2018年8月7日火曜日

稲光りの夜

きのう(8月6日)は「昼過ぎから雨」の予報だった。午前中、用があって鹿島ブックセンターへ出かけた。行きは国道6号(バイパス)を、帰りは海岸道路を利用した。いわきの中央部をぐるっと反時計回りに巡ったことになる。
書店の駐車場に着くと、雨がパラパラ降ってきた。自宅2階の窓は開いたままだ。あわててカミサンに電話をする。「こっちは降ってないよ」「降るから閉めて」

そのあと、海のそばを通った。鉛色の空が広がっていた。久しぶりに雨の期待が広がる。しかし、薄磯海水浴場はそんなに降っていない。海の家に「遊泳可」の白旗が上がっていた。

午後も、空は鉛色の雲に覆われたままだ。黒っぽいちぎれ雲が東と北から足早に流れてくる。小雨もふっかける。雨音かと思えば、蝉の鳴きだしの声。そのうち、一時バラバラと強い雨がくる。それでも庭の土は乾いて灰色のままだ。

未明には雷・強風注意報が発表された。午後には風が吹いて雷が鳴り始めるか、と身構えていたが……。午後2時前には雷注意報が解除され、同3時50分には再び同注意報が発表された。

そういえば――。おとといの夜、カミサンが近所から戻って来て、玄関に入るなり言った。「見てみて、稲光り!」。東南の方向で時々、ピカッと空がピンク色に光る。雷鳴は聞こえない。

カメラを連写モードにして、かろうじて1枚撮った=写真。入道雲(積乱雲)が映っていた。入道雲の陰で放電しているようだった。その後は「被写体が暗すぎます」の表示が出て、シャッターが切れなくなった。

きのうの午後3時ごろ、天気予報を確かめると、浜通りは「夜、雨」に変わっていた。まだ明るい5時20分過ぎ、本降りになった。6~7日の雨量は平15.5ミリ、小名浜4.5ミリ、山田3.0ミリ。庭の土がやっと水を含んで黒くなった。

折から平七夕まつりが始まった(8日まで)。笹飾りは、8日のいわきおどりは? 関係者でもないのに気をもんでいると、まつりを見てきた客人が「風が強くて、笹飾りは取り込まれていた」という。いわきは、きょうも「雨」、あしたはもっと激しい「雨」の予報だが……。

2018年8月6日月曜日

ノスタルジックシアター第2弾

 きのう(8月5日)午後、いわきPITで本木雅弘主演の映画「遊びの時間は終らない」(1991年公開)が上映された。イワキノスタルジックシアター第2弾として、いわきロケ映画祭実行委員会が主催した。
 去年(2017年)10月、吉野せい賞創設40周年記念事業の一つとして、せい原作「洟(はな)をたらした神」の上映会&トークショーが同所で開かれた。トークに参加した縁で、主催スタッフの一人からチケットを買って夫婦で見に行った。

「遊びの時間は――」は異色の警察映画だ。「筋書きのない」銀行強盗訓練で迅速に“犯人”を逮捕し、警察のイメージアップを図るはずだったのが……。

犯人役の若いおまわりさん(本木)が役になりきって、行員らを人質にとって銀行に立てこもる(1979年の三菱銀行人質事件を想起させる)。外では、地元テレビ局が他メディアに後れを取った挽回策として、キー局から飛ばされてきたディレクターを使って、後手ごてに回る警察を批判し、騒ぎをあおる。そのテレビを見てヤジウマが銀行前に殺到する。ますます収拾がつかなくなる。

訓練が実際の銀行強盗以上に当事者を翻弄し、苦しめ、わくわくさせるという皮肉。言い換えれば、組織の中で指示されたことを極めようとする、「まじめで融通のきかない」おまわりさんと、階級社会の警察内部のドタバタ劇、さらにはヤジウマの無責任な反応がからまりあった社会風刺ドラマ、とでもいえる内容だ。

交番勤務の凡庸な「平田巡査」が、家に帰れば銀行強盗を計画するアウトローに変身する――昼と夜の表情の落差が印象に残った。
 
 27年前に公開されたいわきロケ映画だという。鎌田山からの平の街の全景、平駅(現いわき駅)西側にある跨線橋、「銀行」になった市庁舎前の平商工信用組合(現いわき信組本庁前支店)、「警察署玄関」に見立てられた市議会棟など、見知った場所が出てくる。

