2017年7月25日火曜日

「星影の夢」

 きのう(7月24日)の朝ドラ「ひよっこ」には泣いた。愛し合いながらも、家の事情で別れるしかない2人――。ドラマと同時代の昭和40年代前半に青春を生きた人間には、みね子、大学生・島谷君両方の気持ちがよくわかる。
 日曜日(7月23日)の朝、夏井川渓谷の隠居でNHKのラジオ番組「歌の日曜散歩」を聞いていたら(おおむね懐メロがかかる)、三橋美智也の「星屑の町」が流れた。♪両手をまわして帰ろう 揺れながら 涙の中をたったひとりで……。この歌がはやったのは昭和37(1962)年、中学2年生のときだ。詞を書いたのはいわき市四倉町出身の東條寿三郎。彼は「上海帰りのリル」も書いている。

 翌々年、高専に入学し、やがて三橋美智也似の1年先輩と知り合いになると、うたう歌がこれまた三橋美智也ばりに高音でうまかった。今でも覚えているのは「古城」。学校の文化祭で熱唱した。

「星屑の町」、あるいは「星影のワルツ」(昭和41年発売)を連想させることばがある。「星影の夢」。「ひよっこ」の主人公・みね子のアパートの壁に映画のポスターが張ってある。そのタイトル名だ。映画(いや「ひよっこ」?)の内容を暗示する文句が添えられている。「一生続くと思っていた二人の時。/夢追う若者の青春映画。」

 たまたま金曜日(7月21日)にテレビ朝日系の「ミュージックステーション」を見たら、桑田佳佑が「ひよっこ」の主題歌「若い広場」を歌っていた=写真。タイトルからして、「昭和歌謡」の全盛期を彷彿(ほうふつ)とさせる。曲調もそうだ。歌詞に出てくる「リル」は「上海帰りのリル」だろうか。

「ひよっこ」は9月末まで続く。まだ7月後半だ。9月末にハッピーエンドになるならともかく、今の段階でハッピーになるはずがない。結婚したら視聴率はガタ落ちだ――なんて勝手に気をもんでいたら、やっぱり……。

 みね子、いっぱい泣け。泣いて、泣き疲れろ。恋愛は世界一好きな人として、結婚は世界で二番目に好きな人とするんだよ――なんて、心のなかで叫んでいた。

2017年7月24日月曜日

人を“刺す”アカタテハ

「蝶のように舞い、蜂のように刺す」といったのは、ボクシングの元世界チャンピオン、故モハメド・アリ。蝶も刺すのではないか――そんな思いをいだくような体験をした。
 この時期、夏井川渓谷の隠居で土いじりをするには、早朝5時ごろに起きて出かける(のがいいのだが)。ハマではすでに朝日が昇っている。渓谷では尾根が壁になっているから、太陽が顔を出すのは少し遅い。「天日燦(さん)として焼くがごとし」(三野混沌)になる前に、土いじりを終えねばならない。焼けつくような太陽の下で草むしりをしていると、熱中症になりかねないからだ。

 実際には、渓谷に着くのは早くて7時半から8時。すでに太陽が尾根から顔を出している。キュウリとナスを摘み、追肥をして土を寄せるだけで汗だくになる。小一時間もしたらさっさと作業を終える。あとは隠居で朝食をとって、ひたすらゴロンとしている。

 室内でほてりを冷ましていると、いろんな“訪問客”が現れる。平地のわが家と違って、渓谷には清流生まれのアブがいる。これがいつの間にかやって来て、チクリとやる。何年か前までは、軒下にスズメバチが営巣した。

 先日は、キツツキの仲間のアカゲラが突然、飛び込んで来て床の間の壁にぶつかり、激しく鳴いた。これには肝を冷やした。わずか2メートルほどのところで、「キョ、キョ、キョ、キョ」とやられて耳がおかしくなった。アカゲラはそのあと廊下へ回り、やがて外へ脱出した。

