2024年11月21日木曜日

自転車には注意を

                     
 腹を立てたまま、夏井川の堤防へ出た。新川が合流するところに、今季初めてハクチョウが飛来していた=写真。

すると腹立たしさが消えて、気持ちがスーッと落ち着いてくるのがわかった。ハクチョウ様々だった。

腹立たしさの原因? 若い女性が乗った自転車だった。平・鎌田地区。大学があるので、いつも留学生が歩いていたり、自転車に乗ったりしている。

国道に架かる橋のたもとを左折して道を下り、別のところから堤防へ出ようとしたとき、橋上の歩道をそのまま走ってきた自転車が、安全も確かめずに車の直前を横切った。

左折しかかっていたので、ブレーキをかけなければ自転車ごと女性をはねていたことだろう。

まっすぐ横切るかもしれない――恐れた通りに、何のためらいもなく目の前を直進した。

クラクションを鳴らした。鳴らし続けた。それでも、相手は知らんふりをして遠ざかっていく。

これが初めてではない。やはり国道から同じ交差路を左折し、夏井川の堤防を利用して、住宅が密集する路地からわが家のある旧道へ出ようとしたとき――。

左側は民家の生け垣になっていて見通しが悪い。車は標識に従って一時停止をしないといけない。

一時停止をするとすぐ、生け垣の角から外国人の乗った自転車がブレーキをかけずに突っ込んできた。

こちらは止まったままだ。自転車の外国人もびっくりしたのだろう。右折したと思ったら目の前に車が止まっている。衝突を避けるためにブレーキをかけながら転倒した。

けがはなかったようだ。「スミマセン」。立ち上がって脇を通り過ぎながら、日本語で謝った。

少子高齢社会による人手不足を補う、という面もあるのだろう。このところ、地域では留学生を含む若い外国人が住み暮らすようになった。

それで知り合いになった外国人もいる。「郷に入れば郷に従え」で、ごみ出しルールや交通ルールを守っている限り、「外国人だから」と問題になるケーズはまずない。

ルールが自己流のとき、トラブルが起きる。車を運転していて、一番気を遣うのは、このマイルールの自転車だ。

外国人に限らない。年寄りもそうだ。簡単に車道を逆走する。本人には逆走している意識がないらしい。信号も気にしない。とにかく好きなように走っている、としかドライバーには見えないのだ。

 そういった潜在的な危険性、そして重大事故の多発が道路交通法の改正につながったのだろう。

 11月から自転車を運転中にスマホなどを使用する「ながら運転」や、酒気帯び運転などが罰則の対象になった。

「ヒヤリハット」が連発するような社会では困る。そうならないために、自転車運転の怖さを認識してもらうしかない。事故を起こしかねなかった人間として、切にそう思う。

2024年11月20日水曜日

最期の好奇心

              
 枕元に積み上げてある本の中に、レイチェル・カーソン/上遠恵子訳『センス・オブ・ワンダー』(新潮社)がある。

わずか60ページほどの掌編で、ふだんは睡眠薬代わりなのだが、寝そびれるとつい読みふけってしまう。

レイチェル・カーソン(1907~64年)は『沈黙の春』で世界的に知られるアメリカの作家・海洋生物学者だ。

同書は、DDTの空中散布後、庭にやって来たコマツグミが次々に死んだ、という友人の手紙をきっかけに、長い調査期間を経て、世界にさきがけて環境汚染と破壊を告発した本として知られる(訳者あとがき)。

彼女は『沈黙の春』を執筆中にガンにおかされた。本を書き終えたあとに最後の仕事として、母親向けの雑誌に発表した『センス・オブ・ワンダー』を肉付けし、単行本化を考えたが、それはかなわなかった。

若いころ、レイチェルは姪の息子のロジャーとともに、家の近くの海岸を、森を巡った。晴れの日も、雨の日も、夜も昼も、一緒に自然を楽しむために。『センス・オブ・ワンダー』はその記録と考察の書でもある。

