2026年7月2日木曜日

電話の主は90歳

                                
   先日、施設に入っているカミサンの親せき(女性)から電話がかかってきた。カミサンが出た。ン10年ぶりの声の「再会」だった。

施設で毎日、いわき民報に載る私のコラムを読んでいるという。懐かしくなって、スタッフに頼んで、いわき民報社に電話をした。

すると「辞めた」といわれた。毎日コラムが載るからまだ勤めていると思ったのだろう。親せきであることを伝えて、わが家の電話番号を教えてもらったという。

私は令和2(2020)年5月中旬から、古巣のいわき民報でコラム「夕刊発・磐城蘭土紀行」を連載している。

夕刊から朝刊に切り替わった今は「朝刊発――」に改題した=写真(新聞の切り抜きを月ごとにまとめている)。

そもそもは新型コロナウイルス感染症が世界的に流行し、日本でも緊急事態宣言が出されたのがきっかけだった。

いわきでも感染防止一斉行動がとられ、公共施設の休館や行事の中止・延期が繰り返された。すると、古巣の後輩からSOSが入った。紙面を埋める記事が欲しいという。

そのころ(今もだが)、私はネットに毎日、ブログをアップしていた。新しくコラムを書くようなことはできないが、ブログの転載ならOKと伝えた。

ネットにブログをアップしているのも、始まりは「モノを書かないでいるとなにか落ち着かない」という動機からだった。

話は平成20(2008)年2月にさかのぼる。若い仲間から、ネットを利用したブログ(日記)があることを教えられた。

私の解釈では「新聞コラム」のネット版である。字数も500字前後にとどめ、気持ちの安定のために、とにかく毎日1本は書く、と決めた。

前年秋にいわき民報社を辞めて3カ月がたっていた。「締め切り」から解放されたと思っていたら、逆にだんだん落ち着かなくなった。以来18年余、外泊したとき以外は毎朝、ブログをアップしている。

ただし、新聞に転載するようになってからは、意識の逆転が起きた。ブログではなく、まずは新聞コラムの原稿を書く。それをブログとしてネットにも発表する。字数もいつの間にか当初の倍、1000~1200字になっていた。

後日、夫婦で施設を訪ね、面会室でアクリル板越しに親せきと対面した。親せきは90歳だ。車いすに乗っていたが、耳も目も口もしっかりしている。

主にカミサンと近況を報告し合い、時折、私と新聞コラムの話になった。「毎日楽しく読んでいる」という。ありがたいことだ。

いわき民報はニュースペーパーであると同時に、コミュニティペーパー(地域紙)でもある。

暮らしに根付いたブログ=コラムは、男性より女性に読まれる割合が高いのかもしれない。

はがきや手紙、電話をくれた人たち(ほとんどが女性)のほかに、これからは新たに親せきの顔を思い浮かべながら、ブログ=コラムを書くことにしよう。90歳に届け、と念じながら。

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