、代わりの戸車がぴったりはまって、サッシ戸はスムーズに動くようになった=写真。

聞けば、車で数分もかからないところに作業場がある。貸倉庫を利用している。自宅は狭いので、昼間はそこで仕事をしているのだという。

幸いというか、大当たりというか、個人の家の小さな困りごとにも応じる自営の建材業者だった。

サッシ戸の滑りが悪い理由ははっきりしている。東日本大震災の強震(6弱)で家がダメージを受けた。戸車もおよそ25年の耐用年数を超えた。その「ひずみ」が年を追って大きくなったのだろう。

今では45年も前になる。2階を増築するのに合わせて、1階の店舗部分も改装し、店の戸をアルミサッシに替えた。

東日本大震災では、海岸線から5キロほど離れた内陸部なので津波被害は免れたが、「大規模半壊」に近い「半壊」の判定を受けた。

2階の物干し場から階下のトイレに雨が漏る。店の一角にある地域図書館=カミサンたちの茶のみ場も、通りに面したサッシ戸がおかしくなる。その両方を修繕したほかは、震災時のままだ。

地域文庫へは店の中から出入りする。冬はガラス戸を閉める。ところが、途中までしか閉まらない。すき間には布を垂らして寒気が入るのを防いでいる。

震災から今年(2026年)で丸15年。この間に5強、5弱といった大きな地震も何度かあった。そのたびにコンクリートの基礎の割れが広がったようだ。津波被災者や原発避難者だけでなく、一般の被災者もいまだに3・11の後遺症を抱えている。

ほかのサッシ戸は問題がない。全部を取り換えるとなると、予算的にはちょっと手に負えない。ありがたいのはやはり職人技。最小限の費用で問題を解決してくれた。「サッシ戸のホームドクター」である。

今までサッシ戸を開けるのにてこずっていたカミサンの友達も、「あら、簡単に開く」と感心していた。

地域には、医者以外にもいろんな「ホームドクター」がいた。水道、ガス、電気はもちろん、床屋だって。

そのなかで「何かあったら連絡を」といってくれる職人さんが見つかった。暮らしには欠かせない「隣人」である。

そう、そう。「パソコンのホームドクター」もいる。不具合が起きるとすぐ連絡する。すると、仕事帰りに来てくれる。先日もそうしてトラブルを解消した。

2026年1月31日土曜日

「社長~」

                                 
 毎朝、新聞の折り込みチラシを数えてメモしている。最近は枚数だけでなく、中身もチェックするようになった。それについては理由も含めて1月5日付のブログに書いた。

 主婦と違って、チラシを見てスーパーへ足を運ぶ、といったことはまずない。が、1回だけ「買いに行こう」とカミサンを誘ったことがある。

 チラシの主はテレビCMでおなじみの「夢グループ」で、平・本町通りのヤマニビル(ヤマニ書房本店があったところ)の3階催事場で「イチオシ商品・展示&即売スーパーセール」を告知するものだった。去年(2025年)秋のことである。

チラシには、超軽量のコードレス掃除機やテレビドアホン、充電式のハンディチェンソーなどが掲載されていた。

 なかに、手回し式ワイヤーパイプクリーナーがあった=写真。「専門業者を呼ぶ前に!排水管の詰まりを自分で解決!」。宣伝文句に引かれた。

 わが家の台所の排水管は、そばの生け垣(マサキ)が育って根張りが広く大きくなったためか、排水管にゆるい波ができて何年かに一度は詰まるようになった。

 そのつど「水道のホームドクター」(同級生)に連絡して来てもらう。集水マスには油脂分がかたまって排水口を狭めていることがある。それも含めて薬剤とホースの水、あるいは長いパイプを使って詰まりを解消してくれる。

 排水管が詰まるたびに同級生に連絡するのも気が引ける。自分でできれば、それに越したことはない。

去年の秋、地下の排水管ではなく、台所の垂直の排水管が詰まったらしく、排水するとシンク(流し台)にすぐ水がたまる。水が抜けるまで時間がかかるうえに、「ガバッ、ゴボッ」と大きな音を出す。