センス・オブ・ワンダーのそもそもの意味は、「不思議さに目を見張る感性」だという。

もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら――と、レイチェルはいう。

世界中の子どもに、生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー」を授けてほしいとたのむでしょう。

センス・オブ・ワンダーは大人になっても消えない。たとえば、夏井川渓谷にある隠居の庭で、ネギが発芽し、頭に黒い種の殻を載せているのを見たとき。あるいは、ハクチョウが鳴きながらわが家の上空を通過していくとき。その美しさに見とれてしまう感覚を、私はセンス・オブ・ワンダーだと思っている。

センス・オブ・ワンダーは「やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、わたしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、かわらぬ解毒剤になるのです」。

真夜中の、寝床での読書で知った「解毒効果」だった。と同時にもうひとつ、心に刺さった言葉がある。

小さな本の最後に、スウェーデンの海洋学者、オットー・ペテルソン(1848~1941年)が息子に語ったという言葉が紹介されている=写真。

 「死に臨んだとき、わたしの最期の疑問を支えてくれるものは、この先になにがあるのかというかぎりない好奇心だろうね」

 人間の最期の疑問、死の先にあるもの……。これは読み過ごしてきたというか、そこまで『センス・オブ・ワンダー』を読み切っていなかった。

 詩人の谷川俊太郎さんが11月13日に亡くなったことを19日に知った。詩人もまた最後の瞬間、「この先になにがあるのか」と、薄れてゆく意識のなかでペンをとろうとしたのではないか、そんな気がしてならない。

2024年11月19日火曜日

まだアサガオが

            
   注意報関連の防災メールで、夏から冬への大気の変化を感じ取ったのは10月20日だった。

それまで連日のように「雷注意報」が発表されていたのが、「霜注意報」に切り替わった。

子どものころは、夏になるとよく夕立に見舞われた。特に、小学校の夏休み。川で水浴びをした午後、急に雷雨がくる。

落雷を恐れて家の雨戸を閉め、電気を消して蚊帳のなかに避難する。仏壇の線香立てを廊下に持ち出し、線香に火をつけて雨戸のすき間から煙を外へたなびかせる――。ざっと65年前、昭和30年代前半の記憶だ。

だから、雷注意報と聞けば、夕立がまず思い浮かぶ。ところが、近年は夕方に限らない。宵に、夜更けにと、時間を選ばなくなった。

庭に車を止めている。雨が降ると、轍(わだち)に水たまりができる。車を動かすたびにタイヤが泥をはねる。

それがいやで、轍の水が消えるまで庭の旧物置跡に突っ込むようにして車を止める。ところが、その轍の水たまりがなかなか消えない。そんな状態が今も続いている。

雷注意報が連発されるのはやはり、大気が不安定になっている証拠だろう。それがやっと落ち着いたと思ったら、もう北国から初雪の便りが届くようになった。11月も後半である、寒い季節になったのだと、頭では納得しようとする。

日曜日(11月17日)に夏井川渓谷の隠居へ行って少し土いじりをした。カミサンが着くやいなや、声を上げた。「まだアサガオが咲いてる、それもいっぱい」

枯れずに咲き続けていたか。というのは、今季初めて霜注意報が発表された10月20日、隠居の下の庭を歩いていて、アサガオがびっしり咲いているのに気がついたからだ。

日本のアサガオかどうかよくわからない。セイヨウアサガオかもしれない。まいた覚えはないのに(カミサンがまいたか)、隠居の庭の生け垣から下の庭にかけてアサガオのつるが伸び、次々と花を咲かせていた=写真。

