2025年9月18日木曜日

防犯カメラ

                                 
   警察が傷害事件や殺人事件の容疑者を取り調べると、怨恨、憎悪、嫉妬などといった動機が浮かび上がってくる――。世の中が移り変わっても人間の心理はそう変わらない。

ところが、動機のよくわからない犯罪もまた起きる。最近の例では、マンションのエレベーター内で女性を刺殺した神戸の事件がそうだ。

女性が、たまたま容疑者の目に止まり、あとを付けられた。女性は、容疑者とは全く面識もない。「人を刺したい」、あるいは「人を殺したい」というための尾行だったのか。

たとえ動機があったとしても許されるものではない。が、それとは全く無縁の身勝手な、動機とも言えない動機でコトに及んだとしたら……。被害者は気の毒というか、無念というか、言葉もない。遺族の気持ちもそうだろう。

容疑者は広域を移動していた。その足取りが、街にある防犯カメラの映像をつないでいく「リレー捜査」で解明され、スピード逮捕された。

翻って、わが近所はどうか。金融機関やコンビニだけでなく、商店にも防犯カメラが取り付けられている。それで先日、傷害事件が早期解決をした。車も「走る防犯カメラ」になる。

6月には、いわき市が自治会を対象に、防犯に関すアンケート調査を実施した=写真。

市は防犯カメラ設置のための支援モデル事業を展開している。設置の有無や設置希望の有無、防犯灯などについて意見を聞いた。

「防犯カメラに見られている」。この認識が浸透すれば、犯罪は抑止される。犯罪抑止と事件が起きたときの迅速解決には防犯カメラが有効、というのは確かにあるだろう。

しかし一方で、プライバシーの保護や設置・維持コストの問題がある。通りにある金融機関などの設置状況を勘案すると、わが地区はとりあえず現状の防犯灯で対応できる、とみていいのではないか。

防犯カメラが必要なのはむしろ中山間地である。3年前、夏井川渓谷の隠居と道路の境に設けた柵が壊された。車の「当て逃げ」だったので、警察に連絡した。

警察が捜査を始め、現場検証をしたあとのやりとり。 「ここらへんで防犯カメラがあるところ、というと?」「市の川前支所にあるかどうか」

防犯カメラがあれば捜査がしやすい。なくても、必ず事故を起こした車を突き止める、時間はかかるかもしれないが――というので、安心して結果を待った。

それから3週間、車両が特定された。渓谷の住人を介して、運転していた人間から謝罪の電話が入った。「イノシシが急に現れてハンドルを切ったら、柵にぶつかった。すぐ家を訪ねたが、空き家だった」

渓谷の場合、県道沿いに小集落が点在する。地元の負担も大変だが、それぞれの集落に防犯カメラがあれば、事件・事故の早期解決が期待できる。「当て逃げ」事故以来、そんな思いが頭から消えない。

2025年9月17日水曜日

ふっつぇ大根の芽生え

                                         
 8月の日曜日は、3日と24日しか夏井川渓谷の隠居へ行けなかった。そのことは前に書いた。

 いつもの年だと、月遅れ盆明けの日曜日(今年は17日)には、辛み大根が若葉を広げているのを確認する。

 8月に入ると同時に双葉が現れるのだが、その時点ではほかの草にまぎれていてよくわからない。で、確認はいつも盆明けになる。

 17日に行けなかった分、24日は真っ先に芽生えの有無を確認した。草に遮られながらも、あちこちで新しい命が生まれていた。

 31日は地区の市民体育祭があって、やはり隠居へは行けなかった。次の日曜日(9月7日)、ここはちゃんと辛み大根と向き合おう――そう思い定めて、早朝7時に市長選の投票をすませて隠居へ直行した。

 隠居に着くとすぐ、辛み大根の様子を確かめた。いい具合にそのあたりだけシダレザクラが影をつくっている。キャリアカーに座り、三角のねじり鎌を使って辛み大根の新芽の周りの草を引っこ抜いた。

 メヒシバ、スベリヒユ。それから名前のよくわからない草たち。これらを引っこ抜くと、黒い虫(カブラハバチ)に食われてボロボロになった若葉が、あっちにもこっちにも現れた=写真。