 その直後、今度は蝶のアカタテハが現れ、隠居を出たり入ったりしているうちに私の膝頭に止まった=写真。静かにしていると、口吻をストロー状にのばして皮膚をチョンチョンやる。花ではないから蜜はないが、汗をかいたあとなので塩分はあったらしい。それを吸ったのだろうか。

 チョンチョンとやられて初めてわかった。吸蜜といっても、皮膚の表面に「触れて吸う」のではなく、「突ついて(刺して)吸う」のだ。かすかに痛みを感じた。花だって命をつなぐために痛みをこらえているのかもしれない。

2017年7月23日日曜日

レジカウンターに並ぶと……

「待ちあぐねて煙草(たばこ)に火をつけると/電車はすぐ来る。」。詩人・作家清岡卓行の詩<風景>の一部だ。作家金井美恵子が19歳で書いた、デビュー作でもある小説「愛の生活」(太宰治賞次席)のなかで引用した。それを、18歳の少年が頭に刻んだ。以来、半世紀。「AをするとBがおきる」式の応用が増えた。
 煙草に関する環境は、詩が書かれたころと一変した。ホームで喫煙し、電車が来るとあわててもみ消し、線路とホームの間にポイ捨てする。よく見かけた光景だが、今はホームも含めて公共の場では禁煙が普通になった。

 夕方、飲みに行くとき、バスを利用する。「待ちくたびれて煙草に火をつけると、バスはすぐ来る」。予定の時刻になってもバスが来ない。一服するか。停留所でプカッとやりはじめると、バスが姿を現す。20年も昔の記憶だ。

 このごろは、「スーパーのレジカウンターに並ぶと、買い忘れたものを思い出して列を離れる」といったフレーズが頭をよぎる。カートを押す運転手兼荷物運搬人の私ではない。財布を持つカミサンのことだ。スーパーに10回行けば6回はそうなる。

 買いたいものは全部かごに入れた、だから、レジカウンターの列に加わったはずなのに、すぐいなくなる。足りなかったものは缶ビール1個のたぐいだ。カネもカードも持ってない人間は、前の客が早く精算をすませるとあわてる。後ろの客に順番を譲ったこともある。
 
 おととい(7月21日)、マルト草野店=写真=へ行ったときもそうだった。買い物かごがいっぱいになった。レジカウンターに並びかけたら……。やはり、駆けて行った。食品以外のコーナーに姿を消したから、消臭剤でも探したのだろう。カラ戻りした。たまたま前の客の買い物量が多かった。で、順番通りに精算できたが、レジカウンターに並ぶときにはいつもためらい、ひと呼吸おく。
 
 男と女の違い? それとも、本人の性格? 体は大きいが、気の小さい私には、スーパーのレジカウンターはいつも「鬼門」にみえる。

2017年7月22日土曜日

海から吹いて来る風

 朝、すでに室温が30度近くある。日中は、扇風機をかけても31~33度まで上がる。茶の間がそうなので、在宅ワークどころではない。昼寝もできない。
 肝心のノートパソコンが、うなりをあげて熱を発している。室温が高いところに、パソコン自体が熱くなるためか、この10日の間に2回、使用中に突然、電源がオフになった。若い人にみてもらったら、バッテリーの寿命が尽きつつあるらしい。しばらくおいて熱が引いたあと、電源をオンにすると復活する。が、いつパソコンの“心臓”が止まるかわからない。若い人のアドバイスに従って、バッテリーその他を買い替えることにした。

 で、在宅ワークは朝5時前後に起きて、できるだけ“朝めし前”にすませるようにしている。昼はときどき、メールやフェイスブックのメッセージをチェックするだけ。日中はパソコンの状態が安定しないので、“ナマケモノ”になることにした。

 とはいえ、この酷暑だ。昼寝ができないのがこたえる。昼寝は一日に二度生きるための頭のビタミン剤だが、それができないと夜の9時ごろには思考力が落ちて眠くなる。

 きのう(7月21日)は午後、我慢ができずにわが家の道路向かい、駐車場をはさんだ奥にある故義伯父の家に移動した。

 わが家から海までは5キロほど。昔は海からの風が吹きぬけたものだが、今は周りに家が建て込んだために、屋根をかすめて通り過ぎる。
 
 故義伯父の家は南面に空間が広がっている。海からの風が家並みを越えて吹きこんでくる。ガラス戸のカーテンの揺らぎが心地いい=写真。直接風を受けていると、風邪を引きそうだ。上半身を障子戸で隠し、足だけを風にさらして横になった。

