土曜日はBSテレ東で映画「男はつらいよ」を見る。主人公の「寅さん」が全国各地を旅して回る。先日、映画を見ながらふと思った。「男はつらいよ」は「地元学」と結びついた物語ではないか。
地元学を提唱した結城登美雄さんが熱中症で亡くなった。80歳だった。訃報のあとに見たからかもしれない。
結城さんの名前を知ったのは東日本大震災前の2009年8月だった。『三澤勝衛著作集 風土の発見と創造 1地域個性と地域力の探求』『同 4暮らしと景観/三澤「風土学」私はこう読む』(農文協)の2冊が、いわき総合図書館の新着図書コーナーにあった。
「いやしくも川の工事をしようとするものは、まずそれをそこの川に訊き、山の工事をしようとするためにはそこの山に訊いて、その言葉に従ってするということが、いわゆる成功の捷径でありましょう」
この三澤の文章を民俗研究家の結城さんが紹介していた。夏井川の河川改修を見てきた人間には、傾聴に値する言葉だと思った。
私はいわき地域学會に所属している。いわきを総合的に調査・研究することを目的にした個人参加の集団で、「地域学」や「地元学」といわれる分野では老舗的な存在だろう。
それもあって、「地元学」の結城さんには親近感を抱いた。その結城さんが大震災後の2012年11月、いわきで講演した。
市主催のまちづくり・未来づくり講演会で、「『よい地域』であるために~地元学からの出発~」と題して話した。そのときの拙ブログを要約・再掲する。
――結城さんは東北の農山漁村を中心にフィールドワークを重ね、各地で地域おこし活動を行っている。宮城県の旧鳴子町(現大崎市)での「鳴子の米プロジェクト」では総合プロデューサーを務めた。
プロジェクトの過程で多彩なおむすびができる、おむすびを入れる漆塗りの器ができる、くず米を使ったパンができる、といったように、新しい仕事が生まれ、おカネが地域を循環する可能性がみえてきたという。
自然とともに生きる村にこそ可能性がある、未来がある。結城さんは鳴子のほかに、岩手県・旧山形村(現久慈市)の「バッタリー村」、沖縄や宮城県丸森町の「共同店」などの事例を紹介した――。
結城さんの訃報を知って、図書館の本をチェックしたら、『山に暮らす海に生きる――東北むら紀行』(無明舎出版、1998年)があった=写真。
すぐ借りて読み始めると、いわきでの講演でも紹介した「バッタリー村」が載っていた。「バッタリー村」の憲章がおもしろい。
「この村は与えられた自然立地を生かし この地に住むことに誇りを持ち ひとり一芸何かをつくり 都会の後を追い求めず 独自の生活文化を伝統の中から創出し 集落が共同と和の精神で 生活を高めようとする村である」
地元学の要諦は「ないものねだり」ではなく「あるもの探し」、その地に生きた先輩の声に耳を傾けて学び直そう、というところに共感した。合掌。