2011年2月7日月曜日

リコール


本田技研工業からダイレクトメールが届いた。「フィット」のヘッドライトが点灯しなくなるおそれがある、ついては部品を交換する――いわゆる「リコール」(無料修理)だ。わが家の近くのディーラーが指定されていた。

きのう(2月6日)の朝、そこへ行ってみてもらった=写真。①ロービーム端子のみ長い配線に交換し結束バンドで固定する②接続カプラーが溶損しているものは前照灯操作スイッチとカプラーを新品に交換する――①の方だった。20分程度で作業が終わった。

その間、事務所兼応接室で待機したが、そこに備えてある「フィット」のハイブリッド車をPRするリーフレットに心が動いた。前の日、1月の国内新車販売で「フィット」が「プリウス」を抜いて1位になった、という新聞記事を読んだばかりだったからだ。

会社を辞めるときに「パジェロ」を手放した。「ガソリン食い」もいいところで、「プリウス」に乗る知人からは「環境破壊車だね」と嫌味を言われていた。「フィット」にするか、「プリウス」にするか――信頼するディーラーに尋ねたら、一発で「フィット」と言われた。

で、低価格・低燃費の「フィット」に乗っている。これに、安いハイブリッド車(159万円)が加わった。「プリウス」を抜いて販売台数が1位になったのはそのため。「プリウス」には手が届かないが、「フィット」なら――その気持ちはわかる。

今の「フィット」を乗りつぶしたら、同じ車種のHVにしよう。どこへ行っても「フィット」だらけで気恥ずかしいのだが、「環境破壊度」が低い車はやはり魅力だ。「フィット」の宣伝になってしまったか。

2011年2月6日日曜日

子鉄


鉄道ファンは、興味の対象や性別、年齢などによっていろいろ細かく分類されるようだ。何年か前、磐越東線をSLが走ったことがある。もちろんイベントとしての運行だ。沿線に「撮り鉄」(鉄道撮影ファン)が殺到した。車内には「乗り鉄」(鉄道旅行ファン)がいっぱいいたことだろう。

音声や音響を録音するのは「音鉄」「録(と)り鉄」、切符などのコレクターは「蒐集鉄」、途中下車組は「降り鉄」、車中で酒を楽しむのは「呑み鉄」、時刻表収集は「時刻表鉄」、駅弁マニアは「駅弁鉄」なのだとか。近ごろは女性の鉄道ファン「鉄子」が増えた。そして、NHKの番組で知ったのが、電車好きの子ども「子鉄」だ。

とっさに、間もなく4歳になる孫の顔が思い浮かんだ。寝ても覚めても鉄道のことが頭から離れない。「スーパーひたち」=写真=が大好き、常磐線が大好き、踏切が大好き。いわき駅前再開発ビル「ラトブの」の4階、いわき総合図書館の児童ライブラリーにある鉄道模型が大好き。

たまに来て、ジイバアと遊ぶ。「図書館へ行きたい」「スーパーひたちを見たい」。では行こうか、となるが、たいがいは買い物が目当てだ。

帰りは、必ずいわき駅の東、夏井川の鉄橋と鎌田山下のトンネルを過ぎたところにある常磐線の「神谷村踏切」を渡る。そうせよ、というのだ。時間は夕方5時から6時のあいだ。孫は、常に遮断機が下りて電車が来るものと思い込んでいる。

今年に入って、そこを渡ったのは2回。最初は踏切がうんともすんとも言わないから、駄々をこねられた。2回目は踏切に近づいたら、ちょうど遮断機が下りたところだった。普通列車がいわき駅へと驀進していった。大喜びだった。

もう一人のジイジは国鉄・JRマンだった。その遺伝子が刷り込まれているのかもしれない、などと、満足げな「子鉄」を見て偶然に感謝した。

2011年2月5日土曜日

テレビがおかしくなった


わが家の液晶テレビがおかしくなった。数日前から、スイッチを入れると色のついた縦縞が現れる。それがオーロラのように激しく動く。音声はある。朝だけの現象だったのが、きのう(2月4日)は一日中そうだった。

