2010年6月7日月曜日

モグラ道


夏井川渓谷の無量庵に小さな菜園がある。種をまいたり、苗を植えたりしたあとの管理が難しい。きちんとした畑ならモグラは走り回らない。それはプロから聞いている。その学習が15年たっても身につかない。農の営みがまねごとでしかないからだ、と思う。

落ち葉を堆肥枠に入れる。発酵・分解を待つ。有機質がそれで無機質になる。そうなれば、立派な堆肥だ。それを待てない。というより、堆肥づくりのウデが悪いのだ。

未熟な堆肥をすきこむと、ミミズがすみつく。堆肥枠にはいっぱいミミズにすんでもらいたい。が、畑はノーサンキューだ。いつの間にか、うねにジグザグの盛り上がりができる。モグラがミミズを求めて道をつくる。

キュウリ苗を植えるために、先日、平うねをつくり、石灰をまき、元肥に堆肥を入れた。半月は経過していた。さあ苗を定植しようと、6月5日の夕方、水をやったらポカッと穴があき、土と水がどんどん吸い込まれていった=写真。そうなると、かかとでモグラ道をつぶし、へこんだところに土を盛ってならすしかない。その繰り返しだ。

ほかにも、定植したネギ苗の溝が一部崩れていた。コカブのうねが盛り上がり、亀裂が入っていた。踏み固めた道までジグザグに盛り上がっていた。

野菜の根がモグラ道のせいで宙ぶらりんになり、養分を吸収できなくなって枯れてしまう――こういう事態が一番困る。モグラよ、モグラ、うねは避けて通ってくれよ、と頼んでも無理か。

2010年6月6日日曜日

宇宙下着


163日の宇宙滞在から帰還したばかりの野口聡一さんが、テレビの向こうでやりたいことを聞かれ、「熱いシャワーを浴びて、冷たいビールを飲みたい」と答えていた。国際宇宙ステーションにはシャワーがない。地上の感覚では宇宙ステーションの生活をはかれないのだ。

ほぼ1カ月前に、全国紙に載っていた「宇宙下着」の記事を思い出した。若田光一さんが宇宙ステーションに長期滞在をした際、におわない「宇宙下着」を着用した。それを応用した枕カバーが発売された、というのが記事の内容だった。

とっさに草野心平が思い浮かんだ。『草野心平日記』全7巻がある=写真。それを読んで驚くことがいっぱいあった。その一つが風呂。晩年はめったに入浴しなかったらしい。

1979(昭和54)年1月1日の記述。「風呂にはいる。何十日ぶりだろう。石ケン使はず湯ブネの中でゴシゴシ洗ふ」。元日の若水を意識しての入浴だろうが、それまで何十日も風呂に入っていない。大変な75歳だ。

それから6年後、81歳の1985(昭和60)年1月1日。「百余日風呂に縁なく、元日はヒゲ剃りもなし」。百余日に1回なら、入浴は一年に3回くらいのペースだ。いよいよ宇宙的になった。どうもこの詩人は地上の感覚でとらえようとしてもとらえきれないのではないか――そんな思いが日記を読んでふくらんできた。

2010年6月5日土曜日

現地調査


家の前の歩道は通学路を兼ねる。側溝の蓋はところどころ、小石まじりのコンクリート製だ。古いタイプで重く、すき間(切り欠け部)が大きい。幼児の足がすっぽり入る。お年寄りもつまずきかねない。

行政区の役員が参加して「区内箇所検分」を実施した際、住民から改善の要望が出された。早速、区長さんがいわき市道路管理課に要望書を出したところ、担当者が調査にやって来た=写真。区長さんからの要請で私ともう一人の副区長が調査に立ち会った。

よその地区からも同じような要望があるらしい。蓋の取り替えで対処しているのだという。それなら話は簡単だ。側溝蓋を実地に見て、一気には難しいが二回くらいに分けて蓋を取り替える、ということになった。

ほかに一カ所、カーブミラー設置の要望が出されているところも見た。工事を進めるには地権者の同意書が必要になる。地権者は既に了承している。区長さんを経由して手続きを取ることになった。

区長さんはこの件で写真を撮り、蓋のすき間を実測し、要望書にまとめたうえで道路管理課へ出かけ、状況を説明したという。「区内箇所検分」から1カ月も経ないうちに、解決のめどが立った。区の役員にならなければ知らない「区長の仕事」の一端だった。

2010年6月4日金曜日

ぶっかけご飯


おとといの「山荘ガーデン」の続き。いわき市立草野心平記念文学館への道を手前で折れ、文学館ののり面を巻くようにしてくねくね駆け上がること数分、目指す山荘に着いた。沢の斜面を利用したロックガーデンだ。ガーデンには小道に沿って番号と植物名を書いた札があり、花の名を確かめながら前へ進むことができる。

自分の山からしみ出す水が豊富にある。果樹を植え、野菜を栽培し、山菜を増やした。チャボとウコッケイを放し飼いにしている。みそを、漬物を、干し柿を、シイタケをつくる。無農薬の食材で自給自足をする――というのが生活の基本のようだ。

ガーデンを見終わると、昼食をどうぞ、となった。ちょうど昼どき、気にしながらの訪問だったが、やはり気を使わせてしまった。チャボとウコッケイの卵かけご飯に、タケノコの煮物、ワカメとタケノコのみそ汁、大根の漬物が出た。みそはもちろん自家製だ。ぶっかけご飯が甘くておいしかった。みそ汁はさっぱりしていて、やはり甘かった。

