きょうは3月11日。ゆうべのうちに東の海の方を向いて合掌をした。まずはそれからだ――。
チェルノブイリ原発が爆発事故を起こしたのは1986年4月26日。もう39年前のことになる。
事故後の現実を追った本が図書館にあった。メアリー・マイシオ/中尾ゆかり訳『チェルノブイリの森――事故後20年の自然誌』(NHK出版、2007年)=写真。
本書が刊行された時点で20年、それからでもほぼ同年数が経過した。チェルノブイリの森はさらに自然の気配を濃くしていることだろう。
著者はウクライナ系アメリカ人のジャーナリストだ。1989年、キーウを拠点に原発事故の現地取材を始めた。
事故が環境や健康に及ぼした影響に関する資料を集め、立ち入り制限区域をたびたび訪れて、詳細な報告をおこなった。
20年の経過を端的にいうと、人体に危険な原発周辺地域は、動物が生息する森に変わったが、その土地は今なお汚染されている――これに尽きる。
隣国ロシアがウクライナを侵略して以来、両国は戦争状態にある。原発事故と戦争と、ウクライナを思うとき、絶えずこの二つの視点がつきまとう。
一方の日本、なかでも福島県では双葉郡を中心に、東日本大震災に伴う原発事故で多くの住民が避難を余儀なくされた。いまだに帰還困難区域が多数を占めている自治体もある。そういったことを頭におきながら本書を読んだ。
原発から2キロのプリピャチ市は廃墟になった。著者に同行した植物学者がいう。
「人間が出ていったとたんに自然に帰りはじめたの。刈り込んだり、枝ぶりを整えたり、雑草を抜いたりする人がいなくなってしまったからね。都市の景観を維持するには人間の多大な努力が必要なの」
原発から30キロの地点は「160キロの有刺鉄線と監視所、監視塔に取り囲まれ、『ゾーン』という名でよばれる」ようになった。
「ゾーンを有刺鉄線でぐるりと囲んでも地元の住民はもとの家にこっそり帰ってきた。(略)汚染された動物が一頭残らず移動されるか処分されたあとでさえも、もどってくる」
キノコはどうか。「キノコを塩水で五分間ゆでるだけでもセシウムのレベルは七〇パーセント減少し、ニ十分なら九〇パーセント以上減少する。(略)たぶん栄養素や味もほとんど残っていない」。いわきの愛菌家も同じことを試した。味はもはやないに等しかったはずだ。
ゾーンの100年後は「緑のオアシス」になっていると、ゾーン管理局の局長。そして人口増加のために必要なことは?
「基幹施設を新しくしなければならないでしょうね。十八年たっているので、何もかも壊れています。店も学校も郵便局も下水施設も」
これらはしかし、カネをかければなんとかなるという。なんとかならないのは……、それは私にもわからない。
ただ、これだけはいえる。スリーマイル、チェルノブイリに続いて三度目を経験した人間は、不安には半減期がないことを知っている。
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