ブログによれば、私が今年(2024年)初めてアサガオの花に気づいたのは7月中旬。わが家の台所の軒下にある鉢植えのアサガオが花をつけたときだった。

ウェザーニュースによると、アサガオは日没後10時間で開花する。東京の場合、7月は早朝の5時ごろ、9月は日の出前の、まだ暗い4時ごろに開花するのだそうだ。

 わが隠居のアサガオは日中も咲いている。つまり、セイヨウアサガオの青い花、「ヘブンリーブル―」といわれるものだろうか。

 11月17日は気温が上昇し、いわきの平地の山田町では最高気温が25・4度になった。

隠居から帰って、台所で片付けものをしていたカミサンがびっくりしたように言う。「蚊に刺された」

わが家で最後に蚊に刺された日は、8年前(2016年)は10月27日だった。その後、11月6日(2018年)、11月19日(2022年)と11月も後半にずれこんでいる。アサガオだけでなく、蚊もおかしい(と思っている?)。

2024年11月18日月曜日

紅葉情報がより正確に

                
 朝のうちは雨。予報では、昼にはやむというわけで、日曜日(11月17日)はいつもより遅れて夏井川渓谷の隠居へ出かけた。

 隠居へは11時前に着いた。紅葉が見ごろになっていた=写真。いわき観光まちづくりビューローの同日現在の情報も、カエデも含めて見ごろであることを伝えていた。人出も今季一番だった。

谷間のカエデがだいぶ色づいてきた。アマチュアカメラマン、といっても今はスマホだ、スマホで道端のカエデを撮る人が増えつつある。

 いわき市内の代表的な紅葉スポットは、やはり夏井川渓谷だろう。平市街からは車で30分、中通りからもわりと簡単にたどり着ける。

福島県内のテレビ局は10月に入ると、「紅葉情報」を流す。いわきの場合は夏井川渓谷が紹介される。

メディアが伝えるのは、葉のマークからして「カエデ紅葉情報」である。夏井川渓谷のカエデは、10月はまだあおい。

ところがカエデとは別に、V字谷の森は尾根から紅・黄・茶と染まり、マツやモミの常緑と混じり合って錦繡に彩られる。それはそれで美しい。

つまり、紅葉には非カエデの紅葉と、カエデそのものの紅葉の二つがある。そう考えた方がわかりやすい。

紅葉は、ソメイヨシノを見てもわかるようにヤマザクラ類が早い。アカヤシオなどのツツジ類もやがて赤く染まる。

夏井川渓谷ではまず、非カエデの紅葉が楽しめる。観光まちづくりビューローの11月10日現在の情報では、アカヤシオの紅葉は11月20日前後が見ごろとあった。

単なる紅葉情報ではない。非カエデの紅葉について伝えている。私の個人的な見立てと全く変わらない。

先日は、NHK福島放送局の気象予報士が夏井川渓谷を訪れ、錦展望台で紅葉を観察した。

その様子が夕方のローカル番組のなかで紹介された。紅葉にはツツジなどの紅葉とカエデの紅葉があることを伝えていた。

ここまで説明すれば、紅葉はカエデだけではないことを視聴者も理解できるはずだ。という意味では、気象予報士が現場を踏むことで、情報の精度が上がり、紅葉の解説も深まる。

夏井川渓谷のカエデは谷間の県道沿いに多い。非カエデとカエデの関係を端的に伝える歌碑が籠場の滝のそばに立つ。作者は歌人・随筆家大町桂月(1869~1925年)。

「散り果てゝ枯木ばかりと思ひしを日入りて見ゆる谷のもみぢ葉」

 この歌のように、カエデは、落葉樹の中では紅葉が最も遅い。カエデが燃えあがるころには、アカヤシオなどのほかの紅葉は散り果てて初冬の風景に変わっている。

気象予報士であれ、日曜日だけの定来者であれ、現場が答えを用意して待っている。現場から学ぶことで違いがわかる、というのは正しい。

某紙によると、夏井川渓谷は「鮮やかに色づいたモミジやブナ」が広がっているそうだが、ブナはどこにあるのか。この目でブナを見たいと思っている人間には、奇異な紅葉情報だった。

