若いころ読んで、確かにそういうところがあるな、と思った。贈与の経済とまではいかなくとも、贈与の文化が普通にあった。
貨幣経済とは別に、人々が暮らしを営むうえで欠かせない無償の物々交換のことである。
東西に長い阿武隈高地の一筋町で生まれた。「生(な)ったから」「もらったから」と、隣近所で野菜を分け合い、融通し合う習慣があった。高度経済成長期の前、昭和30年代前半の記憶である。
食卓にのぼる野菜は、農家でなくても自産自消が一般的だった。むろん、自産だけでは足りない。それを補うように各家の余剰物が隣近所を行き交った。
主食の米は、ふだんは買って食べた。初夏には親類の田植えを、秋には稲刈りを手伝ったから、なにがしかをお礼としてもらうこともあったのではないか。
その意味では、贈与の習慣は家計の一助になっていた。経済的には貧しい時代、コミュニケーションと贈与の文化があったからこそ、人々は貧しさをオブラートに包んで前を向いて暮らしてきた。
10代の後半になって家を離れ、文学に魅かれて本を乱読した。政治や経済には縁がなかったが、周りに影響されたかして、栗本慎一郎やカール・ポランニーに触れ、経済人類学や贈与の経済があることを知った。それが冒頭の感慨を呼んだ。
年を取った今、当時のことをよく思い出す。懐かしさというよりは、今こそ必要な価値、習慣ではないか、という思いが強い。
現在のわが家の例でいうと、主婦のお茶飲み友達による贈与のネットワークが思い浮かぶ。
カミサンが生協(パルシステム)や川内村の卵の「ハブ」になって、毎週、何軒かの分をあずかる。
そのなかで自家菜園のキュウリやナス、ネギが届く。こちらからも直売所で多めに買った野菜その他を回す。
楢葉町で農家レストランを営む知人は、いわきへ来るたびにちょっとしたおかずを置いていく。
年金生活者にとっては、この贈与の習慣はありがたい。糠床の材料になり、家計の足しになり、晩酌のおかずになる。
先日はこんなことがあった。卵を取りに来る近所の独り暮らしの女性(90代)に、カミサンがキュウリを2本持って行ったら、ウナギのかば焼きをもらって来た。
土用丑(うし)の日には生協から鹿児島・大隅半島産のウナギのかば焼きを取り寄せて食べた。
知人は親類がかば焼きを食べるのを見て、「おいしそうだから」と、生協からウナギのかば焼きを取り寄せた。
ただし、本人はウナギを食べない。冷凍庫に入れたままだった。で、「海老(えび)で鯛(たい)を釣る」ではないが、キュウリ2本が立派なかば焼きに化けた。
わが家では身の半分にも満たなかったが、知人からもらったのは1匹の姿がよくわかる大きさだ=写真。晩酌のおかずとして、ありがたくいただいた。むろん、主婦のネットワークと贈与の習慣にも感謝しながら。