 なかでも、お城山の方から見た跨線橋のシーンには、若いとき世話になった知人の家が映っていた。今は跡形もない。その一点だけでも時の移ろいを感じた。

 上映後、出演した俳優の一人(現・浦野REN)が電話を介して、舞台で主催スタッフの質問に答えた。銀行強盗のシーンを撮影するのに、貸してくれる銀行がない、銀行を探して東京から北上したら、いわきにたどり着いた――そんなエピソードが明かされた。映像でロケ地の今を巡る「イワキノスタルジック・リポート」も上映された=写真(チラシ版)。

 それはそれとして、映画は、“ブラック”まではいかない“グレー”なユーモア、とでもいうべき味があった。それがたまたまいわきロケ映画だった、ということであって、いわきロケであれば駄作でもOK、というわけにはいかない――そんな感想も抱いた。

2018年8月5日日曜日

賢治のミミズク

 この夏、家にいるときはTシャツに半ズボン、がほとんどだ。Tシャツの代わりにランニングシャツのときもある。それでも暑い。
 ランニングシャツに半ズボンという組み合わせは、昭和30年代前半、子ども(団塊の世代)の定番だった。それから半世紀後の2010年9月に台湾を旅行したとき、ランニングシャツに半ズボン姿のジイサンを多く見た。初めて訪れた島なのに、懐かしさを感じた。エアコンがあってもめったに使わない、そんな家では暑さをやり過ごす方法がきっと昔の日本と同じなのだろう。

 宮沢賢治が描いたミミズクのTシャツ=写真=を持っている。それを着るたびに、「賢治はわかって描いたんだろうな」と思う。ミミズクの脚(爪)のことだ。

 フクロウ類は木に止まるとき、4本の脚のうち2本を前に、2本を後ろにしてがっちり枝をつかむ。

ところが、賢治のミミズクの前脚(爪)は3本だ。自然科学に精通している賢治が、ミミズクの前脚を2本ではなく3本にしたのはなぜか。フィールドワークによる「心象スケッチ」を得意とする詩人だったから、脚を3本前に出したミミズクを目撃したことがあるにちがいない。

とはいえ、枝の細さからして、前3本ではどうもバランスが悪い、この何年か、思い出してはネットで検索しているのだが……。静止しているフクロウ類の写真は前脚がほとんど2本。しかし、3本の写真もある。詰め切れない。

「フクロウ情報館」というサイトに出合って、ようやく“半解”した。リラックスしているときは「前に3本の指を出して、後ろは1本の形が多い」のだとか。賢治はリラックスしているミミズクを描いたのだと、現時点では解釈しておこう。2本のところを間違って3本描いた――ということもゼロではないのだから。

さて、いわき市立草野心平記念文学館では8月26日まで、夏の企画「宮沢賢治展―賢治の宇宙 心平の天」が開かれている。賢治の描いた水彩画も展示されている。ミミズクの絵は、今行けば本物が見られる(12日まで)。脚からミミズクの絵を観察してみてはいかが?


2018年8月4日土曜日

「ミンミン攻撃」

 未明の4時過ぎにはセミも目覚める。ミンミンミー。最初はつつましく。やがて日が高くなるとつんざくように、ミンミンミンミンミー、ミンミンミンミンミー……。今朝は寝坊したのか5時2分に鳴きだした。4時20分のヒヨドリには後れを取った。
 日中はミンミンミンの合間に、オーシツクツク、オーシツクツクのツクツクボウシ、ジリジリジリジリジリのアブラゼミ、朝晩、たまに遠く近くカナカナカナのヒグラシがうたう。そして、闇に包まれたあとも、思い出したようにジリジリジリジリ……。

夏は開け放した茶の間と木々の葉が茂る庭とが一体化する。それで、セミその他の虫が家に入り込む。庭木は柿、プラム、カエデ、イボタノキ、ナンテンその他。すべてが「セミの鳴く木」だが、中心はやはり一番大きな柿の木だ。

現役のころは日中、エアコンが稼働する街のビルの中にいた。昼休みにときどき、街のウラヤマ・石森山へ出かけて林内の遊歩道を巡った。夏は「蝉時雨」に包まれた。

職場に戻れば、暑さも蝉時雨も意識から遠ざかる。が、茶の間で座業を続けるようになって10年余。今年(2018年)は特に暑さが異常なせいもあって、庭のセミの鳴き声がこたえる。

