2017年1月18日水曜日

ルビは「ルビー」から

 面白いだじゃれや言葉遊び、子どもの言い間違いを、つい記録してしまう。言葉には無関心ではいられない。テレビ番組を見ていてもそうだ。
 土曜日(1月14日)の「池上彰のニュースそうだったのか!!」のなかでやっていた。振り仮名の「ルビ」の語源は?「ルビー」。唐突に尋ねられても「知らない」が普通だろう。池上さんだって番組をつくるまで知らなかったのではないか――なんて、うがってみるのはいけない。

 ネットで再確認した。イギリスの印刷業界では、文字の大きさを小さい方からダイヤモンド・パール・ルビー・エメラルドと宝石の名前で呼んでいた。ルビーの大きさは5.5ポイント。日本独自の文字サイズでは、本文用文字の標準・5号活字に、「ルビー」に近似した7号活字(5.25ポイント)を振り仮名として利用した。で、日本でも振り仮名を「ルビー」と呼び、縮まって「ルビ」になった。

 明治の新聞にはルビが多かった=写真(いわき最初の民間新聞「いはき」)。日本語は上から下へ、右から左へ――の縦書きが基本なので、難しい漢字は右わきに仮名を振る。横組みの場合は漢字の上に振る。現代の新聞は行間が詰まっているので、漢字の下に丸ガッコで読み仮名を入れた。一例が「神谷(かべや)」。今はデジタル技術のおかげで簡単にルビが付けられるようになった
 
 もう一つ、テレビニュースから。今年(2017年)6月の東京都議選にからんで、現知事が自分の与党会派を増やすためにいろいろ動いているというニュースが流れた。そのときのアナウンサーの言葉。「シユウハを送っています」。「シュウハ? あきなみ、ではないのか」。私は、「秋波を送る」の「秋波」を「あきなみ」と思い込んでいた。
 
 女が男に媚びる、という意味からいっても、「秋波」は音読み言葉(シュウハ)より訓読み言葉(あきなみ)がふさわしい。ずっとそう思ってきた。原因は、「秋波」を浴びたことがないからだが、にしても「秋波を送る」はもう使わないのではないか。現知事の顔がテレビに映るたびに「シュウハ」を思い出しそうだ。
 
 で、肝心の最近メモした言葉たち――。中華料理店へ行ったときのこと。2階の座敷にクラシック音楽が流れていた。隣の席は若い親子連れ。2歳くらいの男の子が「ダダダダーン」に反応して「ベントウベン」とつぶやいた。いいねぇ。思い出す。わが孫たちも、潜水艦を「スイセンカン」といい、パソコンを「パコソン」といったことを。なにか子どもに大人の価値観をひっくり返されたようでおもしろかった。
 
「アイキュウ(IQ)よりアイキョウ(愛敬)」。これは、先日わが家へ酒を飲みに来た若い仲間のことば。いつだったか、田町で仲間と飲んだときにはこんなやりとりをした。「みんなナヤン(悩ん)デルタール人だよ」。すると、一人が「クロー(苦労)マニョン人もいる」と応じた。現実はその通りなのだろう。

*きょうのブログをアップ中、作業のミスできのうのブログを消してしまいました。復活は無理なのでしょうね。

2017年1月16日月曜日

ふっかけ雪の観音祭

 1月半ばの日曜日は荷物運びの運転手、と決まっている。いわき市小名浜の徳蔵院で観音祭が催される。護摩祈祷に合わせて、境内で「かんのん市」が開かれる。いくつか団体が参加する。カミサンも毎年、「シャプラニール=市民による海外協力の会」のフェアトレード商品を展示・販売する。
 今年(2017年)はきのう(1月15日)開かれた。この冬一番の寒波が押し寄せた。太陽が時折、うっすら雪雲でかげる。四方八方から雪が吹きつける。積もる雪ではない。「ふっかけ」だ。そのなかで、祈祷を終えたお坊さんたちが境内の大観音を巡りながら、散華ともちをまいた=写真。

 以前は荷物とカミサンを送り届けるといったん帰宅し、「かんのん市」が終わるお昼ごろに合わせて迎えに行ったものだ。が、わずか2時間ほどの催し。このごろは、寺の駐車場に車を止めて、車内で資料読みなどをすることにしている。

 晴れて風もないときは、車内が暖かくなって、つい眠気を誘われる。きのうは日が差したりかげったりで、エンジンをかけていないとすぐ寒気に包まれる。しばらく暖機運転をしながら資料読みをした。

