前回の続き。山村暮鳥の詩作の一端がうかがえるエピソードである。磐城平時代、暮鳥は目抜き通りの「十一屋洋物店」に通って大番頭さんとよく長話をした。店頭には種物を売るばあさんがいた。そのばあさんと話していたと思ったら、あとで詩に書いた。大番頭さんから詩を見せられた「十一屋」のお手伝いさんたちはふき出した。
『山村暮鳥全集』第1巻にそれらしい作品があった=写真。詩集『風は草木にささやいた』の冒頭、「穀物の種子」という題が付されている。
と或る町の
街角で
戸板の上に穀物の種子(たね)をならべて売つてゐる 老媼(ばあ)さんをみてきた
その晩、自分はゆめをみた
細い雨がしつとりふりだし
種子は一斉に青青と
芽をふき
ばあさんは顰め面(づら)をして
その路端に死んでゐた
詩も虚構と無縁ではない。その晩、ほんとうに夢を見たのか、夢の中でばあさんが死んでいたのか。そのへんは作品を際立たせるための暮鳥の虚構のような気がしてならない。お手伝いさんたちがふき出したのは、たぶん最後の2行。「暮鳥さんにばあさんが殺された」とでも言いながら、あきれたり、おかしがったりしたのではないか。
暮鳥は平で詩風をガラリと変えた。大地に根ざしたものになった。店頭の種売りばあさんは人間に大地の実りを約束する媒介者、暮鳥にとって興味をそそられる存在だったにちがいない。
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