蝉時雨は夏の季語。主役はアブラゼミ、立秋が近い今は、ミンミンゼミが中心だ。この季語が登場するのは江戸時代中期からだそうで、芭蕉の時代には単に「蝉の声」だった。「蝉の声」を「時雨」に見立てた人間は街の遊民だったに違いない。森の音のシャワーを浴びながら暮らす実業の人間には、とてもじゃないが「蝉時雨」などとしゃれる心の余裕はない。

 夏井川渓谷の森の中に住み、日中は街で仕事をしている友人夫妻が、早朝、至近距離でヒグラシの鳴き声に包まれる。「カナカナ攻撃」と表現していた。それにならえば、目と鼻の先5メートルからの「ミンミン攻撃」だ。

外国人はセミやコオロギの音を雑音と感じるそうだが、日本人だって間断なく「ミンミン攻撃」を受けていれば、耳をふさぎたくなる。

小さなちいさな緑の空間でしかないが、けっこうな数が羽化するらしい。すでに寿命が尽きたものもいる。ある朝、庭にミンミンゼミが転がっていた=写真左、アブラゼミの死骸もあった=写真右。セミの命は人間に比べたらはかないものの、あの小さな体だ、体積からすると精いっぱい生きて死んだのだ。

2018年8月3日金曜日

日の出、ブユにかまれた?

 昇ったばかりの朝日を浴びるだけで汗がにじむ。その前に土いじりをすませないと。小さなスペースの、趣味の農の営みでしかないのだから――。
 きのう(8月2日)早朝、夏井川渓谷の隠居へ出かけてキュウリを3本収穫し、昔野菜の三春ネギに追肥をして土を寄せた。ほぼ作業が終わった6時ごろ、V字谷に朝日が差し込んできた=写真上。

冬は9時ごろ、隠居の真向かいの尾根から朝日が昇る。夏至から1カ月半近くたった今は、真向かいから左、下流側の尾根の端から昇ってくる。わが隠居より高いところにある家では、無論、日の出はもっと早い。

ネギの溝の隣では、辛み大根を栽培した。2年目からは不耕起でこぼれ種から芽生えたのを間引き、そのまま放置して冬に収穫した。ところが、思ったほど“ずんぐりむっくり”にならない。

で、今年(2018年)は違う場所で不耕起栽培を試すことにした。それまでのスペースにスコップを入れて掘り起こし、生ごみを埋めていったら、また、こぼれ種から芽が出ていた=写真下。これはこれで育てよう。こういう変化・発見があるから、渓谷通いをやめられない。
その一方で「好事魔多し」、鼻の下がしびれて腫れているのを感じた。10日ほど前にも同じような症状になった。ブユ(ブヨ)にかまれたらしい。

 アブもブユも清流の生きものだ。街で暮らす分には、この厄介者とは縁がない。が、山里では特に朝晩、ブユが活動する。カは、雌が血を吸う。ブユも同じだという。すぐ痛みを伴うカと違って、ブユはいつ皮膚をかみ切って血を吸ったかがわからない。ひどいときには、痛痒さが何日も続く。

 家に帰ってすぐアロエの果肉を鼻の下に塗りつけた。ちょっとなめたら、苦い。この苦さが効いたのか、間もなくしびれと腫れがおさまった。

月遅れ盆が明けたら、秋・冬野菜の種まきが待っている。辛み大根は“ふっつぇ”(こぼれ種の自然発生)とは別に、不耕起でさやに入ったままの種を埋めてみる。ほかの空きスペースでは、何年ぶりかで白菜を栽培してみる。冬の漬物用に――なんて、酷暑のなかで頭の“農事ごよみ”をめくっているが、どうなるか。

2018年8月2日木曜日

早朝の出会い

 あまりの酷暑続きに、自分でコントロールできる“仕事”は早朝のうちにすませる――と決めた。きのう(8月1日)は月に3回配る回覧資料の配付日。朝6時台には、ともくろんでいたが、早く起きすぎたので30分前倒しして車を走らせた。
 5時半から行政区の役員さん宅や受け持ち分の班長さん宅を回り、<さあ、これで最後>と、4階建ての集合住宅に入り、2階へ上がりかけたところで、3階から下りてくる新聞配達の青年とすれ違った。顔に覚えがあった。ミャンマーから来た子だ。

