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2017年12月29日金曜日

新芸術祭「百五〇年の孤独」①泉を歩く

 カオス*ラウンジ新芸術祭2017市街劇「百五〇年の孤独」と銘打った展覧会がきのう(12月28日)、いわき市泉地区の民家などを会場に始まった(年明け1月からは金・土・日・祝日の開催で、1月28日が最終日)。
 この展覧会を企画・演出した美術家・美術批評家黒瀬陽平さんによると――。ざっと150年前、明治政府は最初にして最大の宗教改革、「神仏分離令」を出す。その結果、泉藩内ではおよそ60あった寺院が「廃仏毀釈」によって姿を消した。これまでに復活したのはわずか2寺だけ。「泉は廃仏毀釈からの復興に『失敗』した」

「ぼくたちは一年間、泉の街を歩いてみた。かつて寺院だった場所を全てめぐり、その街並みや風景を見た」。なんと! “悉皆(しっかい)調査”をしたのだ。

 で、「わかったことは、かつての『復興の失敗』は、現在の街並みや風景にも、確かに影を落としている、ということだ。生者と死者の関係が変われば、街も変わる。150年の孤独のなかで、ゆっくりと変わっていく」。展覧会名はこの認識を踏まえたものだった。

 悉皆調査という基盤の上に、“まち歩き”(コミュニティツーリズム)の手法を取り入れて、各所に配された作品を見て回る。3年前、平地区で実施したのが始まりだが、私としては今回初めて全体像を頭に描くことができた。というのも、主催者の一人が旧知のE君で、「ぜひ見に来てください」というので、初日午前10時に第一会場へ出かけた。

 泉地区はJR泉駅の両側が区画整理をされて、いわき市内でも一番の人口集中地区に変貌した。「いや、人口爆発地区です」とE君はいう。泉地区は車で通り過ぎるか、たまに画廊を訪ねるくらいで、土地勘はまったくない(若いとき、友人の叔父宅へ友人と何度も飲みに押しかけたが、夜の訪問だったために場所を覚えていない)。

 少し遅れて地元在住のY君が第一会場へやって来た。偶然の顔合わせだ。ここは一緒に巡るのが一番。E君の案内で歩き始めると、「ここはこう、あそこはこう」と、E君とY君が即興でささやいてくれる。おかげで泉の150年前の“断片”が少しだが見えてきた。
 
 第一会場は駅の北側にあるzitti(ジッチ)=写真。震災前、何度か訪ねたことがある。「家主は?」と聞けば、居合わせた黒瀬さんが「川内です」という。川内・獏原人村のK氏が主催するイベントによく参加しているから、すぐピンときた。K氏がらみのフェイスブックにときどき写っている。村の真ん中にある旧保育所=「町分オルタナギャラリー」にでも行ったのだろう。

2017年10月21日土曜日

キジバトと子イノシシ

 おどかしてごめん、ごめん、ごめん――。そう舌頭で謝りながら、車で“スーパー林道”を駆け上り駆け下った。
 ところどころでキジバトがえさをついばんでいた。キジバトにとっては、突然、うなり声をあげて疾走してくる暴れ牛のような鉄のかたまりだ。両側の木の間にそれればいいものを、前へ前へとまっすぐ飛んでいく。その繰り返し。肝を冷やしたにちがいない。

 夏井川渓谷のいわき市小川町上小川字牛小川と、左岸の神楽山(かぐらやま=標高808メートル)の裾をまくようにして、同市川前町下桶売字荻(おぎ)を結ぶ広域基幹林道上高部線を、地元の人は半分皮肉を込めて“スーパー林道”と呼ぶ。幅員は5メートル、延長は14キロ。おととい(10月19日)朝、いわき市から川内村・上川内へ行くのに最短コースとして利用した。

 1カ月前の敬老の日(9月18日)にも、田村市常葉町にある実家からの帰り、都路―川内経由で“スーパー林道”を利用した。珍しく対向車両があった。人もいた。山の手入れが行われていた。

 具体的には「ふくしま森林再生(県営林)事業上高部地区」で、期間は10月31日まで。間伐などの森林整備と、放射性物質の動態に応じた表土流出防止柵などの対策を一体的に行う、と福島県のホームページにあった。

 すでに事業は完了していた。道端の草がきれいに刈り払われ、表土流出防止の柵(間伐材を利用)が設けられていた=写真。

 しかし、整備事業エリアを過ぎると、道がいきなり草で狭くなる。牛小川寄り、川前・外門(ともん)の集落に近づいたとき、道をすばやく横切る小動物がいた。ずんぐりした体形。子どものイノシシだった。3匹か4匹か、ちょっとはっきりしなかったが、曇雨天のうえに杉林の中なので薄暗い、こんなところには出るかもしれない――予想していたとおりになった。
 
 人間界と自然界が混然一体となった山里ならではのできごとだ。そういえば、朝、川内へ向かっているとき、ケータイが鳴った。若い元同僚からだった。いわき市の「好間でイノシシを捕ります、作家吉野せいの住んでいた家はどの辺でしたっけ?」「好間中学校への道を上がって、ちょっと行って左折したどんづまり、(夫・義也=三野混沌の)詩碑があるところ」。彼は現役の記者だが、最近、わな猟の免許を取った。師匠格の人と一緒に菊竹山中にわなを仕掛けるのだろうか。
 
 曇雨天だと、イノシシは昼も動きまわる? いや、原発震災以降、イノシシ猟が激減した。人間が避難した双葉郡内はすっかり野生の王国と化した。日中から動き回る習性を取り戻しただけなのかもしれない。