 東北南部の梅雨はまだ明けない。平均するとあした(7月23日)が梅雨明けの日だが、今年は体感的にはカラ梅雨、いや梅雨はなかったのではないかといいたくなるほどの酷暑続きだ。

 テレビでは、小名浜の気温がいわきの気温のように報じられる。とんでもない。涼しい海風の吹くハマの気温でしかないのだ。内陸の山田では7月、きのうまでに真夏日が計11日あった。山田の気温がいわきの気温を代表している、といってもいい。きょうとあしたは曇りで、午後には雷雨になるとか。涼しくなるなら、そしてパソコンが落ち着くなら、曇りでも雷雨でもかまわない。が、けさも太陽が顔を出している。

2017年7月21日金曜日

キュウリ尽くし

 庭の柿の木でおととい(7月19日)夜、耳鳴りかと思うほどか細い声でニイニイゼミが鳴いた。ずいぶん遅い初鳴きだ。きのうも午後になって鳴きだした。
 ニイニイゼミが鳴きだすころ、家庭菜園ではキュウリが収穫の最盛期を迎える。採ったり届いたりしたキュウリが台所に山になる。大根ならしばらく置いても糠漬けにできるが、キュウリはそれが効かない。水分が飛んで、中身が綿のようになったキュウリは、漬けてもまずいだけ。で、とりあえず採りたてを糠床に入れるか、キュウリもみにする。

 糠漬けは、基本的には浅漬けだ。夜に漬けたら朝には青みの残るキュウリが食べられる。気温が高い今は漬かりも早い。夫婦2人が一度に食べる量はせいぜい1本半だ。糠床で眠ったままのキュウリが出てくる。

 古漬けはあめ色になる。塩分と酸味が強い。食べるときには水に浸けて塩を抜き、ショウガをおろして醤油をかけて食べる。あめ色でもまだ漬けが浅いキュウリは、パックに入れて冷蔵する。程よい酸味と歯ごたえが、浅漬けとは違った食欲を誘う。

 肥大キュウリが2本も3本も採れたときには、違った調理と食べ方をする。ピーラーで皮をむき、透き通るくらいの小口切りにしてキュウリもみにしたのを、薄くパックに詰めて冷凍・保存する。

 キュウリは、そもそも“固形水”だ。成分の90%以上が水分でできている。それを薄切りにし、塩でもんで凍らせると、シャーベットになる。

 先日の朝、食卓にこの“シャーベットキュウリ”とあめ色の浅漬け、塩出しをした古漬けが出た=写真。シャーベットキュウリは熱いご飯にのせるとすぐ氷が融ける。もう少し塩を利かせたら、うまくご飯にからんだかもしれない。

 昔は、糠床とは別の甕でキュウリの古漬けをつくった。たっぷりの塩と激辛トウガラシを加え、落とし蓋に重しを載せる。しみ出た水分を時折煮沸して戻し、しおれたキュウリを雑菌から守る。1カ月もすれば、ぺちゃんこになったあめ色の保存漬けができた。

 夏井川渓谷の隠居には、今が最盛期のキュウリ1本のほか、夏キュウリの苗2本がある。これからが収穫の本番だ。3日に一回は摘みに行かないと、肥大キュウリだらけになってしまう。そのときにはキュウリもみにするが、梅肉もまぶすと変わったシャーベットキュウリになるかもしれない。今度、ためしてみよう。

2017年7月20日木曜日

霧の海水浴場

 いわき市平の薄磯海水浴場が7年ぶりに再開されたというので、きのう(7月19日)午後、平と鹿島の書店を訪ねた帰りに寄ってみた。 
 このところ、よく濃霧注意報が発表される。行ってみて納得した。塩屋埼灯台をはさんだ豊間と薄磯がうっすら霧に包まれていた。灯台も断崖も見えない。が、県道小名浜四倉線の通行にはまったく支障がなかった。
 
