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2021年6月14日月曜日

アーティチョークを素揚げに

                       
   土曜日(6月12日)の朝、学校の後輩がアーティチョークとズッキーニ、タマネギを持ってきた。後輩は車で15分ほどの農村部に住む。いろんな野菜をつくっている。

海外経験が長い。アーティチョークは、向こうで食べた「おいしい記憶」が栽培の原動力になっているのだろう。

 去年(2020年)も同じ日にアーティチョークをもらった。もらったのはいいが、どうやって食べるのか、わからなかった。ネットであれこれ情報を集めて調理した。自分のブログにそのことが書いてある。去年はゆでてから硬い皮をはがした。そのときの様子を拙ブログから抜粋する。

――後輩に調理法を尋ねたら、フェイスブックですぐ外国の動画が届いた。こちらは生のまま皮をむき、あとで食用部分を加熱するやり方だった。なるほど、どちらでもいいいのだ。

「とげには気をつけて」。つぼみの皮は、1枚1枚の先端が針のようにとがっている。不用意にさわると痛い。とげをはさみで切る。つぼみ全体の先端部分はまとめて包丁で切り落とす。とげがなくなったところで、大きな鍋に水を張り、アーティチョークを入るだけ入れて、40分ほど加熱する。金串で刺し通せるようになればOKだ。

 それからが大変だった。原形はソフトボール大だが、皮をむいていくと、どんどん小さくなる。どこまでむけばいいのだろう。タマネギと同じで、最後はなくなってしまう? 途中で心配になり、ネット情報を再確認する。画像と似たような大きさのところで皮をむくのをやめ、花になる部分をえぐったら、なんと直径5センチほどのおちょこの底くらいしか残らなかった。

 アーティチョークの食用部分は、この「花托」といわれるところらしい。コーヒーや紅茶でいえば、「受け皿」の真ん中部分。下処理に要した時間からすれば、見返りは圧倒的に少ない。たまたま5個をゆでたから、それなりの量を確保できたが、1個だけだとあまりにも貴重すぎる。

 花托を刻んでオリーブオイルをかけ、塩と酢(レモンがなかったのでその代用)を振って、晩酌のつまみにした。イモに似た、くせのないホクホク感。もともとは野生のアザミらしいが、品種改良が続けられてこの食感にたどりついた。いやあ、その執念には頭が下がる――。

 今年は生のまま皮をむいた。左手に軍手をはめ、皮をはさみで切っていく。硬い。けっこうな力仕事だ。どんどん小さくなっていく。去年はたぶんけずり過ぎだった。動画を思い出しながら、グラスのコースターほどの直径になったところではさみを入れるのをやめる。代わりに、スプーンを差し込んでしべ(花芯)を取り除き、包丁で皮をはいで酢水にひたす=写真。

途中でカミサンがアドバイスする。真ん中から半分に割ったら、もっと楽にしべが除去できるのでは――その通りだった。

 さて、それからどうするか。ネットには「まずは素揚げ」とあった。ズッキーニはてんぷらにするつもりだった。アーティチョークも適当な大きさにスライスして素揚げにしてもらった。

 これが、大当たりだった。ホクホクしてうまい。キク科チョウセンアザミの別名がある。キク科のほのかな風味が広がる。味を付けるとしたら、醤油ではなく塩だ。

 ズッキーニのてんぷらは、中身がやわらかい。新しい歯ざわりだ。キュウリと同じ風味がある。タマネギのかき揚げも塩を振って食べた。スイカと同じで、甘さが際立った。塩か醤油かはモノによる。今回は塩で正解だった。味がよく引き立った。

2021年6月4日金曜日

続・奥深いカツオ料理

                      
 NHKの昼のニュースが終わったあともテレビをつけている。先日は「梅沢富美男と東野幸治のまんぷくメシ!」をやっていた。千葉県勝浦市の「日戻りカツオ」を取り上げた。未明に出港し、その日のうちに帰ってくるので、身はプリプリしている。刺し身のほかに、「なめろう」「まご茶」「さんが焼き」が登場した。

 先に拙ブログでわが家のカツオ食について書いた。刺し身一本やりだったが、食が細くなって余るようになった。冷蔵庫に入れて、翌朝、海鮮丼のようにして食べる。それでも余るときがある。にんにく醤油に漬けて揚げたものを晩酌のつまみにする。

 このごろは「にんにく揚げ」さえ余ることがある。すると、これを醤油で煮てほぐしたフレーク状のものが出る。これも酒のつまみになる。それぞれに味が違う。再利用の再利用だ。

勝浦ではどんな食べ方をするのか、いわきのカツオ料理とどう違うのか、興味を持って見た。

まず、「なめろう」。カツオの刺し身を細かく刻み、薬味(ショウガやネギ、大葉)と味噌を加えてさらにたたき、具材を混ぜ合わせる。いわきでは、秋に「秋刀魚(さんま)のなめろ」を食べる。つくり方は同じだろう。

「まご茶」は、カツオの刺し身のお茶漬け。ご飯の上に刺し身を載せて熱湯を注ぐ。これにわさびや薬味を加えて醤油をたらす。いわきの「お湯かけ飯」は、醤油で下味をつけた刺し身を載せて熱湯をかける。刺し身の表面が白くなったくらいで食べる。

「さんが焼き」は「なめろう」を平たく丸め、大葉を巻いて、油を引いたフライパンで両面をこんがりと焼いたものだそうだ。いわきでも「秋刀魚のなめろ」を焼けば「ぽうぽう焼き」になる。

『いわき市伝統郷土食調査報告書』(1995年)の<一口メモ>にこんな文章が載っていた。ハマの食文化が多彩な理由の一端を物語る。「昔の人は、よく始末という言葉を使った。残り物や、いらなくなったものを片付けるという意味である。(略)台所を任される人の、余りものを出したくない、無駄をしたくないという始末の気持ちから生まれたものに違いない」