 痛めつけられてはいるが、これで光をいっぱい浴びられる。頃合いをみて肥料をやる。それで冬にはずんぐりむっくりの辛い大根になるはずだ。

 食べても硬いだけだから、おろし専用である。そのほかに一つ。今年(2025年)初夏に開かれたいわき昔野菜保存会の総会・交流会で、「絹さや」同様、「さや大根」(未熟な果実)が食材になることを知った。

 今年はそのさやも収穫し、何度かゆでて食べた。それほどうまいものではないが、さやが始末に負えないほど生(な)るので、さや減らしにはうってつけだ。

 さて、これはさや大根について書いたブログの余波のようなものだ。昔野菜保存会の事務局に、「バナナマンの早起きせっかくグルメ‼」の番組スタッフから問い合わせがあったそうだ。

秋にもさや大根を収穫しているのかどうか――さや大根を教えてくれた会の仲間に聞くと、収穫するのは春だけ、ということだった。私のブログを読んで問い合わせがきたようだ――と事務局から知らせが届いた。

 私がブログで触れたのは、こんなことだった。「大根は地中で長く肥大した根を食べる。秋まきなら冬、春まきなら夏と、年に2回は栽培・収穫できる」

 なら秋にも「さや大根」が……となったのだろう。確かに、春まきをやれば秋にもさや大根が収穫できるはずだ。

ただ、私の周りではさや大根を食べる習慣がない。ましてや、秋のさや大根はそうだろう。

わが隠居の辛み大根もまた、冬のおろし大根と来春のさや大根のために不耕起で育つのを見守っている。

2025年9月16日火曜日

新聞記者の執念

                                           
   オールドメディア(新聞)でメシを食ってきたためだけではない。小学校高学年のころから、新聞を読むのが好きだった。

実家は阿武隈の山里の床屋。日中は客のために、店に新聞を置いていた。客がいなくなった午後遅く、学校から帰るとよく店で新聞を読んだ。

ニュースだけではない。連載小説も愛読した。子どもだから読めない漢字もある。それでも何とか読み方を想像して先に進む。

現場から離れた今は一読者に戻って、毎日、活字の海をサーフィンする。よく言われることだが、新聞の特徴は種々雑多なニュース(情報)が何ページにもわたって、ページごとに「一覧」として表示されることだ。

なかでも注意して見るのは大きな見出しではなく、主に左隅っこにある「ジャミ記事」。「竜頭蛇尾」でいうと、各ページのトップは「竜頭」で、これは自然に目に入る。「蛇尾」は小さくて、意識して読まないと見過ごしてしまいがちだ。

そうやって右上から左下へ視線を移している途中、縦に長い囲み記事が目に入った。9月5日のことである。

県紙に載った「サンパウロ共同」発の記事で、見出しは「不動産広告に80年不明の絵画/ナチス略奪 南米で発見」、そして額縁に入った婦人の肖像画のカラー写真が添えられていた。

カミサンが新聞を読んだあと、そこだけ切り抜いて折り込みチラシの一種「お悔み情報」の裏に張り、手元に残しておくことにした=写真。

記事の概略はこうだ。第2次世界大戦中、ナチス・ドイツがオランダで略奪した絵画作品のうち、1点がアルゼンチン東部のマルデルプラタで見つかった。

イタリアの画家ギスランディが17~18世紀に描いた女性の肖像画で、オランダのユダヤ人美術商が所有していたものだった。

翌日の全国紙の記事も加味すると、ナチスの元高官は大戦後、アルゼンチンに逃亡し、マルデルプラタに住んだ。

その家が遺族によって売りに出され、不動産業者がネットに広告写真を掲載した。すると長年、この高官の過去を追い続けていたオランダの新聞記者が、部屋を紹介する写真の中に略奪された絵画作品が写り込んでいることに気づいた。

共同電からは、本人が記事にしたかどうかはわからない。が、略奪絵画の発見をオランダの地元紙(つまりはこの新聞社に記者が所属?)が取り上げ、アルゼンチンの警察が動いた。

