8月25日は早朝、雲一つない青空だった。6時半に接骨院へ行くと、ラジオから天気予報が流れてきた。小名浜の最高気温は31度の予想だという。
沿岸部でそうなら、内陸の平では35度を超えるのではないか。きょうは「猛暑日」覚悟か――。実際、わが家の茶の間ではそうなった。
朝から風に熱がこもっていた。いつもとは違う。8月7日は立秋、23日は暑さが収まることを意味する処暑だったが、それはしかし暦の上の話だ。
今年(2026年)の夏は、暑いことは暑くてもゲンナリするほどではなかった。南向きの茶の間で、ガラス戸を開け、扇風機を回して仕事をしているのでわかる。
8月第2週後半から第4週後半まで、連日、かなりの量の「文字読み」をした。酷暑が続くと、体がボーッとしてきて「やってられない」状態になるのだが、今年はそれがなかった。
庭の「蝉時雨」も8月に入ると日増しに大きく、うるさくなった。処暑を過ぎても、それは変わらない。ただただ仕事に集中するだけ、である。
25日は、接骨院から帰ると「朝活」をすませ、10時過ぎには銀行と図書館へ出かけた。
カミサンも同行した。「暑いから台所には立ちたくない」というので、昼食用のサンドイッチなどを買って戻った。
とにかく暑い。暑くて「茶の間にはいられない」と思った。そう感じたのは今季初めてだ。
テレビのわきにあるデジタル時計を見ると、気温はとっくに30度を超えている。午後1時44分には、ついに「35.0度」になった=写真。暑さはその後も続き、夕方4時半にはピークの35.3度に達した。
福島地方気象台のデータでは、この日の小名浜は最高気温が30.8度、山田が33.8度だった。
「猛暑日」には蚊の活動が鈍くなるのか、蚊取り線香がなくても大丈夫だった。セミたちも同様、酷暑にゲンナリしたらしく、蝉時雨の音量はいつもの半分くらいだった。
この暑さの中、南相馬市に住む高専の後輩がやって来た。震災後、私たちも関係するシャプラニールが被災地支援に入り、いわきで交流スペース「ぶらっと」を運営した。そのとき、スタッフの1人として雇用され、知り合った。
店の一角に「かべや文庫」がある。そこで主にカミサンと近況を報告しあった。茶の間よりはしのぎやすい。そこでしばらく冷たい飲み物を口にしながら過ごした。
彼女が帰って茶の間に戻ると、また熱気に包まれた。晩酌を早めに始める。ポットには氷を入れた水。冷蔵庫から取り出したチーズはたちまち軟らかくなって、今にもとろけるのではないかと思われた。
それからほどなく、カミサンから声がかかる。「夕焼けがきれい!」。家の前に出ると、西空に幾重にも雲がたなびき、夕日を受けて赤く染まっていた。
酷暑の締めくくりは赤い夕焼け雲――。これだけで少し焼酎の量が増えた。翌日もまた「猛暑日」に迫る暑さだった。