朝に限らない。その日初めて車のエンジンをかけると、女性の音声で「きょうは○月○日です/○○の日です」とささやく。
耳が遠くなったせいもあって、エンジン音にまぎれてほとんど聞き取れない。6月10日もそうだった。
あとで新聞を読みながら思い出した。6月10日は「時の記念日」ではないか。私がいわき民報の記者をしていたころは、前日の9日に時計店の広告が載ったり、当日に記事が掲載されたりした。
今はそんなことはないらしい。10日はどのメディアにも時の記念日を伝えるものはなかった。
ネットで6月10日をチェックすると、あれれ、となった。時の記念日のほかにいろんな記念日が出てきた。
「歩行者天国の日」「商工会の日」「路面電車の日」「ミルクキャラメルの日」でもあるという。
語呂合わせももちろんある。「無糖茶飲料の日」は「6=む」「10=とう」で「無糖」。お茶の伊藤園が制定した。
緑豆(りょくとう)再発見委員会がつくった「緑豆の日」も、「6≒りょく」「10=とう」で「緑豆」だという。
忌日としては文人大町桂月、建築家アントニ・ガウディ、作曲家吉田正など。誕生日では絵本作家モーリス・センダック、プロ野球の日本シリーズで巨人を相手に大逆転劇を演じた西鉄の「鉄腕」稲生和久などがいる。
大町桂月は、いわきでは夏井川渓谷の「籠場の滝」そばに立つ歌碑(「散り果てゝ枯木ばかりと思ひしを日入りて見ゆる谷のもみぢ葉」)で知られる。
ガウディは今も建設中のサグラダ・ファミリア教会(スペイン)が有名だ。10日に主塔の「イエスの塔」が完成し、ローマ教皇が出席して完成記念式典が開かれた。
たまたま「時の記念日」から発して「きょうは何の日」を検索し、ガウディの仕事に触れた日の夕方、サグラダ・ファミリアのニュースに接した。没後100年に合わせた行事だったという。こんな偶然もあるのだ。
さて、私は、腕時計は持っていない。壊れたのをきっかけに、腕にはめるのをやめた。携帯電話(今はスマホ)を見れば、時間がわかる。それがひとつ。
もうひとつはこの30年余、日曜日に夏井川渓谷の隠居で過ごしていることが大きい。
人間の決めた時間ではなく、自然の移り行きに身をまかせたい。そんな思いが強くなった。時間はひとつではないのだ。
自然の世界はそこに生きるものたちが、そこにある環境に合わせて自分の時間を生きている。
動物の時間、植物の時間……。冬に眠る木々もあれば、冬に姿を見せるキノコもある。昼間、動き回るもの、夜間に動き回るもの……。種によって時間は異なる。
家にこもっている分には、茶の間にある電波時計=写真=で事足りる。それに、と思う。現役のころは締め切りに追われたが、今は締め切りを追うくらいに自分の時間がある。
朝活でブログの原稿を仕上げる。会議や行事がなければ、あとは自分の時間だ。腕時計から解放された分、気持ちがおおらかになったような気がする。