嵐になったとき、BS放送の画面が乱れることはある=写真。それとは別だ。液晶だから寒い朝は(今年は厳冬だから)動きが鈍いのかと、おとといまでは思っていたが、どうもそうではない。液晶は室温の変動なんかは当然、計算に入れてつくられているはず。それを越えた異常さだ。

家電製品その他に詳しい若い仲間がたまたまゆうべ来て、「寿命かな」という。「えっ、ン十万もしたのに!」とカミサン。

なじみの家電商から新中古の液晶テレビを安く買った。そのあとだ。液晶テレビが安くなること、安くなること。今は同じサイズが「5万円か、3万円くらい」だと、若い仲間が言う。修理が可能か。可能だとしてどのくらいかかるのか。買い換える方がいいかもしれないですよ、という。

というわけで、一日、テレビを見ないで過ごした。きょうもそう。あしたもそう。テレビを直すにしろ、買うにしろ、テレビが見られる日までは、ニュースは新聞だけ――そういう日々が続く。

それで、あらためて思ったことがある。「地デジ」対応ができずに、7月になってテレビが見られなくなるお年寄りのことを。

何とかしないと、という区の役員の新年会でのやりとりを2月1日に書いた。今度、故障でテレビが見られない状態になって、これはやはりただごとではないと感じた。「アナログはだめ」と勝手に決めたのは国で、それは何のために、という詮索は、今はしない。

市役所と地元の区と共同で、お年寄り(ばかりではないかもしれないが)の家のテレビ調査をする。で、チューナーをつければOK,あるいは買い換えを――そこまでしなくてはならない状況にきているのではないか。

テレビメディアの若い女性アナウンサーが共同でPRしても、お年寄りにはメッセージが届かない。言葉としての「アナ」も「デジ」も風のように通り過ぎていく。区の役員になって、つまり地域の「当事者」になって初めてそれを知った。

既存メディアが地域の隅っこまで情報を届けられるほど地域は単純ではなくなった。ならば、地域に暮らす人間が、ブログでもいい、ツィッターでもいい、それを市民メディアとして補完するところにきているのではないか――そんなことを感じている。

2011年2月4日金曜日

タカハルチョウ


鹿児島県霧島市にある新燃岳(標高1,421メートル)の噴火が収まらない。真東のふもとには宮崎県高原町(たかはるちょう)が広がる。大陸から寒風が吹き寄せれば風下になる。火山灰や噴石が降り注いでもいる。火砕流の危険があるため、町は約500世帯1,100人に避難勧告を出した。鹿児島・宮崎両県で計350人を超える人たちが避難しているという。

新燃岳も、高原町も初めて知った。テレビで噴火のニュースに接するたびに、耳がそばだつ。「タカハルチョウ」。自分の名前をだれかが呼んでいる、そんな感覚に襲われる。沖縄の「ハエバル」(南風原町)がそうであるように、九州の方では「原」を「ハル」「バル」と発音する。

高原町とはどんな町か。役場のHPをのぞいた。「たかはるニュース」のコーナーに噴煙を上げる新燃岳の写真が載っている。2月3日時点での噴火ドキュメント写真も見られる。

HPやウィキペディアの受け売りだが、町は宮崎県の西南部、国立公園霧島山を境に鹿児島県と接する静かな山あいに位置している。「天孫降臨」の神話のふるさととかで、人口は1万人弱。畜産を主にした農業が基幹産業だ。面積は85平方キロメートル。

いわき市を貫流する夏井川の上流、田村郡小野町は面積125平方キロメートル、人口1万2,000人弱。小野町から類推すれば、意外と人口が多い。豊かなのだろう。

いわき市は西に阿武隈高地が広がる。今年は寒気がきついために、時折、雪雲が山を越えてやって来る=写真。「吹っかけ雪」を眺めながら、「タカハルチョウ」を襲う火山灰はこんなものではないだろう――そんな思いがふくらむ。