しかし、家宅捜索をしたときには発見されず、後日、遺族が弁護士を通じて絵画を当局に引き渡した、というものだった。

新聞記者は、ふだんはニュース取材に追われている。ナチスが略奪した絵画や高官の過去は、いわば記者のライフワークと結びついたもので、アフターファイブの取材対象だったに違いない。その問題意識が略奪絵画の発見につながった。

新聞の一覧性の面白さ、新聞記者の執念。久しぶりに血=知が騒いだ。ついでながら、画家ギスランディとは……。新たな興味がわいてきた。

2025年9月13日土曜日

家電のホームドクター

                                 
    わが家のテレビはこの14年でいうと3台目だ。東日本大震災の直前と2016年、そして2022年に取り換えている。

そのテレビがおかしくなった。一日に何回も画像が止まり、音声が途切れて、画面が暗くなる。

同時に、「BCASカードとのアクセスが成立しません カードを抜き差ししても直らない場合はカスタマーセンターに連絡してください」という文字が現れる。

カミサンの親友の家が震災で解体されることになり、「欲しいものはどうぞ」というので、洗濯機や食器などとともに引き取ったテレビだ。よく持ったというべきだろう。

「家電のホームドクター」がいる。やはりカミサンの同級生で、前の取り換え時にも世話になった。今度も連絡して来てもらった。

テレビは2006年製。使っていたのは震災までの5年間。そのあとはわが家で眠っていたから、使用期間は実質8年というところか。2007年に開局したBS11イレブンは、当然見られない。

前も中古だった。3台目も古かった。5年持つかどうか――。3年前の春に書いたとおりに早く寿命が尽きた。そのときのブログを再構成する。

【2011年3月初旬】新しいテレビがわが家にやってきた。前のテレビがダメになった。修理が可能なら直して。しかし、新品より高いなら買い替える。

で、買い替えたとたん、大地震がやってきた。台所の食器棚から皿などが落下してガチャガチャ激しく音を立てた。

庭に飛びだして、いったん揺れが収まったところで家の中に戻ると、テレビが台から落下し、ノートパソコンが飛んでいた。そのあと、テレビが伝える大津波の映像に息をのんだ。

【2018年10月中旬】テレビがダメになって、「家電のホームドクター」から中古のテレビを手に入れたのが2016年ごろ。

そのテレビがおかしくなった。人間の顔が土気色だ。画面も全体に青っぽい。リモコンで調整しても変わらない。

量販店だと通りいっぺんの対応に終始し、結局は買い替えとなったのだろうが、ここはホームドクターががんばった。

メーカーのサービス部門の人が来て、テレビのカバーをはずし、本体を取り換えた。カバーをしてスイッチを入れると、人間の顔に生気が戻っていた。正常な色が復活した。

【2022年4月初旬】テレビの色がだんだん悪くなる。いよいよ更新時期か。買い替える前に、11年前に引き取ったテレビが映るかどうか確かめることにした。

ホームドクターがやって来てカードを差し込み、コードをつなぐと鮮明な画像が現れた。買い替えないですんだ。

――そして2025年の9月11日、ホームドクター経由で4台目が来た=写真。今回は手ごろな中古がないので新品にした。

家計的にはきついが、BS11イレブンが見られる。エンタメを見る楽しみが増えた。老夫婦にはやはりオールドメディアのテレビが欠かせない。

2025年9月12日金曜日

お笑いタレントの本

 「これ、おもしろかったよ」。カミサンが移動図書館から借りた本を差し出した。著者は若林正恭。「聞いたことないなぁ」。内心いぶかりながら手に取る。

 本のタイトルが変わっている。『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』(KADOKAWA、2018年7版)=写真。

