正月三が日は、元日の朝に新聞の折り込みチラシを数えることから始まる。12年前の平成26(2014)年から続く「活字メディア調べ」だ。
ブログには、同30(2018)年以降の記録が残る。去年(2025年)は、義弟が亡くなったために年賀欠礼の意味もあってブログを控えた。
しかし、折り込みチラシの枚数は数えてメモしてある。それも加えて枚数の変遷を振り返る。
県紙は、平成30年には68枚あった。それが59―69―59―56―46―54―47枚と増減しながら下降線をたどり、今年は46枚だ。
全国紙は40枚だった。それから36―41―45―34―32―35―28枚とやはり増減して、今年は26枚にとどまった。
節目はコロナ禍だった。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、令和2(2020)年2月以降、新聞折り込みチラシが激減した。で、そのころから元日だけでなく、毎朝、チラシの数もメモするようになった。
パチンコ店のチラシがあれば、必ずその枚数も記す。不思議なもので、パチンコ店は週末ではなく、週半ばにチラシを入れる。
しかも、ほとんどが片面印刷2枚折り。その片面をブログの下書きに利用している。同じ折り込みの「お悔み情報」(A4判)は、真っ白な裏面をカード式の日記用紙として取っておく。
去年の元日まではチラシの枚数を数えるだけだったが、今年はどこがどんな内容の「初売り」をしているか、少し踏み込んでチェックした。
ふだんのチラシ=写真=も、去年11月ごろから中身を確かめるようになった。一番の理由は、防寒用のソックスが手に入り、ならば指先のない手袋もあるはず――これである。
義弟は晩年、指先のない手袋を常用していた。ハンドウォーマーという。ハンドウォーマーはほとんどが手首の上まであるタイプだ。義弟のそれは毛糸で編まれたもので、手首までしかない。
それでもこのハンドウォーマーをはめてノートパソコンを使うと、キーボードの冷たさを感じないですむ。
で、もっと手首の上まであるハンドウォーマーが欲しくて、チラシをチェックしている。元日のチラシも1つひとつめくって、それがあるかどうかを確かめた。
ついでながら、自分のブログを見ているうちに、2年前の能登半島の地震を思い出した。
――元日夕方、能登半島を巨大地震が襲った。当たり前にあった暮らし=日常がズタズタに破壊された。
水を飲むたびに、トイレへ行くたびに、歯を磨くたびに、能登の被災者の不便を思う。あるいは、ふとんにもぐっていて、足が冷えているのに気づいたとき、などにも――。
東日本大震災から16年目の元日にも、やはり能登半島の今が気になった。能登半島地震の翌日には、羽田空港の滑走路でJAL機と海保の飛行機が衝突した。そのことも思い出した。災害と事故は忘れずにやってくる。