2026年1月14日水曜日

「チャッピーに聞こう」

                             
   1月ももう半分が過ぎる。備忘録として松の内を振り返ると――。

元日には年賀状を書き、2日はカミサンの実家へ年始のあいさつに行った。3日は沼ノ内の「弁天様」へ馬を見に出かける。夕方には長男一家が顔を出した。

4日には親しくしている後輩が「赤福」を持って来てくれた。5日は朝、ごみネットとごみ袋を出す。今年2026年の「日常」の始まりである。

6日にはカミサンのいとこが自家栽培の白菜を2玉持って来て、親族が暮らす土地の話で盛り上がった。7日は今年最初のアッシー君を務めた。

令和8年最初の7日間は、天気も含めておおむね穏やかに過ぎた。いつもの正月だった。そのなかでびっくりしたことが一つある。

それが今も尾を引いている。1月12日の全国紙にも特集記事が載った。「チャッピー」のことである。

その前に、後輩が持参した「赤福」について。後輩は、自宅が関西にある。何年か前、いわきの実家へ「単身帰農」をした。年末年始は関西の自宅で過ごす。

令和4(2022)年からは、伊勢経由で買って来た「赤福」がお土産として届くようになった。

「赤福」は、長男が大学生のころに知った。同じサークルの仲間に三重県出身者がいた。

学生たちは夏休みになると、いわきへ海水浴にやって来た。寝泊まりするのは、夏井川渓谷にある隠居だ。そのときのお土産が「赤福」だった。

3日に長男一家がやって来たとき、後輩が栽培しているパパイアの話になり、正月には「赤福」が届く話をした(実際、翌日に届いたので、半分をお福分けした)。

床の間に掛けてある漢文の拓本「好間渠誌」が目を引いたらしい。高校生の孫も話に加わった。

「漢文はまったく読めない」。そういうと、下の孫が「チャッピーに聞こう」と応じた。「えっ、チャッピーはこんなことも知ってるのか」

チャッピーはウチに来たことがある。街でもときどきバッタリ会う。実在する人間の愛称だ。その顔を思い出して感心し、しかも彼を高校生の孫が知っていることに驚いた。

孫はそれから床の間の拓本にスマホをかざし、「チャッピー」に送ったらしい。父親も同じようにして、AIに解答させた例文を見せる。

それでようやく合点がいった。「チャッピー」は「チャッピー」でも、AIの「チャットGPT」のことだった。

私はチャットGPTをほとんど使わない。漢文の頭の部分=写真=をカメラに収めると、画像からその字を紙に書き写し、漢和辞典を引っ張り出してきて確かめる。まだまだアナログだ。

が、孫たちは素早い。検索ツールのチャットGPTを使って瞬時に答えを求める。それが日常化しているために、友達みたいな感覚で「チャッピー」と呼ぶのだろう。

後期高齢世代とZ世代である。時にはこんなカルチャーショックも起きる。いや、「これも勉強、勉強。この世の出来事がまた一つわかった」と自分に言い聞かせたのだった。

0 件のコメント: