いわき市は今年(2026年)、市制施行60周年を迎える。それに合わせて、地域活動に携わっている市民と若手職員によるプロジェクトチームを組織し、市制100年を目標にしたまちづくりビジョンを策定する。
「いわき31万人のまちづくりビジョン策定プロジェクト」という。サイトにはこんな「前文」が載る=写真。
その後半部分。「だれか偉い人が決めるんじゃない。それぞれの『わたし』の声から、1枚の布を編むように、ビジョンの旗を編んでいきたい」
35年ほど前、同じように市が事務局になって、若手市民が集まり、自由にまちづくりのビジョンを議論した。その集まりを「いわき未来会議」という。
提言策定にかかわった市側の担当者(元係長)、会議の座長(経済人)、メンバーの1人だった私(記者)の3人が若手職員の勉強会に招かれ、当時の会議の様子などを話した。
市が主催する審議会や懇談会などは事務局主導が普通だが、いわき未来会議は、最初こそ事務局から「国際化」のテーマを与えられたものの、2回目「自然とヒトのシナリオ」、3回目「まちづくりにおける市民と行政」はメンバーが選んで提言した。
東日本大震災のあと、市民による対話の場「いわき未来会議」が発足した。フェイスブックでそれを知ったとき、不思議な感慨を覚えた。
35年前の「いわき未来会議」を知っていて、それを会の名称にしたとは思えない。前の未来会議と提言はまったく視野には入っていなかったろう。
提言は、私の中では今も生きている。なかでも2回目は、哲学者内山節の『自然と人間の哲学』をベースに議論した。
平成7(1995)年、阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件が起きたあと、夏井川渓谷にある隠居の管理人として、週末をそこで過ごすようになった。渓谷の人と自然を通して内山哲学を再認識した。
勉強会では、新旧2つの未来会議の例を挙げて、まちづくりの提言が「次」に接続されていない話をした。
同時に、行政の施策は職員の考えや思いがベースになる。施策と自己表現を結びつけて考えるといい――役所取材から感じたことを、エールとして若手職員に伝えた。
最後に司会者から紙を渡された。「声を編む」ということで、好きな言葉、大事に思っている言葉を紙に書いてくれという。
私は「協働」、座長氏は「たのしんで」、元係長氏は「積小為大(せきしょういだい)」と記した。
そうか元係長氏は「積小為大」を胸に秘めて行政の仕事をしてきたのだな、と遅まきながら納得した。
公務員としての自己表現に通じる言葉だろう。新しい施策への夢・思いがある。それを形にするまでには曲折が待っている。曲折をクリアして施策が生まれる。まさに「積小為大」ではないか。
35年前、思いと時間を共有したという意味では、「戦友」との再会の場になった。3人とも白髪に変わったが、時の隔たりは全く感じなかった。