 勝浦といわきのハマでは、同じ料理の具材がカツオからサンマに変わったり、味付けの仕方が前後したりするが、残さずに食べきるという心は共通しているようだ。

 さて先日(日曜日ではない平日)、わが家ではめったにないことだが、カツオの「ひやま」を食べた。カミサンの四倉の知人が届けてくれた。半分は「揚げびたし」になって出た=写真。これもうまかった。

『いわき市伝統郷土食調査報告書』には、ほかに「沖だけ」「煮和膾(にえなます)」などが載る。レシピを参考に載せる。

「沖だけ」。カツオの煮付けを天日に干して火で燻(くゆ)らせたものを、さらに干して硬くする。食べるときに削って大根おろしに混ぜあわせる。蒸したあとに干す生節の原型のようなもので、ご飯のおかずになる。

「煮和膾」。かつおを三枚におろす。おろした身は刺し身にする。頭から目玉と肉を取り出し、ハラスも加えて、まな板の上でナタか出刃包丁で時間をかけて砕く。それを鍋に入れ、味噌を加えて炒める。これを刺し身にからめて食べる。

2019年1月19日土曜日

ハガツオの刺し身

いわきも極寒期を迎えた。生カツオの刺し身は晩春までおあずけだが、たまに西日本のカツオが市場に届く。行きつけの魚屋さんが手に入れると、「カツオ、あります」といってくれる。早ければ2月にはカツ刺しが食べられる。
日曜日の晩は刺し身、と決めているのは、「カツ刺し」を食べたいからだ。カミサンもそのときだけは家事から解放される。もう40年近い習慣だ。

生カツオのない冬場は、ほかの魚の刺し身を経験するチャンスでもある。これまでに食べた刺し身はサンマ・タコ・イカ・ヒラメのほかに、メジマグロ・ブリ・タイ・メバチマグロ・サワラなど。親戚や知り合いからもらって、自分で刺し身にしたものでは、スズキ・ヒラマサ、浜の知人の家でごちそうになったものではアイナメ・マンボウ・アワビなど。いわきは“刺し身天国”だ。

この冬、わが“刺し身目録”に新しい魚が加わった=写真。ハガツオという。カツオと同じスズキ目サバ科だ。サバ科は、歯が小さくて目立たないものが多いが、この魚は違う。目立つうえに、カツオに似ている。で、「歯鰹(はがつお)」。日本では南部の太平洋に生息しているそうだ――。以上は、あとでネットから得た情報。

師走最後の日曜日、行きつけの魚屋さんへ行くと、「ハガツオがある」といわれた。サクどりした身はピンク色で、メジマグロに近い。くせのない味だった。年明け2回目の日曜日(1月13日)には、ためらわずに切ってもらった。

夏場は、マイ皿を出せば、黙ってカツオを切ってくれる。冬場は、まずは「何があるの?」で始まる。若だんな(といつも書いているが、先代はすでに彼岸へ渡った。でも、先代は記憶のなかで生きている。で、つい若だんなになってしまう)が、「〇×があります」と応じる。それで食べたい刺し身をしぼる。

先代がそうだったように、若だんなもよく、魚や業界の話をしてくれる。そこがモノを並べただけの大型店とは違う。食べ方(ニンニクがいいか、わさびがいいか)も教えてくれる。ハガツオはわさびだけにした。

2018年2月9日金曜日

いわき昔野菜フェス・下

 いわき昔野菜フェスティバルでは、必ず学術講演がある。江頭宏昌山形大農学部教授が講師を務める。昔野菜フェスティバルを主催するいわき昔野菜保存会のアドバイザーのような存在だ。
 今年(2018年)の講演=写真=のタイトルは「『伝える』意味を改めて考える」だった。「改めて」が入ったのは、2011年の初回の講演が「在来作物を伝える意義」だったからだろう。

 初回の講演で江頭さんは、未来学者アルビン・トフラーの『第三の波』を紹介しながら、通常の経済とは別の「非金銭経済」の出現について触れた。「社会の冨」が金銭だけでなく金銭以外のものも含むようになった、「生産消費者(プロシューマー)」が登場してきた――。生産消費者とは、たとえばDIY、ガーデニング、家庭菜園を楽しむ人であり、ボランティアやNPOの活動もそれに含まれる。

 週末に土いじりをしている身として、以後、自分を「生産消費者」と位置づけるようになった。「生産もする消費者」と意識することで、プロの生産者の思いにも、純粋な消費者の思いにも共感できる回路ができたように思う。

 今回の講演ではまず、山形の「宝谷(ほうや)かぶ」の事例を取り上げた。食べてくれる消費者がいないと生産者は減る。消費者が生産者とかかわりあうことで、生産量も生産者も増えた。が、地域の過疎化・高齢化がネックになる。高齢で引退する。亡くなる。「風前のともしびか」と思われたとき、生産者の孫が「種を絶やしたくない」と後継者になった。

 なぜ在来作物は残ったのか。江頭さんは①おいしいから②親戚・知人に“お福分け”すると喜ばれる③先祖伝来の種を自分の代で切らしたくない④飢饉への備え――の4点を挙げた。

 そのための「文化の三点セット」がある。KJ法で知られる文化人類学者川喜田二郎さん(故人)に教えられたことだという。「モノ(道具)・知識・教習」だ。「教習」とは「実地に学ぶ」ということだろう。サーフィンを例に挙げれば、ボードを手に入れた、本を読んで知識を吸収した、しかし、肝心の海で実地に学ばないことには「波乗り」はうまくならない。

 最後に、江頭さんは「伝えることの意義」について、あらためて強調した。①自分が体験した「感動」がないと伝わらない②伝えるべきものの本質を見極める③幸せを願う④簡単にあきらめない――。フェスティバルが終わって懇親会に移ったとき、生産者でもあるメンバーが「あきらめない」ことに勇気づけられた、と語った。