2011年2月3日木曜日

滝の氷


夏井川溪谷の森は、左岸と右岸とでは全く様相が異なる。南向き(左岸)の斜面には「早春」の陽光が降り注いでいる。北向き(右岸)の斜面は「真冬」のままだ。雪が残っている。雪上に刻された生きものの足跡については、きのう(2月2日)書いた。

雪だけではない。滝が凍っている。北向きの森の中にある「木守(きもり)の滝」は、全面凍結とまではいかないが、かなり氷が成長してきた=写真。向かって左側はそれほどでもないが、右側は氷柱が重なり、つながり、肥大して、上から下までびっしり“よろい”を着たようだ。

極寒期(今だが)には、この滝の氷をかち割って持ち帰る。夏の行事に6月30日の「氷室開き」がある。それまで冷蔵庫に保管しておくのだ。およそ5カ月後。暑さがつのるころに焼酎、ウイスキーどちらでもいいが、オンザロックにして目の前の渓谷の自然に感謝する。

雪上の足跡探検をした帰りに、「木守の滝」と向き合った。アノラックにはアイスピックとポリ袋を二つしのばせてある。一番下の氷柱をかち割り、袋に詰めた。家庭の冷蔵庫だから、冷凍室は小さい。そんなに必要はない。

無量庵の冷蔵庫に二袋の氷を詰め込むのは無理だから、一袋はわが家に持ち帰り、だれか来たときにふるまうことにした。落ち葉入りの氷はちょっとないだろう。

2011年2月2日水曜日

雪上の足跡


夏井川渓谷の無量庵へ行く。洗面所の水道管が凍結・破損したため、「週末泊」は寒さが峠を越すまでおあずけだ。室温、氷点下5度。外気温は? 雨だれを受けるバケツの氷がずいぶん厚くなっている。

その溪谷に身を置く。生ごみを畑に埋める。そうして「平地のいわき」とは違う「山里のいわき」を体感する――「いわきとは何か」をライフワークにしている身としては、定点観測が欠かせない。

無量庵の畑は一部、雪をかぶっていた。タヌキか何かの足跡があちこちにある。無量庵の下の空き地にも雪が残る。北向きの森は、小道が雪で埋まっていた。冬の楽しみは雪上の足跡探検。さっそく歩き回る。

前脚の跡がそろって長く後ろが小さいのはノウサギ=写真。丸みを帯びて爪の跡があるのはタヌキ。丸いだけなのはイノシシか。リスの足跡はない。ヤマドリの足跡もなかった。

森の途中に沢へ下る坂道がある。滑りそうだ。引き返す。人間の歩く小道は「けものみち」。それを確かめただけで十分だ。

2011年2月1日火曜日

「地デジ」問題


平・中神谷南区。これが私の住むまち(行政区)だ。区の役員が参加して日曜日(1月30日)午後1時から、近所の飲食店で新年会が開かれた。新米役員である。昼間のアルコールにとまどいながらも、カモ鍋や刺し身、てんぷらなどに舌鼓を打った。

今年は前半、「地デジ」問題がピークを迎える。区の中に7月、パタッとテレビが見られなくなるお年寄りが出てきやしないか――そんな話になった。

80歳を過ぎた初代区長が「アナログだとか、デジタルだとかいう言葉は、年寄りにはわからない」という。大相撲が始まるとテレビ桟敷に陣取る。いわき市内に住む娘さんや隣県に住む娘さんが定期的にやって来るようだから、たぶんテレビのチェックはしているだろが、そうではないひとり暮らしのお年寄りは……。

テレビは盛んに「地デジ」切り替えをアナウンスする。が、初代区長と同じように「デジ」だの「アナ」だの、何のことやらわからずにいるお年寄りがいるのではないか。未対応であれば、突然、楽しみが奪われるという事態になりかねない。

わが家の液晶テレビが早朝、ときどきおかしくなる。スイッチを入れると縦縞画面=写真=になる。黒いだけの「薄型ラジオ」になることもある。アナログテレビは、これが砂嵐に変わる。

民生委員と協力して、それとなくお年寄りの家のテレビをチェックしましょう――という空気が生まれた。今年の大きな区の課題でもある。