2009年1月3日土曜日

謝礼のもち米が「お供え」に


昨秋、いわき市の飯野八幡宮八十八膳献穀会の会報「結(ゆい)」に地ネギの話を書いた。後日、神撰田で採れたもち米を頂戴した。

もち米の入ったタッパーに紙が張ってあった。<自然農法による「ほたる米」>。夏にホタルが舞う水田で栽培したもち米、という意味だろうか。もらったのはいいが、どうしたものか。年末になってひらめいた。「おふかし」ではなく、「お供え」にするのだ。

カミサンの実家は米屋である。暮れには頼まれてもちをつくる。その手伝いに行った。商売でもちをつくるのだから、使うもち米の量ははんぱではない。前年に続き、蒸籠(せいろう)を3段に重ねて蒸すまきの火の番を担当した。燃料のまきは廃材、伐採木。くべやすい長さに切ってあった。

義弟に言わせると、火力が強く一定していたので、蒸す時間が短縮され、思ったより早く仕事が終わった。男はたき火が好きだから、火の番は苦にならない。それが役に立ったのだ。

「ほたる米」はあらかじめ届けておいた。「お供え」になって、暮れの29日、わが家の床の間に飾られた=写真。ただのもち米ではない。献穀会が神撰田で初夏に「お田植え祭」を執り行い、秋に「抜き穂祭」を挙行した。その間、心を込めて育てたもち米を、今度は私も加わって「お供え」にした。そんな<物語>が詰まった、特別なもち米だ。

こうした<物語>はたぶん、どこにでも転がっている。転がってはいるが、たいていは気づかないか、気づいても「ま、いいか」でやり過ごして忘れてしまう。人と会い、自然と触れ合うことだ。働きかけなければ<物語>は生まれない。

胸の引き出しにしまってある<物語>は、多ければ多いほどいい。心を豊かにしてくれる。「お供え」を見ながら、そんなことを思った。

0 件のコメント: