4月が過ぎ、5月も間もなく下旬。待ったなし、である。3~6日とカレンダーに赤い数字が並び、いつもの黒い数字に戻った7日朝、「よし」と気合を入れて糠床を作った。
小糠は先日、カミサンの実家(元米屋)へ行って手に入れた。2キロちょっとある。
この量に見合った食塩(地中海産の天日塩)とかつお節や唐辛子、捨て漬け用の野菜を用意する。芽吹いて間もないサンショウの若葉を庭から摘む。これは風味用。
まずは小糠の乾煎(からい)りである。虫の卵が混入していれば加熱して始末し、水分を飛ばしてから、深さ25センチほどの甕に入れる。
ほかの材料も加え、水を2リットルほどまぶしてよくかき混ぜる。これでわが家4代目の糠床が出来上がった。といっても、まだ「半糠床」である。
水分を含んだ小糠は粘りついていて固い。毎朝、糠床をかき混ぜるのに合わせてカブやキュウリを入れ、一昼夜あとに取り出す(もちろん食べる)。これを繰り返しているうちに、糠床に手がすんなり入るようになる。
いずれ昆布も入れ、サンショウの実も摘んでまぜる。そうして少しずつ旨みと風味が溶け込んだ糠床になっていく。
3代目の糠床は平成26(2014)年から使っていた。去年(2025年)の夏、コバエらしいものが糠床に卵を産み付けたらしい。わいた虫をそのつど取り除いたが、その数が半端ではない。わずか11年で泣く泣く廃棄した。
その前、2代目の糠床は東日本大震災と原発事故をくぐり抜けた。これは虫ではなく、手入れ不足でダメにした。シンナー臭が消えなかった。
糠漬け歴はざっと30年。その間に3回、糠床をダメにしたことになる。甕は台所に置いてある。夏場は室温が高くなる。それも影響しているのだろう。
冬は白菜漬けに切り替える。糠床はその間、冬眠させる。ところが震災前年の冬、白菜漬けだけでなく、糠漬けも続けてみることにした。
すると春がきて「原発震災」が起きた。9日ほど避難して帰宅すると、糠床にはアオカビが発生していた。何日も人の手が加わらなかったために酸欠状態になったのだ。
糠味噌ごと表面のアオカビをかき取り、布を濡らして甕の内側をきれいにしたあと、よくかきまぜた。このときはぎりぎりで糠床が生き延びた。
糠床がダメになる原因は、手入れがちゃんとしていないのが大きい。それができなくなるのが、自然災害や原発事故、そして戦争だ。
そもそもは夏井川渓谷の隠居で家庭菜園を始めたのがきっかけだ。キュウリを栽培すると、生(な)るときにはどっと生る。生で食べる、お福分けをする。それでも余る。で、糠漬けにすることを思い立ち、糠床を作ったのだった。
糠漬けは夏場、キュウリなら朝、糠床に入れて、夕方には取り出す。典型的な浅漬けである。
シン糠床を作って10日目。カブを4つに割って一昼夜漬けておくとしんなりした。それなりの味だった。初夏を迎えて朝の習慣が復活した。