詩人にして思想家・評論家、吉本隆明(1924~2012年)は、団塊の世代にとっては「知の巨人」だった。
詩集では「固有時との対話」「転移のための十篇」など。論考では「言語にとって美とはなにか」「共同幻想論」など。20歳前の若者には、難解ながらなんとかくらいついて読み解こうとする重要なテキストだった。
長い髪を切り、背広にネクタイ姿で社会に出るといつしか遠ざかり、時折、メディアに載る文章を読む程度になった。
ついには訃報に接して驚いたが、その前に海でおぼれて死にかけたという新聞記事を読んだ記憶がある。
娘が2人いて、長女は漫画家(ハルノ宵子)、次女は小説家(吉本ばなな)になった。
難解な思想に挑んだときからすでに半世紀以上。なにかの拍子に87歳で亡くなった「知の巨人」の晩年に触れて、ハルノ宵子の『隆明だもの』=写真=を図書館から借りて読んだ。
雲の上の詩人は、娘からみると「ただの老人」でしかなかった。体が衰えていくさまを時系列的に並べると、こんな感じだった。
「父は前年に西伊豆の海で溺れて死にかけ、それをきっかけに眼も脚も急激に悪くなっていった」(注=「前年」とは1996年のこと)
「2000年代前半、父の眼はいよいよ悪くなってきていた。『糖尿性網膜症』だ。(略)糖尿はそもそも毛細血管がボロボロなのだから、はるかに進行が早い」
詩人の「その兆候」も同じころに始まる。「ある深夜、父が書斎の机の前にゴロンと寝転がっていたので、真冬だったし『カゼひくよ、ちゃんと寝た方がいいよ』と声をかけると、『ああ……キミか、オレ今どこにいるのか分からないんだよ』と言う」
それが最初だった。海で溺れたのが72歳。「その兆候」があらわれたのは80歳になったあたりらしい。
老いれば体のあちこちに不具合が生じる。不具合は1人ひとり違う。「知の巨人」が糖尿病からくる不具合に苦しんでいたとは。
病気は病気を呼ぶのか、「足は糖尿病の血行障害で冷えるので、5本指ソックスに部屋履きの2枚重ねで過ごしていた」というあたりになると、だんだんこちらの防寒対策と重なってくるところがある。
老いを、本人は独特の言い回しで表現している。「老人はなにかというと、人間じゃない、『超人間』だと理解するんです。動物と比べると人間は反省する。動物は反射的に動く。人間はそうではない」(『老いの超え方』朝日新聞、2006年)
「超人間」という物言いは、いかにも「知の巨人」らしい。が、どう解釈すべきか迷う。「超人間」と言われても、老いてよれよれになった生身の人間の姿しか思い浮かばない。
ただ一つ、うなずいたのは「修練」についての言葉だ。「本当にいつでも机の前に座っている人は、別に特別な才能やひらめきがなくても、持続的にやっていると衰えないと思います」。老いはだれもがたどる道だが、この修練=持続には元気が出た。