2026年5月2日土曜日

車が来るまで

                              
 「クルマガクルマデ」。あれっ、駄じゃれになっちゃったかな。自分で言って笑ってしまった。「車が来るまで『仕事』は休み」。そう言いたかったのだ。

 「仕事」とは毎月1日と15日の2回、行政嘱託員として区内会の役員さんと、担当する隣組の班長さんに回覧資料を届ける作業のことだ。

わが行政区には隣組が30あって、およそ290世帯が加入している。5月1日は朝から雨の予報だった(その通りになった)。

雨の中を配りたくはない。で、前日の4月30日朝、一日早く回覧資料を紙袋に振り分け、役員さんが担当する分をポリ袋に詰めて、いつものように車で出かけた。

 行政区内には3~4階建ての集合住宅が8棟ある。前はそこに2~3人、区の役員がいたが、今はゼロ。周囲の戸建て住宅の役員さんが分担してカバーしている。

 配達はまず、私が担当している集合住宅の3カ所から始まる。住宅に設けられているごみ集積所のそばに車を止め、1階の郵便受けに紙袋を差し込んだあと、戻って車のエンジンをかけようとしたら……。

表示盤は点灯したが、車はまったく動かない。バックに切り替えても同じだ。燃料は満タンにしたばかりだから、バッテリーか?

その場からすぐ個人事業主でもあるディーラーに電話をかけた。運よく会社にいて、事情を説明するとすぐ駆けつけてくれた。

車の症状を見て「やはりバッテリーらしい」という。ディーラーは、乗ってきた車を代車として残し、携帯した機器を使って私の車のエンジンをかけ、バッテリー交換のために会社へ運転していった。

代車での配達は心もとない。いったん家に戻り、自分の車が戻って来るまで、家で待機することにした。そのとき、カミサンに言ったのが「クルマガクルマデ(車が来るまで)」だった。

結果はやはりバッテリーだった。故障からざっと5時間後、車がきれいになって戻ってきた=写真。

それまで配達は中断したままだ。休んでいるところへ、当日の4月30日付でコピーされた回覧資料が届いた。

建前は5月1日配布とはいえ、朝から雨の予報だから一日早く動いたのだが、いくらなんでも30日の持ち込みはギリギリすぎないか。

しかたない、配達できずに持ち帰った回覧袋にこれを追加し、すでに配布した3カ所には別袋でまた届けることにした。

配達を始めるとすぐのトラブルで、未配達の隣組がほとんどだったので対応できたが、配達が終わったあとだったら、資料は15日回しにするしかなかった。

ギリギリになって届いた資料を見ると、5月初旬の行事予定が入っていた。やはり今回配らないと「あとの祭り」になる。

回覧を頼む側は、せめて配達日の2日前(5月1日なら4月29日)までに資料を届けてくれないと困る。下準備が1回で終わらずに、二重になる。

車のトラブルといい、ギリギリの資料持ち込みといい、今回はおつりがくるほど心がざわついた。

2026年5月1日金曜日

笑点とピタゴラスイッチ

                               
 日曜日の夕方は茶の間の座卓に皿(生カツオの刺し身)と茶わん(焼酎)、ポット(お湯)が並ぶ。

 刺し身をつついては焼酎、次いでお湯を口に含む。一瞬、焼酎の生(き)を楽しんでから、のどの奥でお湯割りにする。

 座卓の先にはテレビがある。5時半になると「笑点」を見る。大相撲のときは、「笑点」の後半の「大喜利(おおぎり)」の時間にNHKから4チャンに切り替える。

 「笑点」は昭和41(1966)年5月にスタートした。今年(2026年)で放送開始60年である。

 いわき市もまた同じ年の10月1日に14市町村が合併して誕生した。今年、市制施行60年である。

同じ60年ということで、なにかつながれば面白い――。これはしかし、単なる外野の思い付きにすぎないが。

ついでにいえば、いわき市立草野心平記念文学館で開かれている企画展「草野心平と川内村」は、心平ゆかりの天山文庫設立60周年を記念したものである。

大喜利の話に戻る。番組開始から60年というのは長寿も長寿、大長寿番組だ。人気のひけつは「大いなるマンネリズム」だそうだ。

司会者(落語家)が「お題」を出し、常連メンバーの6人(やはり落語家)がトンチを利かした答えを披露する。

やりとりはパターン化されているが、実にさまざまなお題があるから、毎回新鮮であきがこない。

 「よい答え」も「悪い答え」も、それなりに凝り固まった頭をほぐしてくれる。脳みそのマッサージ効果が大喜利の最大の魅力といってよい。

マッサージ効果という点では、Eテレのピタゴラスイッチ=写真=もなかなかのものだ。「ピタゴラ装置」にはいつもびっくりする。

文房具やトイレットペーパーの芯、ビー玉……。なんでもいい、家に普通にあるようなものを組み合わせて、球がころころ転がっていく流れをつくる。

こちらは平日の晩酌の時間によく見る。ニュース番組の合間にチャンネルを合わせ、夫婦でいつも感心する。よく考えつくものだ。

 6年前、94歳で亡くなった安野光雅さんも遊び心に満ちていた。自著のタイトル『語前語後』は、「午前午後」をもじったものだろう。

その中にピタゴラスイッチについて書いた文章がある。「ある日、テレビを見ていて、すごくおもしろい番組に出会った。忘れないために書き留めたが、『ピタゴラスイッチ』というもので、以前評判になった『セサミ・ストリート』よりうんといい、とわたしは思う」

森毅編著『キノコの不思議――「大地の贈り物」を100%楽しむ法』でも、安野さんは遊び心を発揮した。

毒キノコのワライタケにひっかけて、「ナキタケ」を創案した。ワライタケがあるならナキタケがあってもいい――そんな対語的発想、遊び心で存在しないキノコを生み出したのだろう。

車のハンドルに必要なのは「遊び」。笑点もピタゴラスイッチもこの「遊び心」を刺激する番組ではある。