「かんのん市」に参加するようになって、もう20年近い。ここにも「少子・高齢化」の波が押し寄せているようだ。いや、時代の変化はこうした地域の催しに真っ先に現れる。わが地域でもそうだが、高齢化が進んで参加を見合わせる人が増える、祭りに連れていく子どもが少なくなる――近年はそんなことを感じる例が増えた。

 それはともかく、今年も「初観音」に来ることができた、という思いはある。哲学者内山節さんの時間論ではないが、時間は矢のように過ぎ去るだけではない。時間は蓄積する。1年がひとまず無事に終わって、また新しい1年が始まる。そんな思いを抱く節目の日でもある。

「かんのん市」が終わると、いつもどこかで昼食を――となる。私はすぐにでも帰宅したいのだが、カミサンはせっかく小名浜に来たのだから、という気持ちでいる。それで、北茨城市までのしたことがある。今回は小名浜でとなって、いわき・ら・ら・ミュウで昼食をとった。思ったより人は少なかった。

2017年1月15日日曜日

屋根の雪が融けて雫になって

 おととい(1月13日)降った雪は、太陽に暖められてあっという間に消えた。
 翌朝、2階の物干し場を見ると、うっすら積もった雪がザラメ状になっていた。湿った雪が夜のうちに凍ったのだ。縁側のひさしの雪もザラメ状だった。少しずつ融けながら滑り落ちてひさしからはみ出す。午前10時ごろになると、融けたザラメ雪の雫(しずく)がポタポタ垂れるようになった。
 
 めったにないシャッターチャンスだ。デジカメの撮影モードダイヤルを「スポーツ」にして“連写”した。その1枚がこれ=写真。
 
 雫の大きさは、雪の量が少なかったこともあって径3ミリ前後だろうか。撮影データをパソコンに取り込んで拡大すると、微細な雫の表面に青空も太陽も庭木も映り込んでいる。極小に極大が宿っている。
 
 肉眼ではわからない、かといって顕微鏡レベルまでいかなくとも拡大すれば見える“宇宙”。カメラをちょっといじる程度の人間にも可能なお遊びだ。こんなときは、「沈黙の春」を著したアメリカの生物学者、レイチェル・カーソンのいう「センス・オブ・ワンダー」(不思議さに目を見張る感性)に包まれる。
 
 自然の不思議さは山野へ出かけないと体験できない、というものではない。人間には迷惑・危険なことも含めて、自分の家にも庭にもある。玄関先にツバメが営巣する。アシナガバチが軒下に巣をつくる(これは、わが家)。庭にモグラ塚がいっぱいできる(これも、わが家の庭)。生物とはちがう気象現象、屋根の雪融けの雫もカメラを介して不思議さを教える。

 夏井川渓谷の隠居でカエデの枝先にできた露を接写したことがある。パソコンに取り込んで拡大したら、やはり青空と雲、太陽、裸木が映っていた。雨上がり、クモの巣が水滴で網目模様になっている。雨の日、コケの先端から雫が垂れている……。目に飛び込んできたその瞬間、その場所がワンダーランドに変わる。

 けさはこの冬一番の冷え込みになった。風呂の水が出ないのでわかった。台所の水は凍りかけていたが、蛇口をひねったらガガガガいいながら通水した。気象台のデータでも、小名浜で今季最低の氷点下3.2度とあった。風もある。こういう自然の不思議さは、人間には厳しい。

2017年1月14日土曜日

いわきの平地にも雪

 きのう(1月13日)は、晴れて曇って雪になった=写真。雪は午後3時前後から降ってきた。いわきの山間部では今季3回目らしいが、平地では初雪だ。
 大きく湿った“ぼたん雪”だから、アスファルト路面では車の通行もあってすぐ消える。が、畑も河川敷も林もうっすら白くなった。山間部では日陰(南側に切り通しがあったり、杉林があったりするところ)が要注意だ。圧雪されて滑りやすくなっている――ということは、平地から山間部へ向かうとき、頭に入れておかなければならない。

 浜通りは、きょうは「晴れ時々曇り」、あしたは「昼過ぎまで時々晴れ、所によって夕方から雪」という天気予報だ。けさは、橋の上はどうだったろう。水たまりができていたところは凍っていたに違いない。大学入試センター試験がきょう、あしたと行われる。受験生は、足元にはくれぐれも注意してほしい。