その前にイチゴと、信濃柿の干し柿、スライスされた冷たい干し柿が出た=写真。信濃柿は、ブドウでいえば黒色小粒の「スチューベン」と同じくらいの大きさ。豆柿よりさらに小さい。網に入れて干したという。スライスされた干し柿はひんやりして控え目な甘さが口に広がる。これも自家製だ。

奥さんは朝起きると、まず園内を散歩する。そうして、その日の食材を調達する。ご主人は夜寝る前、翌日の庭仕事の段取りを頭に入れる。庭仕事は尽きることがない。山中の自然と一体となった暮らしだからこそ、それを維持するための仕事がたくさんある。ここでは、自然は活用されながら守られ、増殖されているのだ。

2010年6月3日木曜日

スズキ届く


今の時期がスズキの旬。

おととしだったか、双葉郡の歯科医のご主人が海で釣ってきたというスズキを、奥さんからいただいた。最初はとまどった。一匹丸ごともらっても三枚におろせない。行きつけの魚屋さんに持ち込んだ。これではいけない。次の年には出刃包丁と柳葉包丁を使えるようにした。

そして、今年。5月に入って2回、月が替わったばかりのきのう(6月2日)、スズキが届いた。3回のうち1回はうろこも、内臓も取ってあった。三枚におろせばいいだけだった=写真

魚を三枚におろす――などとは、スズキがわが家に来るまでは考えたこともなかった。いわき市漁協のHPでスズキのおろし方をメモし、〈さあ、やるぞ〉となった。最初は素手でスズキを押さえながらやったので、滑って往生した。背びれがチクッと指をさすこともあった。今は軍手をはめる。

三枚におろしたのはいいが、骨に残る身が多かった。今もまだ多い。が、回を重ねれば学習の成果は出る。一枚は刺し身、残る一枚は切り身にして塩焼き、骨はぶつ切りにしてすまし汁に――。だんだん刺し身も、切り身も肉厚になってきた。習うより慣れろ。何でも回数をこなすことだ。

白身の魚だから、味は淡白だ。刺し身も、塩焼きもさっぱりしている。アラのすまし汁がとりわけいい。

おかげでカツオの刺し身からこの2週間遠ざかっている。そちらが恋しくなった。

2010年6月2日水曜日

山荘ガーデン


夏井川の支流・小玉川のダム下流左岸、尾根筋にいわき市立草野心平記念文学館がある。駐車場に車を止めると、さらに左側、沢をはさんだ向かいの尾根の中腹から鶏の鳴き声が降って来る。鳴き声につられて見上げると、木々の合間に屋根が見える。〈ああ、あそこに人が住んでるのだ〉と分かる。

きのう(6月1日)午前、家に電話がかかってきた。子どもが中学校のときのPTA仲間(カミサンたち)からだった。私が家に戻ると、カミサンがこれこれこうでと説明する。ピンときた――あの家に違いない。昼どきだが行ってみよう、となった。

文学館への道の途中から右に入り、くねくねした林道を上って行くと、旧知のご夫妻が道端で作業をしていた。幼犬が一匹、道の真ん中に寝そべっていた。

最初はもっと下に別荘をつくった。それを売って上の山を買った。面積は六千坪だという。夏井川渓谷の、わが無量庵は五百坪(借地)――それでも広いと思っていたのが、12倍もあるではないか。そこに家を建てて移り住み、街にある家は人に貸した。別荘時代からいえば二十数年、移り住んで庭づくりを始めてからは6年余とか。

杉が植わっていた斜面を切り開き、家を建て、畑をつくり、沢の水を生かし、岩石を生かして、ロックガーデンをつくった。果樹の苗木を植え、花の苗を植えた。

そうしてその土地に合うものが残り、増殖して、人工の空間とは思えないほど安定してきた。あえて不便な斜面を選んだのは、家から花を見たいためだという。

白いバラの花(ナニワイバラ)がガーデンの真ん中でこぼれるばかりに咲き誇っていた。それを中心にしてニッコウキスゲその他の野草が咲いていた=写真

あれこれ報告しようとするとキリがない。まずは第一印象だけにとどめよう。一言でいえば、「21世紀的生き方」がここにある。よくぞここまで杉林から雑木と野草の園をつくり、自然を回復・増殖したものだ。そして、それは今も続いている。

2010年6月1日火曜日

間引きカブ


無量庵(夏井川渓谷)の畑にあるコカブの葉が成長し、となりの葉とこすれあうようになった。何度か間引きを続け、株間を広げながら追肥した。それが、この半月で葉が一気に大きくなったのだ。根も膨らんできた。

おととい(5月30日)の日曜日に初めて収穫した=写真。とはいっても、まだ間引きカブだ。径2~4センチ程度だろうか。

畑には小石が多い。取り除こうとしたこともあったが、やめた。きりがない。小石は土の中で太陽を遮る役目を果たす。石の裏側はそれで湿っている。ミクロレベルではそうだ、と思うことにした。

その代わり、根菜のできには目をつむる。大根が二股どころか、五股、八股になる。人体に似ているといって新聞のトピックスになるときがあるが、それはたいがい土中の小石に根の肥大が邪魔され、分岐しながら根が大きくなったからだ

わがコカブも一つ、そんなものがあった。小石に邪魔されて裂けた状態で肥大した。傷物だが、自家消費だから見た目は気にしない。朝、ぬか床に入れて、宵に取り出して食べた。傷のついた部分は白ではなく、くすんだ黄土色になっていた。それでもかまわない。酒のつまみにして食べた。うまくはないが、まずくもなかった。

コカブはぬか床の中ですぐやわらかくなる。ぬか漬けに向いている。そのために栽培しているようなものだ。しかも、手っ取り早くつくることができる。二十日大根の兄貴分、と考えればいい。にしても、やはりもう少し見た目をきれいにつくりたい――とは思う。