「罹災証明書」の申請受付が始まったというニュースに触れて、思い出した。15年前、わが家も申請したんだっけ――。
令和8年熊本地震の続報から目が離せない。どうしても東日本大震災と原発事故の記憶がよみがえる。その経験から被災地の今とこれからに思いがめぐる。
罹災証明書は被災者の生活再建支援に欠かせない。これがあると支援金をはじめ、家の応急修理、税金・公共料金の減免など、各種の公的支援が受けられる。
罹災証明は、申請を受けると行政が現場を見て発行する。しかし、その判定に納得できないときがある。その場合は再申請ができる。わが家もそうした。その記録が2011年の秋のブログに残っている。参考のために要約・再掲する。
――屋根の瓦が1枚割れ、コンクリートの基礎に亀裂が入っている話を書いたら、匿名さんから「被災申請を出して判定を受けてください」というコメントが入った。
それにしたがって「罹災照明」の申請をしたら、いわき市から人が調査に来た。家は「一部損壊」の判定だった。
その後、知り合いの建築士に話すと、「再申請をしたら」という。不服申し立てである。
それをしたら、東京から応援に来ている公務員氏と判定員の建築士2人の計3人が再調査にやって来た。
水平・垂直を測る道具を使い、家の内外をこまかく見たあと、目の前でマニュアル化されたチェック項目に点数を書きこんだ。「半壊」の判定だった。
判定した建築士さんの話では、基礎のコンクリートが割れて家の北西側が少し沈んだ。
それで2階北側の床が2センチ近く下がったために、壁と梁との間にすきまができた。
道路に面した北側1階の床にボールを置くと、コロコロ転がっていく。推測していたとおりの結果になった。
台所の外壁、戸のすきまなど、専門家に指摘されるまで知らなかった亀裂、ひずみもある。
「半壊」の証明書が出るのはざっと3週間後。応援の公務員氏は支援・減免など利用できる制度の説明をする一方で、「一部損壊」の証明書を持ち帰った。
ここはありがたく制度を利用することにした。夜、知り合いの建築士に電話で点数を告げたら、「大規模半壊に近い半壊ですよ」といわれた。思っていた以上に家は傷んでいた――。
最初は見た目だけの判断だったといってもいい。屋根の瓦は、秋に施工業者が見回りに来て、残っていた予備の瓦と取り換えてくれた。
しかし、どうもトイレの雨漏りが止まらない。支援金制度を利用して、すぐ2階のテラスを改修したら、雨漏りが止まった。
縁側のコンクリートのたたきも手つかずのままだ。15年たった今は、その亀裂が少し広がったような気がする=写真。
この15年の間にも何度か大きな地震を経験している。それで亀裂が少しずつ広がったのかもしれない。
メディアの震災報道がなくなれば終わりではない。むしろ、そのあたりから個別・具体の問題がのしかかってくる。しかも、それがずっと尾を引く。
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