 県道に接続してできた市道南作青井線を利用して海岸部に下りる。昔からの“バス道”にぶつかり、左折して大改造された薄磯に入ると、防災緑地の“丘”が現れる。立て看に従って車を進める。と、その丘の陰にもう一つ道路があった。海側からいうと、砂浜・堤防・駐車場・道路・防災緑地・道路という配置だ。
 
 震災で地盤が沈下し、砂浜が狭くなった。そのうえ、原発事故が起きて、海水浴どころではなくなった。震災前、いわきには10の海水浴場があった。今は9海水浴場だという。照島のサンマリーナがはずれた形になっている。で、震災1年後に勿来、その翌年に四倉、それからさらに4年たって薄磯の海水浴場が再開した。
 
 もう梅雨が明けたのではないかと思わせるような酷暑が続いている。新しい薄磯の光景をこの目に焼きつけたい。海に入るほどの若さも元気もないが、潮風には当たりたい。鹿島ブックセンターからは目と鼻の先だ。急に思い立って、海岸道路へ出た。
 
 海水浴場は霧に視界を遮られていた=写真。平日のせいもあって、その時間(午後2時半ごろ)、海岸にいるのは10人ちょっとだった。海に入っている人はいない(霧のために自分で控えたか、遊泳禁止になったか)。晴れていれば波打ち際で足をぬらしたかったが、堤防から眺めただけで帰ってきた。

2017年7月19日水曜日

ケリがいた

 若いころは、子どもを連れて森や河原、海岸へバードウオッチングに出かけたものだが……。今は、庭にやって来る鳥や、堤防・田んぼのあぜ道・山道などを車で移動しているときに目に飛び込んでくる鳥を、瞬間的に見るだけだ。
 毎晩、野鳥図鑑をながめ、日曜日ごとに鳥を見に野外へ出かけた。その経験から、身近な鳥に関しては鳴き声・色彩・飛んでいる姿・止まっている形(シルエット)で、おおよそ見当がつくようになった。それでも、自信を持ってこれだといえる種類は少ない。まだ見聞きしていない鳥がいっぱいいる。そのひとつが、ケリという名の水辺の鳥。
 
 日曜日(7月16日)昼前、夏井川渓谷の隠居で土いじりをしたあと、朝と同じく帰りに平下平窪の田んぼ道を利用した。青田のなかに一枚、湿って一部水が張られた休耕田がある。そこに脚の長いハトくらいの鳥が休んでいた=写真。通り過ぎようとしたとき、ちらっと視界に入ったので、5メートルほど車をバックして写真を撮った。

 家ですぐ図鑑に当たる。日本鳥類保護連盟の『鳥630図鑑』に似た鳥がいた。ケリの若鳥のようだった。ケリはチドリ目チドリ科、いわゆる「シギチ」(シギ科とチドリ科)の仲間で、留鳥だという。本州の東北~近畿地方の一部の水田や荒れ地で繁殖し、冬には広い水田や河原、干潟などで見られる、とあった。留鳥? 私は、自分の生活圏では見たことがない。

 念のために日本野鳥の会いわき支部の『いわき鳥類目録2015』に当たる。いわきでは留鳥ではなく漂鳥だ。「市内では春先と秋口に数回の確認記録があるだけです」。すると、どこかで巣立った若鳥が放浪中、平窪の休耕田で一休みしていた、ということになるか。
 
 そのどこかのひとつ、「棚倉町で繁殖中の個体に遭遇したことがありました。けたたましく『キリッ、キリッ、キリッ、キリッ』と鳴いて威嚇してきましたが、この鳴き声からケリと名付けられたとも言われています」。中通りから阿武隈の山を越えてやって来たのかもしれない。
 
「数回の確認記録があるだけ」なら、いわきでは希少種、写真的には特ダネではないか、なんて思ったのだが、データを拡大するとピンボケもはなはだしい。でも、今まで見たこともない鳥を見た、という喜びだけは大きかった。