 テレビが北国の大雪を報じていた。地吹雪に見舞われたところもある。その映像を見ながら思い出したことがある。

 母方の祖父母の家が旧都路村(現田村市都路町)の鎌倉岳東南麓にあった。母親に連れられて真冬に訪ねたとき、猛吹雪になった。祖母は吹雪を「フギランプ」といった。ただの吹雪ではない。空からも足元からも雪が吹きつける「地吹雪」。小学校に上がるか上がらないころの記憶だ。
 
 60年前後たった今も、吹雪の映像を見ると、「フギランプ」という言葉が頭に浮かぶ。なぜそんな言い方が生まれたのだろうと気にもなる。「吹き乱舞」という漢字を当てたくなるが、それでは文学的すぎないか、方言はもっと即物的なはずではないかと、もう一人の自分が言う。いつかは納得できる解釈に出合いたいものだ。

2017年1月13日金曜日

数の子わさび漬け

 おととい(1月11日)に続いてまた魚卵の話で恐縮だが――。この正月、数の子=写真=を初めて満足するまで食べた。
 暮れに魚屋さんへ刺し身を買いに行くと、冷温ケースにパック入りの数の子があった。塩蔵だが冷凍品ではない。食べるときに塩抜きをするといいというので、カミサンがフンパツして買った。

「数の子入りわさび漬け」が好きで、ときどきスーパーから買って来る。そのつどガッカリする。肝心の数の子が少ししか入っていない。数の子だと思ったら大根だった、そんなことがたびたび起こる。実態は「大根のわさび漬け数の子添え」といった感じ。

 正月三が日に毎晩、焼酎を飲みながら塩抜きした数の子をポリポリやった。そのとき、ひらめいた。市販の「数の子入りわさび漬け」を買ってきて、それに数の子を加えよう。頭に描いていた、ほんとの「数の子わさび漬け」ができるかもしれない。カミサンに“調理”してもらったら、その通りになった。

 ごはんと一緒に食べる。晩酌のつまみにする。食べ続けていると、足の親指がうずき始めた。まさか、数の子のせい? 数の子に含まれているプリン体を調べたら、問題はない。すると、うずきの原因は……アルコールと運動不足か。

 年末年始もこたつをデスク代わりにして、ノートパソコンと向き合ってきた。合間に食事をし、昼寝をして、夜は飲む。わが家なのに“入院患者”のような一日が影響しているのかもしれない。好きなものを食べて飲むためにも、少しは歩かないと。

2017年1月12日木曜日

震災詩集『夢の壺』

 いわき市の木村孝夫さん=2014年福島県文学賞受賞=は3・11以来、震災詩を書き続けている。
 昨年(2016年)秋には、『ふくしまという舟にのって』『桜蛍』に続く3冊目の詩集『夢の壺』(発行・土曜美術社出版販売)を出した=写真。時間の経過とともに変化する原発避難者の心を代弁する。
 
 たとえば、<フレコンバッグ>という作品。「この町は/線引きから解除され/帰還に向けた準備を急いでいる∥うわものは急ぎ足だが/その中に入るものが追いつかない∥フレコンバッグの山と/同居するような近さにあるのは/災害公営住宅∥放心状態にある町が/活気付く/なんてことはまだまだ先だ」

 あるいは<羊>。「原発震災後には/羊を百頭用意して/眠りの入り口に持って行ったが/眠れなかった∥友人から百頭などでは駄目だ/と 言われた∥俺は入り口に/千頭持って行ったが/数えている途中で分からなくなって/全く眠れなかったよ∥(略)あれから五年が過ぎたが/未だに眠れないので/何度も試みたが駄目だった∥今は心療内科で/睡眠導入剤をいただいている」

 いわきで心療内科医院を開いた精神科医の本もある。熊谷一朗著『回復するちから――震災という逆境からのレジリエンス』(星和書店、2016年)。震災と原発事故で多くの人が理不尽な喪失を体験した。
 
「本来なら心療内科などとは無縁で、豊かな自然に恵まれ、満ち足りた日々を送られていた方々である。幾分落ち着きを取り戻されたとはいえ、未だに先の見えない不安は隠しようもなく、苦しみは継続している。(中略)苦しみの根本のところは無論金銭で賠償できるはずのものではなく、むしろ新たな差別の元凶となることも多い」