2024年11月16日土曜日

福島師範の植物研究

                     
 図書館の新着図書コーナーに、福島県・いわき市関係本として、阿部武『福島師範の植物研究――根本莞爾と師弟たち(2024)』(非売品)があった=写真。

 著者の名前を見て思い浮かんだ人がいる。石川郡に住む阿部さんに違いない。奥付で、発行者でもある著者の住所を確かめると、そうだった。

 福島県きのこの会会長である。いわきキノコ同好会にも所属している。植物の研究者でもあったか。

 もっとも、植物と菌類は切っても切れない関係にある。圧倒的多数の植物が根を介して菌類とつながっている。

その関係の始まりは5億年前にさかのぼる。水中から陸に上がった最初の植物には根がなかった。菌類がその根の役目を果たした。

そんな関係を知ったばかりなので、福島県をエリアに植物・菌類両方にまたがって研究する阿部さんの仕事の意義・大切さがよくわかる。

 私が初めて阿部さんと言葉を交わしたのは、6年前、いわきキノコ同好会の観察会が市内小川町の山中で行われたときだ。ブログを参考にしながら当時の様子を振り返る。

林道のそばで南方系のキノコであるアカイカタケを採取した。パッと見には16本の触手を持った赤いイソギンチャクで、一口大のケーキのようにも見えた。

平たい頂部には、凝固しかかった血液、あるいはゼリーのような層がある。かぐと腐臭がする。これが、胞子の運搬役のハエを呼ぶ。

いわきキノコ同好会会長の冨田武子さんに見せ、阿部武さんにも聞いて、「福島県内にも関東にも記録はない、非常に珍しいキノコ」(阿部さん)であることを知った。

さらに、観察会から2日後、阿部さんから手紙が届き、吉見昭一著『おどるキノコ――イカタケのひみつ』(岩崎書店、1983年)という児童図書があることを知った。

さて、阿部さんの最新論考は福島師範(現福島大学)の博物学教諭だった根本莞爾とその教え子たちの植物研究をまとめたものだ。

実はこの論考を借りる気になったのは、阿部さんが旧知の人だっただけでなく、参考資料として平成6(1994)年8月17日付いわき民報「交差点」が収録されていたからでもある。

筆者は菅原金男さん(宮城県本吉町)=元小学校長=で、「根本莞爾先生のこと」と題して、根本の先祖の地がいわき市遠野町であること、県花の「ネモトシャクナゲ」の「ネモト」は根本莞爾からきていることなどを紹介している。

 牧野富太郎とは当然、関係があった。いわき市出身の英語教育者小野圭次郎も根本の教え子だったという。

論考はもちろんだが、今回は著者の阿部さんを含めて、周辺情報に興味が引かれて、それを紹介した。

2024年11月15日金曜日

カメムシは冬ごもり

                       
   夏井川渓谷の隠居で土いじりをするために服を着替え、手袋をはめる。と、袖の中からパラパラこぼれ落ちるものがある。手袋の中でモゴモゴやっているものもいる。カメムシだ。

カメムシは寒さに弱い。気温が下がるとすぐ何かにもぐりこむ。このパラパラ・モゴモゴを、今季は初めて11月3日の文化の日(日曜日)に経験した。

夏が長かったためか、いつもよりは少し遅いパラパラ・モゴモゴだった。これからはそれが春まで何度も繰り返される。

近所の家では、カメムシ対策として網戸やガラス戸に忌避剤を噴霧し、すきまをテープでふさぐ。

わが隠居でも3年前の正月、後輩からクスノキの薪をもらって、茶の間などに置いた。防虫剤の樟脳(しょうのう)はクスノキが主成分だ。

クスノキ本体を置けば、強烈な香りに負けてカメムシが逃げていくのではないか。そんな期待を抱いたのだが……、甘かった。

隠居は冬、いつもの「カメムシの宿」になった。雨戸のすき間、座布団と座布団の間、畳んだゴザのすき間と、至る所にカメムシがもぐりこんだ。

そこへ日曜日ごとに人間が現れ、石油ストーブを焚く。部屋が暖まると、いつのまにか1匹、また1匹とカメムシが現れる。独特の臭気に支配されることもある。

暖房が効いて畳にポトリ、またポトリは、今年(2024年)すでに10月後半に始まった。

長居するときはほうきでさっと外へ掃き出すが、ちょっといてすぐ街へ下りるときにはそのままにしておく。

このパラパラ・モゴモゴと関連するわけではない。が、妙に一致する事象がある。同じ日、カミサンが隠居の庭の草むしりをしていて、ウツギの切り株にキノコが生えているのを見つけた。スギタケの仲間だった=写真(2021年撮影)。

