2009年10月5日月曜日

小野町で竹久夢二展


福島県田村郡小野町のふるさと文化の館・美術館=写真=で10月3日、「竹久夢二展――大正ロマンの世界へ」が始まった。4日は日曜日。夏井川渓谷(いわき市小川町)の無量庵へ出かけたついでに、川に沿う県道を駆け上がった。

午前9時には開館する。ちょうどそのころ着いた。「夢二式美人」の作品をはじめ、風景画、雑誌の表紙絵、装丁本、夢二撮影の写真など約80点が展示されている。夏に茨城県天心記念五浦美術館で「大正ロマン・昭和モダン――竹久夢二から中原淳一まで」展が開かれた。夢二の作品がトップコーナーを飾った。それ以来の夢二作品との出合いだ。

流行歌の「枯れすすき」を大ヒットさせたコンビ、作曲家の中山晋平と詩人の野口雨情は、童謡でも今に伝わる作品をたくさん残している。「あの町この町」「雨降りお月」「兎のダンス」「黄金虫」「しゃぼん玉」「証城寺の狸囃子」などが、コンビの作品として知られる。この二人と夢二はつながりがあった。

大正14(1925)年1月26日の夢二の日記にこうある。「野口雨情きたる。中山が恐縮してゐる。きげんを直して下されとて野口氏ちゃうていの心もちにてわざわざきたのなりといふ」。「中山」は中山晋平だろう。

次いで、ざっと3カ月後の4月19日の日記。「野口君が約束できて(略)中山や北原と握手してくれといふ(略)。中山は大へんすまないと思って悔いてゐるのだからどこかで逢ってくれといふことだ。どちらでも今は好い問題だ。イヤな男だけど野口君の心ざしを無にしないため二十三日に夕めしをすることにする」

夢二が、何か晋平の言動にカチンときたらしい。「北原」は白秋か。白秋にも腹を立てることがあったのだろう。二人との関係がおかしくなったのを心配して、雨情が仲直りの役を買って出たようだ。雨情の人柄がしのばれる。

竹久夢二展に夢二・晋平・雨情を結ぶ資料があった。中山晋平の作曲した楽譜の表紙絵を、晋平の依頼を受けて夢二が描いている。雨情の「紅屋の娘」などだ。そうしたなかでなにかトラブルが起きたのだろう。

大正ロマン~昭和モダンの時代、詩人・作家その他、画家・作曲家などがさまざまに交流し、関係し、影響し合っていた。そうしたつながりの一端として、3人が一緒に仕事をした具体的な形が見えた。収穫だった。

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

夢二と雨情と白秋。人間交流を軸に大正のその時が垣間見えるようです。

会話を拾えばその時代に生きた人となりや相関関係がわかっておもしろいです。