2018年2月8日木曜日

いわき昔野菜フェス・中

 いわき昔野菜発掘事業の成果として、いわき市から昔野菜図譜3冊、レシピ集3冊の計6冊が発行された。事業初年度の夏に2回、市の広報と、事業を受託したいわきリエゾンオフィス企業組合のインタビューを受けた。以来、毎年発行される冊子の巻頭言を頼まれ、フェスティバルにも参加している。 
 6年に及ぶ事業最後の成果を伝える『いわき昔野菜のレシピ 3』に、付録として新たに発掘された昔野菜、小川町下小川のサトイモ「長兵衛」のほかに、常磐藤原町の「湯長谷半白(ゆながやはんじろ)きゅうり」「赤にんにく」「なっとう豆」が紹介されている。
 
 報告書では、生産者は匿名だったが、今年(2018年)のいわき昔野菜フェスティバルでわら納豆づくり講座=写真=が企画され、その講師が藤原の生産者だと知った。根本政清さん。農の営み、食の加工の達人だ。こうした達人は市内にまだまだいるにちがいない。
 
 根本さんは父親から、原料の「なっとう豆」とわら納豆のつくり方を受け継いだ。父親は3年間、茨城県で山の仕事に就いた。その間に「なっとう豆」の栽培と納豆のつくり方を覚えた。小粒の、いわゆる「水戸納豆」だ。
 
 わらがなくてもできる納豆のつくり方も紹介した。タッパーを使うといいのだそうだ。大豆をゆでる―タッパーに入れる―市販の納豆を少し加える―こたつでもいい、およそ一昼夜、40度に保温する―大豆に白い膜が張れば発酵は完了―タッパーを冷蔵庫に一日入れることでアミノ酸が生成され、味が熟れて風味が増す。
 
 納豆菌は自然界に普通に存在する。特に、わらに付く。わらを煮沸しても納豆菌は死なない。で、大昔、わらと大豆が偶然結びついた結果、納豆ができた。そこから「わらづと納豆」が生まれた。市販の納豆にも納豆菌が付いている。
 
 昔野菜の面白さは、それぞれの作物・種に「物語」があることだ。早煮えの小豆「むすめきたか」が茨城でも栽培されている。「種はいわきから来た」とかで、豆の研究者から情報提供の連絡が入った。

 越中富山の薬屋さんがお土産に北陸のネギの種を持って来た。郡山・阿久津曲がりネギがそうして地域に広まった。その田村郡バージョンが「三春ネギ」だろう。市場経済にはなじまないが、家族への、親戚・友人・知人への愛がある。その愛が栽培と継承を支えた。なっとう豆にも家族を思う栽培者の心がしみている。“タッパー納豆”に挑戦してみるか。

2018年2月5日月曜日

白菜が届く

 やっと白菜が手に入った。漬け込んでホッとしている。 
この半月ほど、どこで白菜を手に入れるかが悩みの種だった。スーパーへ行くと、4分の1玉200円だ。1玉800円の白菜は漬けたくないな……。逡巡が続いた。

 師走に入るとすぐ、いわき市三和町の直売所へ出かけて白菜を買った。2回目は田村軍小野町の直売所を訪ねた。3回目は、小名浜のお寺の初観音に開催される「かんのん市」で手に入れるつもりだったが……。野菜高騰の折、たちまち白菜が売り切れた。

 しかたない。遠回りしてでも直売所で白菜を買わねば――。沿岸部の田んぼの一角にある直売所で、小さな白菜を2玉買った。1玉200円だという。通常なら100円程度の小玉だが、大きくて安い白菜が手に入る状況ではない。買って漬けた。

 この小玉の扱いを間違えたらしい。いつものように割って干し、葉の1枚1枚に塩をまぶしたが、水が上がったあとも塩がなじまずに残った。浸透圧で白菜がしんなりする量以上にまぶしたか、玉が小さいうえに水分がだいぶ飛んでいたか。いずれにしても、漬物としては失敗だ。

 不出来な漬物も間もなく尽きる。道の駅よつくら港で白菜を250円で売っているという情報をフェイスブックでつかんだ。別の日の朝、出かけたら白菜はなかった。当たり前だ。みんなが欲しがっている。たちまち売り切れたことだろう。「白菜は?」「(生産者が)来るのは午後と言ってたから、持ってくるとすればそのときですね」。いやはや、空振りだ。

 で、800円のしかないかとあきらめかけていたころへ、思いがけず白菜が届いた。「かんのん市」で白菜を売っていた知人が持ってきてくれた=写真。丸大根は一緒に来た別の人からのもらい物だ。知人は車で数分の所に住んでいる。ご主人に会ったとき、白菜がすぐ売り切れた話をした。気の毒がって持ってきてくれたのだった。

 土曜日(2月3日)に漬けたら、日曜日には白菜の上部まで水が上がってきた。けさは全体が水につかりかけている。今週末には食べられるだろう。

2018年2月4日日曜日

節分の初ガツオ

 立春のきょう(2月4日)は午前10時から、中央台公民館で「いわき昔野菜フェスティバル」が開かれる。いわき昔野菜保存会が主催し、終わって懇親会がある。
両方に参加するので、一日早くいつもの魚屋さんへ刺し身を買いに行った。顔を出すなり、若ダンナがいう。「カツオ、あります。(市場で)見たら、よさそうだったので(手に入れました)」。

 先客がいた。市職員OBで、主に文化行政畑を歩んだ人だ。「お元気でなにより」「いやいや、なんとか生きているだけ。もう80歳を超えたんだ」「私も(間もなく)70ですよ」「70? まだまだだよ」。80代からみたらそういうことか。

 OB氏は魚を決めかねていた。「どうぞお先に」。ではと、持参した“マイ皿”を出す。若ダンナが手際よくカツオの身を切って皿に盛りつける=写真(撮影したのはわが家の台所)。今年(2018年)のわが家の初ガツオだ。

 きのうは土曜日で、節分。節分の初ガツオとは縁起がいい。かたちだけ豆まきをして、晩酌を始める。この時期にしては、うまい。いや、この時期だからこそ、とびきりうまいカツオが入荷することがある。拙ブログで確かめた。ちょうど2年前の今ごろ、極上のカツ刺しを口にした。