 口絵写真をめくっていたら、テレビでおなじみの顔が現れた。お笑いコンビ「オードリー」のツッコミ役ではないか。

 相方は春日俊彰。髪型は八二分け、服装は半そでのワイシャツにピンクのベスト、そしてネクタイと、窮屈なくらいにきちっとしている。

 それに比べたら若林正恭は、見た目は地味だ。が、テレビ番組ではMCを務めることが多いようだ。

 ちなみに、MCとは「メイン・キャスター」とばかり思っていたが、バラエティー番組の場合は「マスター・オブ・セレモニー」(進行役)の略らしい。

 お笑いタレントが書いた本である。同じお笑いタレントの又吉直樹は小説『花火』で芥川賞を受賞した。

矢部太郎は、漫画の『大家さんと僕』がベストセラーになり、手塚治虫文化賞短編賞を受賞した。

彼の『マンガぼけ日和』(かんき出版、2023年)は、やはり移動図書館~カミサン経由で読んだ。認知症のことを、英語では「ロンググッドバイ」という。このくだりが特に印象に残っている。

さて、本業からすれば余技。余技でも作家や漫画家として高い評価を得ているので、どちらも本業といってもいいくらい、最近のお笑いタレントは、二足も三足もわらじをはいている。

若林正恭もそうだったのか。とはいえ、読んでみないことにはわからない。パラパラやり始めると、目に飛び込んできたフレーズがある。

アラフォーだというのにニュース番組が理解できない。で、東大の大学院生を家庭教師に雇う。その彼に経済や歴史、社会について感じた疑問をぶつける。

バブル崩壊以後、終身雇用や年功序列が前近代的なものになる。それに代わって、成果主義の時代がやってくる。その象徴が「新自由主義」だ。

「新自由主義に向いてる奴って、競争に勝ちまくって金を稼ぎまくりたい奴だけだよね?」

というところまで思いが至り、ではこのシステム以と無縁の国はどこか、しかも陽気な国は――となって、がぜんキューバに興味を持つ。

ある年、夏休みが5日間取れることがわかった。すると、念願のキューバ旅行を思い立ち、スマホひとつで航空券とホテルを予約する。

そんな問題意識から訪れたキューバ紀行エッセーだ。内容は省略するが、本のタイトルも新自由主義をキーワードにすると、「なるほど」となる。

「表参道のセレブ犬」は勝ち組、キューバの「カバーニャ要塞の野良犬」はそれを超越した自由な魂といったところか。

    同じタイトルの本が文春文庫にもある。こちらは、キューバのあと、やはり一人で訪れたモンゴルとアイスランドの旅行記を収録している。これも図書館から借りて読んでいる。 

2025年9月11日木曜日

1カ月ぶりの「エリー」

                                
   9月7日の日曜日はいわき市長選の投開票日だった。朝7時には投票所(地元の小学校体育館)へ出向き、5番乗り(カミサンは4番乗り)で投票を済ませたあと、夏井川渓谷の隠居へ直行した。

 途中、稲刈りの終わった田んぼがあった。雨まじりの風で稲穂がなぎ倒された田んぼも目に付いた。

 8月31日の日曜日は地区の市民体育祭が開かれ、隠居へは行けなかった。その前の日曜日10、17日は、カミサンの足の具合がイマイチだったので、やはり行くのを断念した。8月は、つまりは3日と24日の2回しか行っていない。

小川町三島の夏井川に残留したコハクチョウ(えさをやっている「白鳥おばさん」は「エリー」と名付けた)は、どうしているだろう。

 というのは、3日にはいたが24日には姿を見なかったからだ。行きも帰りもいなかったのは、この春に残留してから初めてだ。

 このまま姿を見せないとしたら、どこか下流へ流されたか。あるいは獣に……。前の「エレン」の場合は、大水のあとに下流で見つかっている。

 今年(2025年)はカラ梅雨以降、9月に入っても酷暑が収まらない。そのため、隠居へは早朝に出かける。9時前後の二番列車が通過するころには、土いじりを終えて隠居で休む。

 そして、昼前にはマチへ戻る。どこかで昼食をとることもあるが、たいていはサンドイッチなどを買って帰宅する。

 7日もそうやって平地へ下ると、三島の夏井川の浅瀬に白いかたまりが見えた。縦に長いサギではない。ごみ袋でもなさそうだ。とすると、朝はいなかったエリーか。

車を止めてガードレール際からパチリとやり、撮影データを拡大すると、そうだった=写真。大水にも流されずに生きていた。

三島のハクチョウたちは、3月後半にはあらかた北へ帰る。それが1羽、4月中旬になっても残留している。日曜日に通るたびに、浅瀬を歩いていたり、河原に上がって休んでいたり……。それで飛べずにとどまったハクチョウだとわかった。

