新年度に入って間もない4月下旬のこと。マチからの帰り、いつものように夏井川の堤防を通っていると、対岸・山崎の広い河川敷で作業員が2人、背の高い枯れ草に埋もれるようにして草刈り機を動かしていた。
新しい予算がついて、また河川敷の土砂を撤去するのだろう――まずはそんなことを思った。
場所は新川が夏井川に合流する、すぐ下流の山崎地内。合流部では冬、シベリアからハクチョウが渡って来る。せり出した山の中腹には専称寺がある。
鎌田から塩に入るあたり、蛇行による流量・流速の違いからか、工事のあとに川中島(中洲)ができた。そこだけ緑に覆われている。
夏井川は流路が短く、水量が少ない。そのためか、改修を重ねるたびに川中島と浅瀬ができる。この何十年か、夏井川ウォッチングを続けてわかった自然のメカニズムである。
新川との合流部も事情は同じ。ここではたびたび重機が入って川の土砂をかき集め、ダンプカーが運んでいく。川砂採取地でもある。
そのくらい堆砂が多い。そこから下流にも中洲ができた。草が繁茂すると、やがてヤナギが生える。その緑が氾濫の要因になるかもしれない。
なんとかならないものかと案じていたら、川を管理している福島県いわき建設事務所が地元の要望を受けて動いた。
6月になると対岸の県道甲塚古墳線に沿って重機が入り、上流の新川合流部まで立木の伐採が行われた=写真。
後日、県道を通ったときに道路沿いの立て看板を確かめた。「洪水被害を防ぐため/土砂を撤去しています」この大文字の下に「いのちとくらしをまもる防災減災/国土強靭化対策工事」とあった。
そのための草刈りだったのだろう(いや、そうではなかったかもしれないが、場所といい、作業の流れといい、ここでは事業の一連の準備だったとみておく)。
重機が入ると見るみるうちに対岸の景色が変わった。立木だけでなく、枯れ草が刈り払われて堆砂が見えるようになった。
中洲の土砂を撤去するためには、重機とダンプカーが行き来する作業路を設けないといけない。それが県道に沿って設けられるようだ。
草刈りが行われた山崎の広大な河川敷では、「令和元年東日本台風」のあと、堆積土砂の撤去が行われた。
その前には、専称寺のふもとから同じ浄土宗の古刹・如来寺までの間で、田んぼの中に県道甲塚船を付け替える工事が行われた。
その結果、古い道路は河川敷に組み入れられた。広い河川敷がより広くなった、というわけだ。
そこにまた重機が投入された。某政党のチラシによると、中洲の掘削工事は今年(2026年)5月に着工し、来年3月に竣工する予定という。
ほかの中洲もいずれヤナギが生え、大水のときには流れを阻害する要因になる。このことは頭に入れておかないといけない。