 そのときの様子――。私が顔を見せると、若ダンナが冷蔵庫から赤身の魚を取り出した。マグロかな? マグロなら「マグロですが」というはずだが、黙っている。カツオだった。「銚子沖で獲れたものです」。食べると舌が躍った。“とろガツオ”だった。2月のカツオだから脂はのっていない、と思っていたが、いやぁ、1年に一度あるかないかの絶品だった。
 
 きのうのカツ刺しは“とろ”まではいかなかったが、まずまずの味だった。ほぼ3カ月ぶりのカツ刺しだ。わさび醤油に、おろしニンニクを加える。ニンニクをおろすのも3カ月ぶり。酒が進む。やっぱり、いわきの魚屋でつくってもらう刺し身はカツオが一番だ。

 毎日食べたら、まちがいなく通風になる。そうならないために、“週イチ”にとどめている。このくらいのサイクルだと、まず飽きがこない。知り合いに魚屋がいると、一年中、刺し身と魚談議を楽しめる。

2018年1月31日水曜日

とろける「マカ・メカ」

 日曜日(1月28日)の昼、近所の中華料理店で区役員の新年会を開いた。顧問(元区長)も参加した。とうに子育てを終え、再び夫婦2人だけの暮らしになって長い人がほとんどだ。
 夫婦が仲良く暮らしてゆくには――と、80歳を超えた大先輩が口火を切る。カミサンの言うことをきくことだ。反論でもしたら、3倍になって返ってくる。ご飯もつくってもらえない。大先輩の実感は私の実感でもある。

 新年会ながら、ノンアルで過ごした。夕方、用があって車を出さないといけない。一緒に飲むのを楽しみにしていた前区長さんは、「予定を変えられなかったの?」。「逆らえないので」と私。
 
 街へカミサンを迎えに行ったあと、いつもの魚屋さんへ直行した。若だんながおもむろに冷蔵庫から包みを取り出した。「生のマカジキです」。カジキマグロ? 小名浜のハンバーグは食べたことがあるような、ないような……。刺し身は初めてだ。
 
 マカジキ、解凍されたメカジキ、タコを刺し身にしてもらう=写真。「通称『マカ・メカ』。普通は『メカ』が出回っています」。「マカ」はピンクがかったオレンジ色、「メカ」は白みがかった肌色だ。
 
 あとで、ネットで検索する。マカジキは冬が旬、それ以外のメカジキ・クロカジキ(黒皮)・シロカジキ(白皮)は夏がうまいそうだ。
 
 早速口にする。ん!! なんだろう、このマカとメカの食感は。とろける。歯ざわりだけをいえば、メロン、ケーキ……。むろん、甘くはないがそんな感じ。
 
 カミサンもすっかり気に入ったらしい。マカ・メカを交互に口にしながら、「きょうは何の日か知ってる?」。ただの日曜日で、新年会を開いた日ではないか。カレンダーを見たら、思い出した。「私も忘れていたんだけど」。結婚した日だった。
 
 時間は蓄積して、コケに覆われる。記念日を覚えているより、コケが生えるまで一緒に生きてきたことを喜ぶべきだろう――少し感慨にふけっていたら、マカ・メカがなくなっていた。女性好みの刺し身かもしれない。

2018年1月19日金曜日

久之浜から魚が届く

「この4倍の魚をもらったの」。いわき市久之浜町の知人がスズキ・イシモチ・カナガシラ・カレイを持って来た。半分を近所の知人におすそ分けした。残ったのはスズキ1匹、イシモチ1・カナガシラ4・カレイ3匹=写真。カナガシラは近所の知人が頭を取ってくれた。
 写真を撮ったのは、久之浜の知人からもらった量の半分、知人が地元の人(たぶん漁師)からもらった量の8分の1、ということになる。知人の家に届いたのは写真の8倍はあったわけだ。

 知人は量が多すぎておすそ分けに悩んだ。で、たまたま亡き夫も本人も同僚だった私を思い出したのだろう。それで4分の1はさばける、と。

 近海魚は久之浜――が、いわきの北部・平あたりの定番だった。平の飲み屋街、田町や白銀町、その周辺でも久之浜産の魚を売りにしている店があった。私らも久之浜産の魚を目当てに飲み行くことがあった。

 久之浜に限らない。東日本大震災に伴う原発事故が、そんな食文化を断ち切った。それから7年。除染や自然減衰も含めて、いわきの魚や米、野菜は問題がないことがわかってきた。年齢が年齢だからなんでも食べる、ではなく、うまいから食べる、に変わってきた。

 そんななかで届いた魚だ。スズキは刺し身にしよう。そう決めたが、おすそ分けした人から、刺し身よりは焼いた方がいいというアドバイス。

 うろこを取る・頭を切って内臓を取り出す・三枚におろす――。震災前、広野町の歯科医師さんが沖で釣ったスズキを、奥さんがときどき持ってきてくれた。で、三枚におろして、刺し身にすることを覚えた。それを思い出しながら、さばいた。

 バター炒めにしてもらった。西洋流にいうと、ソテーか。淡泊で、上品な味。出刃包丁で中骨をバキッバキッと刻んだものをあら汁にしてもらう。これまた淡泊で上品な味だ。

 行きつけの魚屋さんから、前はカツオのあらをよくもらったものだ。が、スズキやカナガシラ、ヒラメのあらをもらったあとは、はっきりカツオ以外のあらなら――というふうに変わった。
 
 まず、晩酌にスズキのソテーが登場した。次の日はイシモチ・カナガシラのから揚げ。連日はさすがにきつい。うまくてもきつい。きょう(1月19日)はカレイの煮つけか。

2017年12月13日水曜日

白菜を漬ける

 きのう(12月12日)、福島市からわが家へ訪ねてきた人がいる。中通りは雪だったという。浜通りのいわきは青空。宵のニュースで会津はドカ雪だったことを知る。
 福島県は地形と気象の違いから、「はま・なか・あいず」に分けられる。冬、湿り気を帯びた冷たい空気が日本海を渡って越後山脈にぶつかり、ついで奥羽山脈にぶつかって、越後と会津に大雪をもたらす。中通りにも雪を降らせる。東の阿武隈高地を超えるころには、冷たいカラッ風になっている。
 