 たがいに朝のあいさつをしたあと、ふと思い出して、1階へ下りかける背中に声をかけた。「華正樓でアルバイトをしてるよね」。足を止めて振り返りながら、「はい」と青年が答える。彼とはすでに2回会っていた。

 初回は7月8日。昼前、夏井川渓谷の隠居へ行く途中で、平・下平窪の同店に寄ってラーメンを食べた。そのとき、若いシェフに青年を紹介された。

 カミサンはその前に青年と会っている。やはりカミサンもこの暑さで早起きになった。玄関先にいると、青年が新聞を持ってやって来た。ひとことふたこと、話をした。ミャンマー人であることをそのとき知ったらしい。

 わが家に彼が新聞を届けるのは朝の6時前後だ。ほかの新聞(3時には届いている)よりは遅い。

シェフに紹介された何日かあと、玄関と茶の間のガラス戸を開けて座業を続けていたら――。新聞を玄関わきの袖垣の柱の間に挟む音がした。とっさに声をかけると、少し遅れて返事がきた。これが2回目の出会い。

 そんな彼と、きのうは思いもよらぬ集合住宅内で遭遇した。歩道に配達用の自転車が止めてあった=写真。自転車の向きとカゴの残部数からすると、わが家は最後の方らしい。

帰宅してカミサンに青年とばったり会ったことを話す。間もなく6時という時刻になって、彼がやって来た。カミサンが菓子袋を渡すと、手を合わせて「ありがとうございます」。――こんな出会いもまた、「三文の徳」のうちに入るのだろう。

ついでながら、集合住宅は階を上がるごとに空気が熱くなっていく。気温が一番下がる早朝でも、最上階には熱気がこもっていた。茶の間でも暖気は上昇する。座っている分には扇風機の風で熱が散らされるが、立ち上がると頭がこもった熱気に包まれる。西側の床の間に窓をつくれば、熱が逃げていくはずだが、そうすると今度は西日が差し込む。

ついでにもうひとつ。入道雲は沸くが、夕立は来ない。そもそもこれがおかしい。

2018年8月1日水曜日

「危険な暑さ」再び

 きょうから8月。週末、台風12号の影響でほぼ曇天(雨が少々)になったのも束の間、「危険な暑さ」がまた戻ってきた。このところずっと、猛暑を前提にして“仕事”の段取りを決めている(きょうは未明の4時過ぎ、庭でミンミンゼミが鳴きだした。最近はセミや鳥よりも起き出すのが早い)。
 おととい(7月30日)は――。早朝5時半、近くのコンビニで行政区と子どもを守る会の合同役員会のための資料をコピーした。この時間にコンビニを訪れるのは初めてだ。9時過ぎには、この日でないと集金できない区内の事業所を回って、市民体育祭の協賛金をいただく。

 その前、8時半には、介護のサービスを受けている隣の義弟を病院へ送り届けた。ちょっと前から食欲がない、だるい、力が入らない、という。この暑さにやられたらしい。数日間入院することになった。昼、付き添ったカミサンを迎えに行き、夕方には義弟の身の回り品を持って夫婦で病室を訪ねた。

 きのうは――。朝10時、首にアイスバンドとタオルを巻いて、区の会計さんと協賛金をいただきに残る事業所を回る。ある事業所では、社長さんが「暑いなかご苦労さまです」と、冷えたお茶のペットボトルを手渡してくれた。こういう気配りが汗だくの身にはうれしい。

午後には、隣接する草野・神谷・平窪3地区の連絡道路整備促進期成同盟会の総会が開かれた。会計を仰せつかって2年。収支決算や予算の組み立て、26区からなる期成同盟会の負担金徴収、出納帳記入など、慣れない事務に四苦八苦しながらも、なんとか「異議なし」で役目を終えることができた。

 きょうは――。これから、朝6時台に新聞配達よろしく、「広報いわき」と回覧資料を区の役員さん宅に届ける。前にも書いたが、この時間帯の配付は初めてだ。あまりにも早い時間なので、ピンポンは押さない。玄関脇などにそっと置いてくる。

 外の“仕事”から戻ると、シャツもズボンも汗でびっしょりだ。すぐ水風呂に入って着替える。氷を入れた水を飲む。梅干しジュース=写真=も飲む。このジュースを飲みすぎると、梅酢で歯が腐食されないか――そんなことまで愚考してしまうこの「危険な暑さ」だ。ほんとうはどうなんだろう、歯はそのくらいでは大丈夫?