歌手で俳優のいしだあゆみさんが亡くなり、テレビが追悼番組を流しているさなかに、佐藤栄佐久元福島県知事の訃報に接した。3月半ばのことだ。
同年代のいしだあゆみさんの大ヒット曲「ブルー・ライト・ヨコハマ」は、20歳前後のころ、毎日のように耳にした。今でもイントロが流れると、メロディーが脳内に鳴り響く。
元知事は、現職のころはメディアを介して動向を知るだけだった。その後、知事を辞し、司法との闘いを経たあと、何度か顔を合わせたことがある。
東日本大震災の直前、2011年3月6日に友人が元知事を招いて、いわき市平の高久公民館で講演会を開いた。
友人の文章によると、元知事は講演のなかで「いずれ日本の原子力政策はつまづく」と語った。「いずれ」どころか、5日後に大震災が発生し、原発の苛酷事故が起きた。
その1年前にも、やはり友人が元知事を招いて講演会を開いた=写真。演題は「『地方自治』を語る――『知事抹殺』からみえてくるもの」だった。
元知事は2009年9月に平凡社から『知事抹殺――つくられた福島県汚職事件』を刊行する。その出版を踏まえたものだった。そのときの拙ブログを要約・再掲する。
――元知事はどんな理念・哲学に基づいて「地方自治」を推し進めてきたのか。その一つが首都機能移転問題だった。
これに関する朝日新聞「論壇」への投稿「新首都は『森に沈む都市』を目指せ」に目を見張った記憶がある。
講演では、元知事自身の「思想形成史」に興味を持った。高校時代に、旧ソ連によるハンガリー侵攻が起きる。
大学時代には60年安保があった。30歳のときにチェコ事件が発生する。早くから政治に関心を抱いていた。民主主義と人権にかかわるものに無関心ではいられなかったのだろう。
それと並行して『岩波茂雄伝』を介して藤村操を知り、E・H・フロムの『自由からの逃走』などを読む。
さらには、青年会議所時代に安藤昌益を知り、自分で学問をつくりあげた個性に引かれていく――書物から得たものを咀嚼し、血肉化していく知的な営為はなかなかのものだ。
少なくとも、思索を深め、理念・哲学を形成する生き方から、私は元知事が「慎み深く、考え深く」を実践しようとしている人だ、ということが理解できた――。
元知事の訃報に接して、この本を再読している。恐れていた原発事故が現実に起きたことを踏まえていうのだが、知事としての思想と行動は県民の「安全・安心」に立脚したものだった。読み進めるにつれて、その思いを強くする。