 いわきも同じように「はま・まち・やま」に分けられる。「はま」と「やま」では植生が違う。冬野菜、たとえば白菜も、「はま」や「まち」より寒冷な「やま」の方が甘いに決まっている。

 夏井川渓谷は「やま」の底部に当たる。そこにある隠居で家庭菜園を始めたころ、白菜を栽培した。たかだか20玉ほどなのに菜園の3分の2を占めた。以来、白菜は買って漬けると決めた。

 白菜の種は月遅れの盆明けにまく。大根の種まきも同じ。スペースが限られているから、白菜も大根もとなると、菜園はこのふたつで占められる。1年交代という手もあるが、同じアブラナ科だ、連作障害が起きる――で、今は大根も買ってくる。

 師走最初の日曜日(12月3日)、「やま」の三和・ふれあい市場へ出かけて白菜を買った。次の日、八つ割り=写真=にして干し、夕方漬けた。

 前は白菜の重量をはかり、その3~5%の食塩を準備したが、今は葉を1枚1枚開けて塩をパラッパラッと振るだけ。塩梅(あんばい)を手が覚えたので、“化学実験”のようなまねはしなくてもよくなった。

 漬けた白菜は、翌日にはもう水が上がった。一日おいて試食する。まだ師走になったばかり。甘みはイマイチだったが、糠漬けから白菜漬けへと切り替える準備はできた。きょうにでも糠床に塩のふとんをかぶせ、4月の大型連休まで冬眠させるとするか。

2017年12月5日火曜日

ふれあい市場・暖暖まつり

 師走最初の日曜日(12月3日)は、朝、いわき市三和町の直売所「ふれあい市場」へ直行し、買い物をしてから夏井川渓谷の隠居で土いじりをした。三和は好間川流域の山里。好間川は下流の市街地・平で夏井川と合流する。隠居のある本流の夏井川とは山を二つはさんで向かい合っている。
 平地の自宅から国道6号・49号バイパスを利用して49号を駆け上がること40分。ふれあい市場では、「暖暖まつり」という“もてなしイベント”が開かれていた。

 まつりとは関係なく、この直売所へ朝一番で白菜を買いに行くことにしていた。フェイスブックで「暖暖まつり」が行われる、けんちん汁(いわき地方では味噌仕立て、いわゆるトン汁)と家庭料理がふるまわれる=写真=と知って、ますますよろしいではないかと、開店時間の9時に合わせて朝ごはんを食べずに出かけた。

 着くとすぐ、おばさんにけんちん汁を勧められる。古代米のご飯もどうぞ、という。立って“朝食”をとっていると、煮しめをつくって持ってきたおばさんがいた。生産者が自慢の一品を持ち寄る、という趣向だった。煮しめは食べそこなった。

 たまたま“朝食”の場で一緒になったおばさんがいる。まちの人だ。種屋さんだった。私も最近、その種屋さんに種を買いに行くようになって知ったのだが、昔からいわき地方の農家とは深いつきあいがあるらしい。生産者とわかるおばさんが女性と顔を合わせるなり、「だんなさんは?」「車にいる」なんて会話をしていた。ふれあい市場には常連が多いらしい。
 
“朝食”を終えたころ、バスが着いた。いわきの「アフターサンシャイン博」ツアーの一行だった。あとでネットで確かめる。いわき観光まちづくりビューローを軸とした同博実行委員会の「いわきのお寺さん『薬師様・弁財天・観音堂』を訪ねる」事業だった。

「薬師様」は閼伽井嶽にある。国道49号からだと、ふれあい市場のかなり手前で山の方へ右折する。少し足を延ばしてふれあい市場で買い物を、という流れだったのだろう。「弁財天」は沿岸部の沼ノ内、「観音堂」は内陸・石森山の石森観音。いわきのヤマ・ハマ・マチを巡るツアーだった。

 平地の6号バイパス入り口では、気温表示計が「5度」だった。三和に入ると「2度」。カミサンがおばさんたちにその話をすると、「気温が上がったんだわ、けさは氷点下3度だったよ」。マチとヤマの、日中のこの寒暖差が甘い白菜をつくる。

2017年12月3日日曜日

ネギを積んだ軽トラ

 もう何回も言っているので恐縮だが――。車でいわき駅前の図書館や銀行へ行った帰りには、できるだけ別の道を通る。
 6国(ろっこく=国道6号)。それが、わが家からマチへ行く最短のルート。6国を行ったり来たりするだけではつまらない。帰りは違う風景を見たい。記者の「習性」がいつか「本性」になった。
 
 カミサンを乗せると摩擦が起きる。「家に直行して!」。それを無視する。「寄り道しても5分オーバーするくらいだぞ」。今の時期なら、夏井川にハクチョウがいる。ヤナ場でサケを捕っている人たちがいる。

 11月の末近く、街の銀行へカネを下ろしに行った。帰りは夏井川の堤防経由でガソリンスタンドへ直行した。まだ午前10時台だ。県道へ出ると、ネギを積んだ軽トラが走っていた=写真。ネギの出荷が始まったようだ。

 ネギに関しては好き・嫌いがはっきりしている。「三春ネギ」を栽培しながら調べを続けているうちにそうなった。見た目のきれいさではない。甘い・やわらかい・香りが高い――がポイントだ。
 
 60歳を機に、同級生と始めた“海外修学旅行”でも、畑があればネギの有無、形態を観察してきた。台湾には、幅の広い高うねにしてまとめて栽培し、稲わらで畝を覆って白根をつくる「三星ネギ」があった。
 