3年前は10月31日に、やはりパラパラ・モゴモゴとスギタケの仲間の発生を確認した。今年も同時だった。

同じモエギタケ科にヌメリスギタケモドキがある。二十数年前、立ち枯れの大木に大発生しているのに出合った。このとき初めてコウモリ傘を開いて逆さにし、柄の長い小鎌でこそげ落とした。

 これは食菌としての、ヌメリスギタケモドキだからこその採り方だ。が、隠居の庭のそれがヌメリスギタケモドキかどうかは判断がつかない。

 で、3年前も採取はしたものの、食べるところまではいかなかった。今回も採取~いしづきカット~塩水につけて虫だし・ごみ落としまではしたが、結局、食べるまでにはいかなかった。

同じ仲間のツチスギタケやスギタケモドキは中毒するという。よくわからないものは食べない、という「鉄則」に従った。

2024年11月14日木曜日

大谷翔平「101の軌跡」

                            
   若いときはともかく、今はスポーツのテレビ中継を見なくなった。が……、大谷翔平が出るとなると別だ。

プロ野球の最高峰であるMLBのワールドシリーズは、大谷の所属するドジャースがヤンキースを破って優勝した。

同シリーズは日本時間の10月26日に始まった。BSで朝から生中継を見た。ドジャースは初戦から強敵を突き放し、4勝1敗と危なげない戦いぶりで頂点に立った。

その余韻を引きずるように、カミサンが移動図書館から借りた大谷翔平選手の本=写真=を読んでいる。

『ドジャース大谷翔平 新たなるチャレンジ101の軌跡』(インテルフィン、2024年9月)で、「100」ではなく「101」であるところがミソらしい。

『草野心平日記』は心平生誕101年を記念して刊行された。それと同じで、「100」では当たり前すぎて目に留まらない、「101」にしようとなったのか。

ドジャース入団後の新しいエピソード集といってもいい。「新発見」よりは「再確認」に近いだろうか。新聞記事で読んだり、テレビの情報番組で紹介されたりしたものが多い。それでも、聞き逃したものや見逃したものはある。

大谷がホームランを打ってベンチに戻ってくる。と、大谷の顔面にパッとヒマワリの種をまく選手がいる。テレビもそのシーンをよく取り上げる。

ともに今年(2024年)、ドジャースに移籍したテオスカー・ヘルナンデス選手の、ホームランを祝うパフォーマンスだという。

ヘルナンデス選手は2021年のオールスター戦で大谷と仲良くなり、今は毎日、大谷から新しい日本語を教えてもらっているのだとか。

そして、ヒットで塁上に出たときの、あのポーズ――両手を上げて上体を傾けながら左足を上げる――あれはもう一人のヘルナンデス、エンリケ・ヘルナンデス選手の決めポーズが原型らしい。

こちらの選手は愛称を「キケ」という。そこからとられた名前が「キケポーズ」、なのだとか。

というわけで、テレビでおなじみのシーンやポーズなど、「ドジャース大谷翔平」にまつわるエピソードが1ページ単位で101回繰り返される。写真と漫画もあって、中学生なら十分楽しめる構成になっている。

この出版社はすでに大谷本を複数出している。タイトルは省略するが、『――101の秘密』『――100の秘密』と、本のつくりはパターン化されているようだ。

大谷の人気はすさまじい。近々、また大谷本が出版される予定らしい。大谷はすでに大リーグの頂点に立つ。その大谷を軸にした経済効果は、こうした周辺のパターン本にも及ぶ。