カミサンが「おもしろいよ」と勧めるので、なんの予備知識もなく読んだ。有賀未来(ありが・みく)の小説『あなたが走ったことないような坂道』(新潮社、2026年)=写真。
本の帯には「18歳」「新潮新人賞受賞作」とある。へぇー、若いんだ。本は、新書よりは一回り大きいものの、冊子風で薄い。短編である。
読み進めるうちに、アイデンティティ(自我同一性)がテーマになっていることを知る。
主人公の黄星瑤(ウォン・シンユ)は香港で生まれ、中国籍を持つが、香港から日本に移住した養父母(香港、中国人)のもとで、日本語で育てられた。女子高校生である。
同性の親友に「なお」(日本人)がいる。彼女との間にはなにやら恋愛感情のようなものが見え隠れする。
それは一種の伏線で、本筋としては香港・中国・日本、言い換えれば人種・民族と国家に翻弄される主人公の葛藤が描かれる。
香港はこれからどうなるかわからない。両親は日本に帰化することを考えてシンユに告げる。シンユはそれに反発する。
「あたしは、あたしは、このパスポートがなくなったら、誰があたしの、本当の故郷のことを、この名前だって失ったら、あたしは、空っぽだよ、あたしはただの、日本人になって、香港人で、中国人だったこと、全部、なかったことに、なるのかもしれないから、だから、どうして、どうしてそんな風に簡単に言うの」
シンユは家を飛び出してなおの家に駆け込み、なおに本音を語る。「あたしって、何、」「あたしは、何人なの、ガイジンなの、日本人なの、あたしは、あたしはどこに住めばいいの」
ああ、おんなじだ。記者時代の話である。大学の先生だったかが留学生について書いていた。
日系ブラジル人、あるいは日系アメリカ人だったかもしれない。ブラジルで、アメリカで生まれ育った日系2世は、アイデンティティをどこに求めるのか、自分はどこに帰属するのか、といった問題を抱えていることを知って読み飛ばせなくなった。
アメリカで生まれ育った日系2世は太平洋戦争のとき、この問題に直面した。自分は日本人なのか、それとも日本と戦うアメリカ人なのか。
1世は捕虜収容所に入れられ、2世はアメリカ兵として参戦し、親の祖国の兵士と戦った。
在日韓国人や中国人だけではない。残留孤児となった日本人も、日本で生まれ育った外国人の子どもも、やはりこの問題に直面する。
昔も今も変わらずにあるアイデンティティをテーマに、当時18歳の高校生が物語を創作した。
ネットで作者の情報を集めたが、写真を見る限り、作者は男性のようである。名前はどうか。ペンネームかもしれない。そう推測するのだが、むろん断定はできない。
引用文章からもわかるように、一文が長い。今どきの高校生の話し言葉を軸に、「読点」を多用する文章がむしろ評価されたようだ。確かに新しい才能ではある。