どうしようか。思いあぐねていたときにチラシを見て、パイプクリーナーを買った。カミサンがさっそくシンクの排水口にワイヤーを差し込み、ぐりぐり回すと詰まりが取れて、水のたまりも、「ガバッ、ゴボッ」も解消した。

夢グループのテレビCMには、社長と女性歌手が登場する。商品の説明のあと、女性歌手が「社長~」とこびるようにして値下げを訴える。「わかりました~」となって、値引き後の値段が表示される。

最近は新聞の全面広告も目にする。社長は福島市出身だとか。それもあってかどうか、去年秋には田村市の「観光大使」に委嘱された。

1月6日の新聞広告には、「気仙沼大使」の肩書が付いていた(先日のテレビCMで「私たち」と女性歌手が言っていたから、2人セットなのだろう)。

観光大使としては、自社の広告にあぶくま洞や田村市の桜の名所などを写真付きで紹介していたのが大きい。

気仙沼も同じで、広告には「フカヒレ、新鮮な魚介類で有名な」という枕言葉が付いていた。広告の波及効果はどうなのだろう。

 いずれにしても、顧客は高齢世代が多そうだ。私がそうだし、商品の中身も生活密着型が多い。

2026年1月30日金曜日

「大統領の密書」

                                         
   BSNHKの時代劇に刺激されて原作の小説を読んだ。時代劇は「「大富豪同心スペシャル」前・後編である。

 暮れに地デジより早く大河ドラマ「べらぼう」の最終回を見て、そのままテレビをつけていると、「大富豪同心」の前編「うつろ舟」になった。

「うつろ舟」? 江戸時代、常陸に漂着した異国の小型船のことではないか。「常陽藝文」が、3年前の2023年2月号で取り上げていた。がぜん、興味がわいて見続けた。

去年(2025年)12月20日付のブログに、そのへんの話を書いた。一部を要約・再掲する。

――ドラマを見終わって情報を集めた。時代劇(再放送)の輪郭が少し見えてきた。原作は作家幡(ばん)大介の人気シリーズ『大富豪同心』。原作者も作品も知らなかった。

時代小説である。図書館に『大富豪同心 漂着 うつろ舟』があったので、さっそく借りて読んだ――。

1週間後に放送された後編も見た。こちらはタイトルが「大統領の密使」で、原作は「大統領の密書」=写真=となっている。これも図書館から借りて読んだ。

 ペリー提督の黒船が来日する前、アメリカの軍艦が来航し、島津藩に武器を売買して代金の25万両を手に入れようとする。

ところが、なかなからちが明かない。さらに、本国がメキシコと戦争になる。大統領は軍艦のトップ、トマス提督に密書を出した。日本にかまっている暇はなくなった、アメリカへ戻れ――。

提督あての密書を携えて太平洋を渡ってやって来た別の船が漂流し、父に会いに便乗していた提督の娘アレイサが救命艇に乗って脱出する。

この円盤形の救命艇を日本側は「うつろ舟」と呼び、中にいたアレイサが日本人の前に現れて事件が展開する、という筋立てだ(主役はもちろん大富豪同心だが)。

 読者は、幕末にはペリー提督率いる黒船が江戸湾に現れ、日本が開国して、幕末の動乱から明治の世になることを知っている。

その「前史」ともいうべきドラマで、ハチャメチャ、痛快アクション、コメディーといった要素が濃い。

その中の一節(トマス提督の言葉)。「日本には物がない。軍艦もない。鉄砲も大砲もない。アメリカは日本に軍艦を売る用意もある。日本はもっと豊かな国になる」

原作を読みながら、江戸時代のメリケンも、現代のアメリカも、本質的に変わっていないのではないか、そんな感想を抱いた。

外国に武器を売って富を増やす。それだけではない。原油埋蔵量が豊富な国を空爆して大統領を拉致する。北極圏にある他国の島をよこせという。「国益」を言いながら「私益」が見え隠れする。

もしかしたら「大富豪同心」の作者は、「うつろ舟」と「大統領の密書」を通じて大国の覇権主義に言及したかったのではないか。小説に現実が重なって寒気が走った。