 軽トラのネギはたぶん流通ルートに乗るものだろう。私が好むのは、それではない。直売所あたりで売っているネギだ。
 
 おととい(12月1日)、梅干しと漬物を買いに道の駅よつくら港へ行った。ネギもあったので、自分で栽培している三春ネギやいわき一本太ネギのつなぎと、味の確認のために買った。甘くてやわらかかった。ラベルに「ヒコファーム」とあった。以前、別の農家のネギも買って食べたことがある。やはり甘かった。道の駅は案外、穴場かもしれない。
 
 好みでいえば最高の阿久津曲がりネギも、そろそろ郡山資本のスーパーに並ぶはずだ。

2017年11月1日水曜日

サンマの刺し身

 いつもの魚屋さんへ行く。顔を出すなり「カツオはありません」。「何があるの?」「サンマにタコ、マグロですね」。刺し身の話だ。カツオの代わりにサンマの刺し身を頼む、タコも少々=写真。
 カツオのシーズンが終わったわけではあるまい。台風や悪天候で出漁できないときがある。水揚げがないだけで、年内はあと少し刺し身を口にすることができるはずだ。

 サンマの刺し身を食べるまでにしばらく時間がかかった。海水温が高いので、まだ北海道のはるか沖にとどまっている。消費者の口に入るまで時間がかかるので、刺し身にはできない――そんな話を聞いたのは9月初め。

 同じころ、いわきでサンマの刺し身による食中毒事故が起きた。行きつけの魚屋さんが「まだ刺し身にできない」といったのは、寄生虫のアニサキスによる食中毒が懸念されるからだった。

 アニサキスは、サンマの鮮度が落ちれば内臓から筋肉の方に移動する。刺し身にして食べると、今度はサンマの筋肉に潜り込んでいたアニサキスが人間の胃壁・腸壁に入り込んで吐き気・嘔吐などの食中毒をおこす、ということらしい。

 サンマは3年続きの不漁だという。地球温暖化、公海への他国の漁船の進出もある。後輩(現役記者)がフェイスブックにアクアマリン館長の話をアップしていた。産卵場所の激減が根本的な原因、サンマは漂流する海藻などに産卵する、暖流と寒流のぶつかるところに海藻が集まる、その漂流藻が少なくなっている――。なるほど、これも押さえておかないといけない見解だ。

 アクアマリンは世界で初めて、サンマの人工繁殖に成功した経験を持つ。その知見を踏まえたコメントには重みがある。

 サンマの刺し身を食べたあとに、少し生臭さが残るときがある。刺し身にできるほど鮮度がよくても、時間がたてば味が落ちるということだろう。つくりたてのサンマの刺し身にはそれがない。ほのかな甘みさえある。日曜日(10月29日)の刺し身がそうだった。
 
 行きつけの魚屋さんが、サンマを刺し身にするのに慎重なのは、先代の教えが大きいこともあるのではないか。「サンマは、生だと中毒するから」。よく先代がいっていた。そういえば、焼きサンマをまだ食べていない。

2017年10月4日水曜日

道の駅はスーパー代わり

 歩いて行ける小売店はコンビニだけ。そこで売ってない食料品などをまとめ買いするときには、車で草野のマルトへ行く。街へ出かけたときには、たまにイトーヨーカドーで買い物をすませる。
 少しドライブ気分を味わいたくなったら、道の駅よつくら港まで遠出する。といっても、自宅から8キロほど。15分もかからない。国道6号を横切って、海岸道路経由で行くときもある。目当てはだいたい梅干しだ。

 赤紫蘇と塩だけでつくった梅干し、いやカリカリの梅漬けが好きだ。おふくろの味だ。赤紫蘇のアントシアニンの色が美しかった。で、カリカリ漬けがあればそれを、なければ梅干しを買う。スーパーにはしかし、鮮やかな色の梅干しがめったにない。たいがいは紫蘇抜きの白梅干しで、かつお節風味の「かつお梅」、はちみつ入りの「はちみつ梅」が多い。
 
 れっきとした天然着色なのだが、鮮やかすぎて人工着色だと思う消費者が多いのか。それとも量が少なすぎて取り扱えないのか――そこはよくわからない。
 
 あるとき、別件で四倉へ行ったついでに道の駅「よつくら港」へ足を延ばした。じいさん・ばあさんでにぎわっていた。午前10時ごろだから、ご主人がまだ車を運転できる、奥さんもそれなりに体が動く――そういう人たちがスーパー代わりに日常の買い物をしているようだった。

 私たちも似たようなものだが、カミサンはそこからが長い。いろいろ見て回る。先日は「地中海風サラダ玉ネギ」と野菜のもみ漬けなどを買った=写真。
 
 道の駅ではローカルな食品が手に入る。「地中海風――」は南相馬市の企業が製造した。野菜などは産直形式らしい。生産者が直接運び込んでいた。梅干しは小川町の大平さんというばあさんがつくった。カリカリの甘梅漬けもある。こちらは晩酌のつまみにする。食べすぎるので、カミサンはいい顔をしない。今回は見送った。生産者の顔が見えるところが身近なスーパーとして機能している理由なのかもしれない。

2017年10月3日火曜日

「いわき昔野菜」がテレビに

「いわき昔野菜」が9月29日夜7時前、福島放送(KFB)の「食メキふくしま」で取り上げられた。5分の番組だったが、コンパクトにまとまっていた。
 昔野菜の伝承・生産と消費の拡大に力を入れている「いわき昔野菜保存会」副会長の農業川内一浩さん(錦)が出演した=写真。川内さんは広い畑でいろいろな昔野菜を栽培している。保存会の「種の管理人」のような存在でもある。

 私も保存会に所属している。ほかに、いわき地域学會、いわきキノコ同好会に入っている。地域学會はいわきの総合調査・研究が目的の市民団体だ。キノコ同好会や昔野菜保存会に加わったのは、まずは食欲。そして、いわきの自然と人間の関係を菌類、あるいは伝統野菜を介して知りたかったから。

