作者は有吉佐和子。没後40年を過ぎて、なぜ今? 文春文庫の『青い壺』新装版=写真=が大変な売れ行きだという。
一度絶版されたが若い編集者によって「再発見」され、2011年に復刊されると発行部数を伸ばし続けている。
本の帯には発行部数が累計60万部超、1カ月前の新聞広告には80万部、さらに9月1日の広告では累計85万部突破とあった。それだけではない。この本がわが家にある。なぜウチに?
カミサンの知り合いが「読んだから」と置いていったのだそうだ。かなりのおトシだが読書好きで、娘さんが話題の本を選んでは届けるらしい。
本の帯や解説、ネットの情報を加えて、新装版が出るまでの経緯を頭に入れる。これはもう奇跡に近い。
中身は――。12世紀初頭の中国は南宋浙江省の龍泉窯で焼かれた青磁の経管(きょうかん)――と、美術評論家が太鼓判を押す。
国宝級の「名品」だが、実際は日本の無名の陶芸家がつくった「青い壺」にすぎなかった。
それがいろんな人間の間を巡り、海外にも渡り、日本に戻って来る。最後は作者本人が、「名作」と絶賛する評論家に「私がつくった」と告げて終わる。が、信じてはもらえない。
青い壺の数奇な運命に、さまざまな人間模様が重なる。物語そのものは13話の短編連作だが、青い壺を主役と考えると長編小説ともとれる。
確かに面白い。小説を読む楽しさをたっぷり味わった。同時に、「永仁の壺」事件を思い出した。
松本清張『任務――松本清張未刊行短編集』(中央公論新社、2022年)にこの事件を取り上げた「秘壺」がある。拙ブログから抜粋・引用する。
――国の重要文化財に指定され、やがて人間国宝の陶芸家加藤唐九郎が「自分がつくった」と告白し、指定が解除された「永仁の壺」事件をモデルにしている。
指定を推薦した文部技官や、疑惑を追いかける新聞社の学芸部員、偽物をつくったとされる陶芸家などが登場する。
解説によると、「秘壺」が発表されたのは、贋作の疑いが濃厚だったものの、まだ決定的とはいえない段階のころだった。
唐九郎が、自分が作った贋作だと告白するのはそのあとで、やがて事件は国の重文指定解除、文部技官の引責辞任という形で決着する――。
有吉佐和子は知っていたのかどうか。事件が発覚するのは1960(昭和35)年。『青い壺』が文藝春秋に連載されるのは1977(昭和52)年だから、当然知ってはいた。としても、それを感じさせない筆力、構成力はさすがというほかない。
いつの世も変わらない人間模様。物語自体も、終わりが始まりへと接続する。つまりは円環。繰り返し。
長い年月を経て、再びこれほどまでに受け入れられる過去の作品(本)はあっただろうか。やはり、売れ行きからしても奇跡というほかない。