「多死」という言葉を初めて知った。「日本は多死時代を迎えている」という。新聞に載っていた。
ネットで検索したら、ピークは団塊ジュニア(1971~74年生まれ)が高齢期を迎える2040年ごろで、火葬待ちの長期化、墓の維持の困難といった問題が指摘されている。
多死の始まりはジュニアの親たちだろう。私ら団塊の世代(1947~49年生まれ)のことである。
間もなく80代。他人ではなく、自分のための葬祭場利用を考えないといけない年代になった。一種の「終活」にはちがいない。
葬祭場は身近にあった方がいい。近所の人のためにも、家族のためにも、住み暮らしていた地域で葬儀が営めればそれに越したことはない。
去年(2025年)の師走、近くにJAの葬祭場ができた。地権者や隣接する行政区の区長らとともに、落成式に招かれた=写真(落成式の資料表紙)。
近年は核家族化と少子高齢化を背景に、大がかりな葬儀が少なくなったような印象を受ける。一般葬より家族葬を選ぶ家も増えた。
近所の葬祭場も、一般葬と家族葬の2つに対応できるよう、同じ敷地内に大小2つのホールがある。
やはり「多死社会」に対応してのことだろう。式典のあと、両施設を見学した。そのときの日記から――。
旧神谷村単位でいうと、神谷には葬祭場はなかった。地続きの隣の地区(下神谷)の葬祭場や、夏井川の支流・新川の先にある葬祭場を利用することが多かった。
その意味では、やっと地元の葬祭場ができた。「予約するわけにはいかないが、いずれ世話になるところ」。落成式の出席者の間にはそんな空気が漂っていた。
旧ロッコク(現国道399号)沿いにある。歩いても行けるが、車でならほんの少し大回りをして、ロッコクの交差点に出てから左折する方が安心だ。
わが家からすぐ旧ロッコクに出ると、四倉方面から来る対向車両とすれ違う。合間をみて右折するので、ちょっと怖い。
もうひとつ、交差点からそばの夏井川の堤防に出るルートがある。堤防を100メートルほど行って下りればすぐ葬祭場の広い駐車場に着く。
帰りはこのルートを利用すると安心して旧ロッコクを横断できる。マチからの帰路、夏井川の堤防を利用する。その最後の区間でもある。
先日、近所のおじいさんの通夜がそこで行われた。わが家の向かいに故義伯父の家がある。カミサンが庭木の剪定をしていると、ときどき手伝ってくれた。
満95歳。告別式は近親者だけで営むということなので、通夜の席が最後の別れの場になった。半分は一般葬、半分は家族葬ということだろうか。
故人の孫たちも、すっかり大人になった。カミサンは一気にン十年前の「米屋のおばちゃん」に戻って、孫たちと思い出話に花を咲かせた。これも故人の人徳ゆえだろう。