日曜日は夏井川渓谷の隠居で過ごす。土いじりに疲れると、隠居に戻って一休みする。
その間、NHKのラジオを聞くともなく聞いている。「子ども科学電話相談」で、ときどきオヤッとなる。
6月最後の日曜日もいろんな質問が寄せられた。そのなかに、植物の葉の蒸散に関する質問があった。
答えがわかりやすかった。簡単にいうと、植物は葉の表で光合成をし、裏で水分を蒸散させる。これがひとつ。
もうひとつは葉の熱と蒸散の関係。太陽の光を受けると葉が高熱になる。葉はそのために水分を蒸散させて、「体温」を下げる。なるほど!
80年近く生きてきて、しかも毎日、庭の植物をながめてきて、光合成と蒸散が切っても切れない関係にある、なんてことは知らなかった。
植物は動物と違って動けない。夏はじっと酷暑に耐えるしかない。人間は暑いと汗をかき、気化熱を利用して体温を調節する。植物もまたそれと同じことをしていたのだ。
ネットで光合成のおさらいをする。植物は日中、光のエネルギーを利用して、水と二酸化炭素から酸素と栄養分(糖やデンプンなど)をつくる。
二酸化炭素は気孔を通じて空気中から取り込み、水分は根から吸収する。蒸散も気孔を通して行う。
光合成をするのは葉の細胞内にある葉緑体で、このおかげで酸素が大気中に行き渡り、人間をはじめ地球上のすべての生命が維持されている、ということになる。
ラジオを聞いた翌日、家の庭の植物を観察した。ツワブキは、葉の表と裏がまったく違っていた=写真。表側は厚くテカテカしている。裏側はやや灰色がかっている。
単純化していうと、この植物も主に葉の表で光合成をし、裏で蒸散を行っているのだろう。
夏のある日、キュウリの葉のへりにいっぱい水玉ができていた。ネットで調べたら「葉つゆ」だった。
キュウリは、成分の90%以上が水分でできている。日中は光合成と同時に、地中から盛んに水分を吸い上げて蒸散を行っている。
ところが、気温が低くなる夜間は蒸散が少なくてすむ。吸い上げた水分の余りを、葉の先端などにある「水孔」から排出する。これを「溢液」現象というそうだ。
サトイモの葉の水玉にも理由があった。葉の表面は水をはじく構造になっている。ハスと同じく、サトイモも水玉で葉の表面の汚れを取る。
水玉になれば、気孔から水はしみ込まない。そうすると、体内に取り入れた二酸化炭素などの移動がスムーズになる。サトイモは、気孔は主に葉の裏側にあるそうだ。
ついでながら、ツワブキで水玉はできるのか? 水を垂らすと玉にはならずに流れ落ちた。
「魚だって人間なんだ」という草野心平の詩がある。「たらふくエサをやればいいといふもんぢゃない。」で始まる7行の短詩で、魚のエサやりの戒めとして、この言葉で締めくくっている。
その延長でいってみる。「植物だって人間なんだ。肥料が欲しいときも、水が恋しいときもある。その声が聞こえるかどうか、だ」と。
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