好間町榊小屋の好間川沿いに「ギャラリー木もれび」がある。オーナーの菊田清二さんは、平・祢宜町のセブンイレブンの経営者でもある(今は息子さんに代替わりしたようだ)。
ギャラリーオーナーとして知り合い、コンビニも経営していると知ったとき、店に初めて買い物に行った話をした。
当時、私らは平・下平窪に住んでいた。深夜まで営業する? 興味がわいて、子連れでコンビニをのぞいた。
その後、私たちは平・中神谷へ引っ越した。菊田さんも同じ小学校の学区内に住んでいて、奥さんの英子さんとカミサンがPTAつながりで知り合った。
私もやがて英子さんと「木もれび」や自宅近くの夏井川の堤防であいさつを交わすようになった。
5年前の令和3(2021)年師走、菊田さんが経営するコンビニのチラシが新聞に折り込まれた。
チラシには夫婦連名の「あいさつ文」が載った。「新しい小売業態としてのコンビニエンスの経営に飛び込んで45年になりました。(略)すぐそばにある便利なお店として、これからもお役に立っていきたいと思っています」
出会いの妙というか、偶然の「コンビニ探検」がやがてPTAとギャラリーを介してつながった。
それを踏まえて折り込みチラシの話をブログに書いた。以下の一部も同じブログに書き留めた。
――ギャラリーは、平成17(2005)年に菊田さん夫妻が開廊した。菊田さんの会社のホームページによると、社業は①コンビニ部門②自然エネルギー部門③不動産管理事業――とあって、4番目にギャラリー木もれびが紹介されている。
内容は「いわき市の芸術家の活動の場の無償提供、宣伝、広告とボランティア活動」、つまりは企業メセナ(見返りを求めない芸術文化支援)だ。
「木もれび」は、経済と文化(美術)を往還する菊田さんの思いをエンジンにして、ボランティアが運営を担っている。知人らがそのメンバーに加わっている――。
折り込みチラシは「夫婦連名」。このことが今思い返せば、いかにも菊田さんらしい。
菊田さんの人生の伴走者だった英子さんが令和5(2023)年師走に亡くなる。翌年、菊田さんは英子さんの追悼集『思い出すこと』を出した。さらに、それをベースに画文集を出版した=写真。
追悼集は英子さんの死後、英子さんを思い出してつづった文章を、菊田さんの知人が冊子にまとめた。
画文集は「木もれび」の運営にも携わっている元ギャラリー界隈オーナーの佐藤界さんが書と絵を担当した。
先日、菊田さんからこの冊子の恵贈にあずかった。不思議なことだが、菊田さんと顔を合わせると、いつもそばに英子さんがいるような気がしてならない。
菊田さんの脳裏に生き続けているのはもちろん、その思いがあふれてくるからだろう。
2冊の本を読んで、それが間違いではなかったことを確認した。これほど率直な「亡妻記」を読んだことがない。
0 件のコメント:
コメントを投稿