 月曜日(1月9日)に放送されたNHKスペシャル「それでも、生きようとした――原発事故から5年・福島からの報告」は、東京などの非被災地に向けて発信されたものだろう。福島県民にとってはローカルニュースなどで承知している内容だった。個別・具体で深くえぐったところがNHKのドキュメント番組らしい。

 番組に福島医大「災害こころの医学講座」主任教授前田利治さんが登場した。去年10月、いわきで前田さんの講演を聴いた。演題は「アルコールと心身、睡眠の問題」。朝日新聞にインタビュー記事が載ったばかりだった。同趣旨の話になった。そのときの記事の要旨を拙ブログで振り返る。

 福島県内で避難指示が出た市町村に住んでいた21万人の健康調査を行っている。うつ病の可能性がある人の割合は全国平均より高いが、減る傾向にはある。「ただ、岩手、宮城では急減した震災関連自殺は、福島では依然として高く、累計で80人を超えました。アルコール摂取に問題を抱える男性も2割前後で横ばいが続いています」

「5年後も福島だけ突出して多いのは、原発事故の影響と考えざるをえません。(中略)当初は希望を抱いていた人が希望を失いつつあります。地域社会との断絶が自殺の根底にあるのかもしれません。(中略)我々の調査で、地域社会が持つ助け合い機能の低下が、人々の心の回復を妨げることもわかってきました」
 
 木村さんの詩に戻る。<孤独死は今も>の最終連。「今夜も仮設住宅のどこかで/気配だけがそっと体から離れようとしている/誰にも気づかれないように/新聞やニュースなどでは事件性がないと/小さく取り上げられるだけだ/忘れてならない 孤独死は今も続いている」。原発避難者や津波被災者のなかには、厳しい心的状況に追い込まれている人がいる――そのことを、頭においておかないと、と自分に言い聞かせる。

2017年1月11日水曜日

初めてのキャビア

 正月3日に息子一家と会食したとき、カミサンがキャビア=写真=を出してきた。去年(2016年)夏、同級生とロシアのサハリン(樺太)島、シベリア大陸のウラジオストク・ナホトカを旅した。手のひらにのるくらいの小さなガラス容器に入ったキャビア(本物だと思うのだが)を土産に買ってきた。高かった。それだった。カミサンに渡したあとは忘れていた。
 トリュフ、フォアグラ、キャビア――。世界三大珍味だというので、一度は口にしたいと思っていた。

 マイタケに黒マイタケと白マイタケがあるように、トリュフにも黒トリュフと白トリュフがある。黒はフランス、白はイタリアで好まれるようなことを、前にテレビで知った。

 もうずいぶん前のことだ。いわきキノコ同好会の総会・勉強会・懇親会で冨田武子会長がフランス土産の瓶詰めトリュフを提供した。テレビで知っていたのは「ニンニクや森の匂い」。ところが実食して感じたのは香水のような芳香だ。ヨーロッパの人間と日本人とでは「比喩」の土壌が違っているのか。
 
 キャビアと聞くとつい連想するのが「畑のキャビア」だ。44年前、宮沢賢治の世界(小岩井農場など)に触れたくて、新婚旅行先を盛岡市に選んだ。
 
 披露宴に岩手出身の画家松田松雄が出席した。翌日、訪ねた盛岡の画廊に松田がいた。松田の案内で飲み屋街に繰り出し、フグ刺しをごちそうになった。そのあと、居酒屋「茶の間」に連れていってもらった。「とんぶり」(ホウキグサの実)を食べた。「畑のキャビア」だという。
 
 最近知り合った若い人が年末、弘前へ帰省する途中、盛岡へ立ち寄った。フェイスブックに昼間の飲み屋街の写真をアップした。なかに「茶の間」の看板が映っていた。「畑のキャビア」を思い出した。おととい(1月9日)、わが家へ来たので「茶の間で飲んだのか」と聞くと、「?」だった。たたずまいが気に入って写真を撮っただけだったらしい。
 
「畑のキャビア」はプチッとした食感だけが記憶に残っている。ロシア産のキャビアは? 塩漬けだから多少はしょっぱい。プチプチ感はある。うーん、それだけのような気もする。だから、美味ではなく珍味? フォアグラも食べたことがあるはずだが、味はよく覚えていない。

私には、トリュフよりマメダンゴ(ツチグリ幼菌)、フォアグラより焼き鳥レバー、キャビアより数の子が向いている。