「ダウンジャケット」を着たまま、日本の蒸し暑い夏を過ごさなければならないのだぞ、おい。姿を見るたびに心配が募った。

 それに、真夏は日差しを遮ってくれるはずの岸辺の竹林も、河川改修工事で消えた。あることはあるが、水辺からは遠い

 日曜日ごとの定点観測が8月は崩れた。カミサンの体調、地域の行事、そして異常な暑さ。7月も、20日は参院選の投・開票が行われ、地元の投票所の管理者になったために、隠居へは行けなかった。

それもあって、エリーへの思いがいつもより過剰になっていたらしい。1カ月ぶりに姿を見たときには心底ホッとした。

仲間がやって来るまであと1カ月。それまでなんとかがんばれよ。念力で言葉を送りながら車に戻った。

2025年9月10日水曜日

シン・習慣

                               
   この1カ月ほど、朝食が1時間ほど早まって6時過ぎになった。カミサンが早朝に対応してくれる接骨院へ行くためだ。併せてこまごまとした家事も一部引き受けることになった。

腰痛を抱えているカミサンがある日、足にしびれと痛みがあるといって、起き上がれなかった。指示に従って家事の一部を代行した。

今は前のように動いているが、ビフォー・アフターでいえば、あれもこれもおまかせ、というわけにはいかなくなった。

早朝を中心に新しい家事が増えた。「シン・ゴジラ」にならって、「シン・習慣」なんて言ってみる。前からの習慣に、ごみ出しや買い物、ネコのエサやりなどが加わったのだ。

月曜日早朝、家の前のごみ集積所にごみネットを出すことから1週間が始まる。これは長年のルーティンだ。

わが地区では月・木曜日が「可燃ごみ」を出す日で、それ以外に隔週の火曜日は「缶・ビン・ペットボトル」、水曜日は「容器包装プラスチック」などと決まっている。

そのため月~木曜日は、ごみネットを歩道に出したままにしておく。木曜日に収集車が来たあと、カミサンがネットを取り込む。

週末も出しっぱなしにしておくと、違反ごみを置かれることがある。生ごみを出された日には、すぐカラスがかぎつけ、袋を破って食い散らかす。

後始末をするのはごみネットを管理している私とカミサン。ごみネットがなければ、「ポイ置き」にはブレーキがかかるはず。金~日曜日は「ごみ回収はなし」というサインでもある。

で、ごみネットは私、ごみ出しはカミサン――だったが、今はネットも、ごみ出しも――に変わった。

すると、生け垣に巻きついたアサガオが咲いているのに気づく=写真。シン・習慣のおかげで家の周りをウロチョロする時間が増えたからだ。

朝晩、交代で「さくらネコ」のゴンとシロにえさをやる。昼は毎日ではないが、近所のコンビニからサンドイッチと飲み物を買って来る。

朝一番でカミサンを接骨院へ送ったあとは、ガラス戸の内側に立て掛けてあるカーテン代わりの発泡プラスチック断熱材を片付けて店を開ける。

それが終わると7時になる。あとはテレビをつけながら、パソコンを開いてキーボードを打ち続け、調子が良いと9時までには翌日のブログを仕上げる。

7時半にはBSプレミアムにチャンネルを変えて、30分ほど早く朝ドラの「あんぱん」を見る。

というのは、接骨院でマッサージを終えたカミサンから連絡が入って、迎えに行くのが地デジの朝ドラの時間帯だからだ。

連絡なしで歩いて戻って来るときもあるが、連絡がくればすぐ行けるように、BSで一足早く見ることにしている。

ということで、早朝5時前に起きて、あれこれやって、その日に予定が入っていなければ、9時以降は「自由時間」になる。

シン・習慣で変わったことといえば、家庭内歩行が増えたことだろうか。家事とは歩くこと、でもあるらしい。