2026年1月21日水曜日

「じゃんがら人形」の看板

                                
   『いわき思い出写真グラフィティ』。いわき市が平成9(1997)年2月に発行した写真集である(編集は広報広聴課)。

 同8年10月1日、いわき市は市制施行30周年を迎えた。記念事業の一環として、「いわきの過去を振り返る写真展」を開催した。その写真をA4判80ページの簡易な冊子にまとめた。

 地域紙の記者として市役所を担当し、編集者になってからも会議などで役所とかかわってきた。それもあって、市役所の刊行物はかなり収集した。

 先日、『いわき思い出写真グラフィティ』を見たカミサンが、「いづみやの写真に『じゃんがら人形』の看板があった」という。

じゃんがら人形といえば、昭和前期の図案家鈴木百世(ももよ=1901~42年)である。

折から、総合図書館では鈴木百世をテーマにした常設展が開かれている(5月24日まで)。

鈴木百世は平で生まれた。豊島師範学校(現東京学芸大)で美術を学んだあと、東京の小学校で教鞭をとった。

 体調を崩して帰郷し、昭和10(1935)年、商業広告などを手がける「図案社」を設立した。同15年、再び教壇に立ったが、2年後に倒れて暮れには亡くなったという。

じゃんがら人形は鈴木百世が発案した。地元の粘土で素焼きの人形をつくり、泥絵の具で着色した。

戦後、妻の恭代さんが夫の遺志を引き継いだ。恭代さんが老齢で制作を打ち切るまで、この民芸品づくりが続いた。

一昨年(2024年)秋に亡くなった義弟の遺品の中に、恭代さんのつくった5人組の「じゃんがら人形」があった。

それがきっかけで鈴木百世の調べが始まり、現在の上皇・上皇后両陛下が小名浜で行われた放魚祭に臨席した際、恭代さんの「じゃんがら人形」(13人組)が桐のケースに収められて献上されたことも知った。

この人形は「いわき市平駅前 いづみや商店」が売り出した。『いわき思い出写真グラフィティ』では、平地区を紹介する最初の写真に昭和44(1969)年当時の平(現いわき)駅前が載る=写真上1(「松本正平さん提供」とある)。

 当時の平駅前は、今と同じ30メートル道路が南へ伸び、東側の商店街には歩道に沿ってアーケードが設けられていた。そばには路線バス。これが何台も止まっている。

 いづみやは反対側の角地にあった。南側と西側が交差する建物の角は斜めにカットされて、駅からも壁面がよく見える。

 1階店舗部分に「いづみや」とあり、2階壁面の左端、縦に長く「じゃんがら人形」の文字が大書されている=写真上2(同じ写真を拡大)。

 いづみやがかなり力を入れて「じゃんがら人形」を売り出していたことがうかがえる。

 古い写真集だが、新たな興味・関心の目で見ると、また違った光を放つ。私にとっては鈴木百世とつながる新しい「発見」だった。

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