 番組では、オカゴボウやジュウネン(エゴマ)、タカノツメなどが紹介された。ネギの畝も映った。千住ネギ系の「いわき一本太ネギ」だろうか。
 
 オカゴボウは渡辺町で栽培されている。もともとは好間町の先祖の家で栽培~採種されていたものだ。根元から30センチほどは、3~4センチの太さになる。比較的やわらかめの肉質で、甘みが強いのが特徴だという。大きくなったものは空洞化するが、それを生かして詰め物料理にする。もちろん、きんぴらや煮物もうまい。

 字幕になった川内さんの言葉。「伝統野菜は(形が)揃っていないのが多い」「色々な昔野菜の良さを知ってもらいたい」「“おふくろの味”や”ふるさとの味”まさしくそういうこと」。しめくくりは、保存会の仲間の共通認識でもある「昔野菜はいわき市の財産であり宝」だった。
 
 以下は昔野菜保存会メンバーとしてのPR――。川内さんの圃場は錦小と御宝殿熊野神社の近く、錦町鳥居西地内にある。10月15日(日)午前9時から、ジュウネンの収穫作業・収穫祭が開かれる。会員向けの畑ボランティア案内メールには、作業しやすい準備、軍手、鍬や鎌などの農具、水分補給用の水などを各自用意のこと、とあった。会員でなくても、見学を兼ねて出かけてみてはいかが。なにかの種をもらえるかも。

2017年9月28日木曜日

「カネはとれないです」

 日曜日(9月24日)の夕方、いつもの魚屋さんへ行くと、「きょうのはそれなりの味です」という。カツオの刺し身のことだ。食べられるが、味は落ちる――そう顔に書いてある。
 いつもの量(一筋=魚体の4分の1)を切って皿に盛り、新聞紙で包みながら、「カネはとれないです」という。前にも一度、そんなことがあった。

「カツオはさばいてみないとわからない」「きょうのはいいですよ」「吉田さんの分をとっておきました」。生のカツオが入荷する限りは、毎日曜日、刺し身を食べる。今年は早かった。小名浜に水揚げされる前から食べている。

 それなりの味ってどんな味? 晩酌をしながら、カツ刺し=写真=をつつく。なるほど。口に入れると少しねちゃっとして硬い。後味が悪い。赤い肌が電灯の光を反射して金緑色をしているのもある。鮮度が落ちている証拠だ。半分を残して食べるのをやめる。翌日、残りをカミサンがにんにく醤油にひたして油で揚げた。

 それなりの味に後退したわけは? 土曜日(23日=秋分の日)・日曜日と連休になった。通常の日曜日だと、朝にカツオが入る。連休でそれがなかった。一日長く冷蔵庫に入っていたので鮮度が落ちた、ということなのだろう。

 油で揚げたカツオは、いわば「ひたし揚げ」。『いわき市伝統郷土食調査報告書』(平成7年3月刊)によると、いわきのハマにはカツオの「焼きびたし」がある。こちらはまず、カツオの切り身を火で焼く。冷めたら、鍋に入れて沸騰させた醤油を冷ます。それに焼いた切り身をつける、というものだ。

 ハマでは「焼きびたし」、同じいわきでも内陸は「ひたし揚げ」と違いがある。極端な話、ハマの食文化エリアは狭い。

 調査報告書の冒頭に、ハマの人間にはサンマ・カツオ・マンボウなどの「料理はごく当たり前の普通の料理である。ところが、ほんの数キロしか離れていない地区に行くと、そんな料理は食べたことがないという例がたくさんあった」とある。伝統のハマ料理を一般化するには、ちょっと離れた内陸の視点が必要になる。
 
 おっと、忘れていた。カツ刺しをただでもらって帰るわけにはいかない。目の前にパック入りの干物があった。カミサンが名前を聞くと、ニクモチ(カレイの一種のミギガレイ)だという。値段は1000円。カツ刺しの翌朝、焼いて食べたらクセがない。焼き鳥のレバーのような食感も味わえた。うまかった。

2017年9月26日火曜日

三春ネギの味噌汁

 原発事故で三春ネギの栽培サイクルが狂った。
 三春ネギは秋に種をまく。夏井川渓谷の隠居の庭が2013年冬、全面除染された。その年、種まきを休んだ。1年後、種をまいたら発芽した。2年目の種の発芽率は悪い。それでも、芽生えたネギを初夏に定植した。
 
 種を切らすわけにはいかない――原発事故がおきたとき、意地でも栽培を続けると決めた。この6年は「食べる」より、「種を採る」ためだけの栽培だった。

 初夏に種を採って秋にまく。翌年、定植して秋に収穫する。数本残して越冬させる。その親ネギがネギ坊主(種)をつくるのは、採種から足かけ3年目の初夏だ。
 
 去年(2016年)は「筋まき」でも、「点まき」のようにややすき間をおいたのがよかったらしい。20年ほど栽培して初めて元気な苗ができた。
 
 鉛筆のように太いネギ苗は大きく育つ。線香のように細い苗は定植しても細いままだ。とはいえ、全部が全部育つわけではない。ネキリムシにちょんぎられる。雨が多いと根腐れをおこす。夏に天候不順が続いた。が、今年は浅く植えて高く土寄せをする方法に切り替えたので、なんとかもちこたえた。
 
 田村地方では、月遅れ盆のころ、斜めに植えなおして曲がりネギにする。渓谷の住民に聞けば、定植したまままっすぐに育てるという。それにならって斜め植え(やとい)はさぼった。
 
 おととい(9月25日)、追肥と土寄せをしたついでに、間引きを兼ねて4本を引っこ抜いた。震災、いや原発事故後初めて、「食べる」ためにネギを収穫した。10月8~9日には種をまく。苗床用のスペースも決めた。

 味蕾に記憶されているのは、ジャガイモとネギの味噌汁。きのう朝、それが出た=写真。市販のネギと違って、甘くやわらかい。やっとネギ栽培のサイクルが元に戻りつつある、という実感がわいた。

