日に日に世界が悪くなる――。朝ドラ「ばけばけ」の主題歌「笑ったり転んだり」が流れると、このフレーズが胸の中で立ち上がる。
アメリカとイスラエルがイランを空爆した。するとイランはホルムズ海峡を封鎖した。
原油のほとんどを中東から輸入する日本はこれからどうなる、と思う間もなく、ガソリンが高騰した。
先日(3月3日)、近所のガソリンスタンドで給油したときには、リッター153円だった。
3月12日にスタンドの前を通ったら、表示が「178円」になっていた。いきなりリッター当たり25円の値上げである。これはきつい。
3・11のときはガソリンがなかった。「原発震災」のためにタンクローリーが入って来なかった。
車で避難するにもガソリンがない。身内の協力でなんとか少量を調達し、那須山系の村にある教育施設にたどり着いた。
帰りは帰りでガソリンの残量とリッター当たりの走行距離を計算し、最短コースをひやひやしながら戻った。そのあともなかなかガソリンが調達できなかった。やっと入るという日に行くと、車の列ができていた=写真(2011年3月24日撮影)。
それはまあ、直近(といっても15年前だが)の記憶だ。53年前の昭和48(1973)年10月に始まった第4次中東戦争を契機にオイルショックが起きた。
震災後、当時のいわき民報の師走1カ月間の見出しをチェックしたことがある。前にも書いた文章を引用する。
大手企業は節電10%を実施、市の新年度予算は物価高に対応して経常経費を5%アップ、公共事業は抑制、常磐共同火力発電所は12%減産、飼料高騰に低利融資……。
狂乱物価の波は翌年も続き、日本経済は戦後初めてマイナス成長を記録した。「高度経済成長」がこれで終焉した。今度は低成長下でまた狂乱物価が起きるのではないかと恐れる。
実はあれから15年の節目ということで、メディアの影響もあって、3月11日をはさんでこの何日か、あのときの惨状に思いをめぐらしていたのだった。
内陸なので津波被害は免れたが、原発事故には震えた。それで長男一家と一緒にいわきを離れた。
あの時のガソリン不足は原発事故のためだった。今度は戦争だ。戦争でガソリンが急騰し、原油そのものも輸入量が激減しかねない。
やはり、日に日に世界は悪くなるばかり、なのか。哲学者内山節さんの『文明の災禍』(新潮新書)を思い出す。
カバーの惹句にこうある。「産業革命以来、『発展』のため進歩させてきた末の技術が、いま暴走している。(略)私たちが暮らしたかったのは、システムをコントロールできない恐ろしい社会ではない。『新しい時代』は、二百年余り続いた歴史の敗北を認めることから始めることができるのである」
これは原発に対する評価でもある。が、戦争もまた「文明の災禍」の最たるもののような気がする。