2014年11月20日木曜日

円空仏のような

 おととい(11月18日)の午後、ネットで高倉健さんの死を知った。パソコンを開けて仕事をしていたら、ツイッターに訃報が載っていた。以後、きのうまでテレビの追悼番組に釘づけになった=写真(11月19日「モーニングバード」)。きのうは、新聞が1面で健さんの死を取り上げていた。首相が衆議院解散を表明しなかったら、トップニュースではなかったか。

 健さんの人となりについてはマスメディアが詳報している。それに刺激されて、この2日間、映画館で見た健さんが記憶のなかに立ち現れた。中学生のときの、どうでもいいやりとりも不意に思い出した。

 最初に見た映画は「網走番外地」の前、美空ひばりさんの映画のなかで、だった。小学校の高学年のときで、なんという映画かは覚えていない。が、ひばりさんが主役だから見に行ったら、長髪で面長の健さんが出ていた。初めて見る現代劇の「いい顔」だった。時代劇の中村錦之助(のちの萬屋錦之介)、東千代之介さんにも引かれたが、それとは別の容貌が印象に残った。

 阿武隈の山里にある中学校へは、3つの小学校の生徒が集まった。同級生になった別の小学校の人間たちと校庭で遊んでいると、一緒にいたその小学校の先輩が目を丸くした。「おめぇ、タカクラケンっていうのか」。同級生が「タカハルクン」といったのを聞き間違えたのだった。「んだ(そうだ)」なんてはいえなかったが、いい気分だった。

 最初の記憶では普通のサラリーマンのような髪型だった。健さんはいつから角刈りになったのだろう。短髪と同時に、アウトロー=寡黙で不器用な一匹狼といったイメージがかたちづくられた。その顔に渋みが増すと、円空の一刀彫りの仏像を思い出すようになった。
 
 似た顔の仏像があるから、というわけではない。顔に仏性を感じるようになった、というわけでもない。が、礼儀正しく義理堅い、孤独癖がありながらおしゃべり好き……といった虚実皮膜の高倉健像から、いつか村はずれの小さなお堂に安置されている円空仏のようなものを連想する癖がついた。合掌。

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