2017年9月21日木曜日

塩ゆで落花生

 3%の塩水でゆでるといい、といわれた。晩酌のつまみに塩ゆで落花生が出てきた=写真。殻を取ったピーナッツの硬さしか知らない人間には、枝豆のようなやわらかさが衝撃だった。ほくほくして、ほのかな塩味が効いている。 
 9月10日にいわき市平・本町通りで「三町目ジャンボリー」が開かれた。イタリア料理のスタンツァと同じブースで生木葉ファームの野菜、加茂農産のナメコが売られていた。ナメコを買い、勧められるままに生の落花生を買った。
 
 乾燥して硬い落花生は子どものころから口にしている。ピーナッツは酒のつまみの定番だ。しかし、生をゆでて食べるという発想はなかった。身近に栽培している人がいなかったのが大きい。

昔、小名浜で栽培されていたのは知っていた。いわき市南部で栽培されていることは、「いわき昔野菜」発掘調査のレポートで知った。
 
 いわき市が2012年3月に刊行した『いわき昔野菜図譜 其の弐』の巻頭言に、次のようなことを書いた。文中の「45年前」は「50年前」と読み替えてもらえるとありがたい。
 
「今はどうかわからないが、45年近く前、小名浜の友人宅で自家栽培の『落花生』を食べたことがある。藤原川下流域の沖積地に家があり、家の前には田畑が広がっていた。千葉産ではなく小名浜産であることに大変驚いた。図譜から田人と山田で栽培されていることを知る」

 小名浜の落花生は、塩ゆでではなかったように思う。硬い落花生だったので、つい本場の千葉と比較したのではなかったか。

 いわきの塩ゆで落花生を食べながら、カミサンに胸を張る。「殻が硬くて割れない」というので、簡単な割り方を教えた。殻の先っちょ(とがっている方)を筋に沿って親指と人さし指でつぶすように押す。すると、きれいに殻が二つに割れる。割れなくてもひびが入って割れやすくなる。実は、私も昔、仲間のだれかかに教えられたのだが。

 冬、あるいは正月、よく殻を割って落花生を食べた。今度の正月はいわきの落花生をポリポリもいいかな、なんて思っている。

2017年9月9日土曜日

トウガラシはまずまず

 8月中旬からトウガラシが赤く色づきはじめ、9月に入って収穫のピークを迎えた=写真。今年(2017年)は2株を植えた。
 キュウリも2株ずつ、2回に分けて植えた。いい具合につるが伸びてきたとき、1株の整枝に失敗した(根元で茎を切断)。それを補うのに、「夏キュウリ」のポット苗をふたつ植えた。

 7月。先に植えたキュウリが次々に実をつけた。同じころ、あちこちからキュウリが届いた。食べきれないので、糠漬けのほかに塩漬けにした。これからは夏キュウリだ、という段になって、天候不順が続いた。ほとんど収穫がないまま、葉がしおれて枯れた。

 ゆうべ(9月8日)、初めて古漬けを細かく切り、水に浸けて塩抜きをした。糠漬けとは違った、パリパリした歯ごたえ。懐かしい味だ。
 
 不作だったキュウリに比べると、トウガラシはまずまずだ。花が咲いてわかったのだが、小さく上向きに実を付けるタイプではない。次々に細く長く垂れ下がる。赤く色づいたのを収穫し、陰干しにした。形状からして、前に栽培してへきえきした激辛では、と思ったが、カミサンが料理に使ったのを口にすると、脳天に突き抜けるような辛さではなかった。
 
 激辛は用途が限られる。キュウリの塩漬けに風味と抗菌を兼ねて入れたら、キュウリからしみ出した水で指がヒリヒリした。キュウリも辛かった。飲み仲間に話すと、「鷹の爪(タカノツメ)ではなくて龍の爪(リュウノツメ)」とうまいことを言う。
 
 トウガラシは冬の白菜漬けのために栽培している。キュウリの塩漬け同様、風味と抗菌用だ。この夏はキュウリの塩漬けにも青トウガラシを入れた。この冬は、トウガラシに関しては心配がない――と書いて、もう冬のことを考える時期になったのだ、という感慨に襲われた。

2017年9月4日月曜日

台風とカツオ

 夏井川渓谷の隠居が年に一回、ミニ同級会の宿になる。隠居の名前にちなんで「無量庵の集い」と呼び習わしている。今年(2017年)はきょう(9月4日)開く。
 いわき市長選がきのう告示された。10日に投・開票される。そのため、「9月第一日曜開催」と決まっている地区の体育祭が前倒しされた。去年も市議選があって前倒しになった。

 9月3日開催の場合、雨で1週間順延になると、市長選の投票日と重なる。体育祭の会場は小学校の校庭、体育館は投票所――そんなことはできない。雨天順延も考えて、1週間早い8月27日の開催になった。

 そこへ、同級生から9月2~3日・無量庵の集い開催の打診があった。3日は雨天順延の体育祭の可能性あり、9月4~5日ならOK――ということで、今までにない月~火の開催になった。
 
 参加するのはいわき勢3人のほか、郡山、東京、神奈川の4人。曇雨天続きの夏だった。せめて乾いたふとんに寝てもらおう――快晴のきのう、隠居へ出かけてふとんその他の寝具を天日に干した=写真。
 
 今年は天日干しの寝具が最高の“ごちそう”だ。というのも、いわきのカツ刺し(カツオの刺し身)がきょうは手に入らないかもしれない。
 
 台風15号が太平洋を北上し、カツオ漁船が出漁を見合わせた。もしかしたら長崎県からカツオが入ってくるかも――と、行きつけの魚屋の若だんな。入荷しても、おろしてみないとわからない、という。「前に何度もカツ刺しを食べているメンバーでしょ、味が落ちたものを出しては……」。判断はプロに任せて、とりあえず刺し身の盛り合わせ大皿二つを頼んだ。
 
 これから細かい買い物をし、刺し身を受け取って、午後3時過ぎには隠居で仲間の到着を待つ。というわけで、あしたのブログは休みます。