吉野せい賞の表彰式のあと、東京の「谷根千(やねせん)」で知られる作家森まゆみさんが「吉野せい――畑に生きる喜びと悲しみ」と題して記念講演をした。
講演内容を紹介するブログの最後に、森さんの話の中で違和感を持ったものが一つあることを書いた。
せいは若いころ、文学少女だった。そのころ、牧師で詩人の山村暮鳥が平に住んでいた。
地元の文学青年が暮鳥の周りに集まった。小名浜に住んでいたせいも、その一人だった。
暮鳥は病を得て茨城県の大洗で療養生活を送る。そのとき、磐城平地方の若い仲間を思って詩を書く。
「おうい、雲よ/ゆうゆうと/馬鹿にのんきさうぢやないか/どこまでゆくんだ/ずつと磐城平の方までゆくんか」
初出は大正13年1月に磐城平で発行された同人誌「みみづく」。タイトルは「友らをおもふ」である。
森さんは、この暮鳥の詩に出てくる「磐城平」を、「いわきだいら」と読んだ。「いわきたいら」と読んだのかもしれないが、私には「いわきだいら」と聞こえた。
「磐城平」に「いわきだいら」とルビまで入れた誤読例が前にあった。ドイツ文学者の池内紀(おさむ)さんが日本の川を巡って『川を旅する』(ちくまプリマー新書)を出した。それを取り上げた2008年3月20日付の拙ブログを要約・再掲する。
――『川を旅する』には、いわき市を流れる夏井川=写真(小川町三島のハクチョウ)=が出てくる。
「小川郷近辺」というタイトルで、夏井川と詩人の草野心平が紹介されている。読み始めてすぐ、違和感に襲われた。
①心平が育った「上小川辺りは夏井川の支流にあたる」。えっ、本流そのものでしょ。
②「小川のほとりの小天地は、広大な磐城平(いわきだいら)の大空にひらいている」。「いわきだいら」ではなく「いわきたいら」ですよ。小川の隣、旧平市のことで、藩政時代には磐城平(いわきたいら)藩がおかれていた。
③心平に名誉村民の称号を与えたいわき市の隣村は川内(かわうち)村で、「川内(せんだい)村」ではない。
④「草野心平が逝ったのち、寺の和尚さんが詩人の蔵書をゆずり受け、天山文庫をつくった」。ここであ然ぼう然とした。
天山文庫は、心平がピンピンしているときに完成した。そもそもが、村が用意した心平の夏の別荘のようなものである――。
中央の人士が「磐城平」を「いわきだいら」と濁って読む。ラジオで誤読し、本で誤記する。いっこうに正しい読みが定着しない。
心平が夏井川の支流・江田川に「背戸峨廊(セドガロ)」と漢字を当てた。それがいつのまにか「セトガロウ」と誤読されるようになった。
「『セドガロ』だよ」と声を上げ続けたら、風向きが変わってきた。それと同じで、「『イワキタイラ』ですよ」と言い続けるしかないようだ。